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王子様は休業中  作者: 小林晴幸
いち。女装はじめました。
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1.王子様の華麗なる変貌

今回から王子様のビジュアルが女装になります。

男言葉だろうと、どんな行動をしていようと、傍目には深窓の御令嬢です。

皆様、どうかそのつもりで生暖かくお見守り下さい。





1―1 王子様から姫君へ


 王妃様は今、かつてなくうきうきしていた。

傍目にもものすごく楽しそうなのがわかる。

王は、麗しい王妃のうれしそうな姿が見られて満足だった。

 一方、王妃様とは対照的にどこまでも憂鬱そうな、泣きそうな顔の者がいる。

王様の愛息、エレカルスノウ王子様だ。

彼は今、どこまでも不本意な扱いを受けていた。

 

 王子様は一人っ子だ。

当然ながら姉もいないし、妹もいない。

だけど両親にとって、それは不満の種で。

かわいい息子がいるのなら、かわいい娘もほしいと両親は常々思っていた。


 だから今回、彼等は息子の相談から直ぐさま代替案を思いついたわけで。

その願望が今、王子様の忍耐を試すカタチで果たされようとしている。

王子様を、着せ替え人形という名の玩具にするカタチで。

それは本来の、「かわいい娘」とは内実異なるものであるのだけれど。


 わかりやすく言うのであれば、王子様は今、実の両親に女装を強要されていた。

王子様の男の矜恃が、がりごりと削られようとしている。


「もう、スノウちゃんったら何が不満なの? せっかくお化粧したのに、かわいらしいお顔が残念なことになってるわよ」

「女装という時点で不満しかないんですが、喜ぶとでも思ったんですか」

「こんなにかわいいのに!」

「男がかわいくたって、嬉しくも何ともありません。私だってどうせなら、女装で自分に陶酔するより自分以外の美人を鑑賞したいんですけど」

「でもでもっ身分を隠し、正体を隠すんならこれ以上の変装もないと思うの! こんなに美しいんだから、誰も本当は男だなんて思わないわ!」

「半分以上、母上様の趣味でしょうが!!」


 泣きそうな顔で飾り立てられる王子は母に似て愛らしく、美しく。

正直に言えば、見る者にとって「目の保養」になっていた。


 そうして王子様は…

男というのは、いつまでたっても母親に頭が上がらないもの。

まあ、つまりはなんだ。

 母上様に押し負けた。


 こうして白の国の王室でひっそりと、一人の少女?が誕生した。

王室にその身分と立場を保証された、神秘的な女の子。

その詳しい来歴も、素性も表だって明らかにされることはないけれど。

誰もが魂を奪われずにはいられないような、美しい少女。

ただ王妃の遠縁であり、王族に属する少女とだけ。

それだけの情報しかないというのに、人々の胸をこれ以上なくざわめかせた。

彼女の名前は、スノウ・ホワイト


 一時期表舞台から姿を隠した王子様の、正体を偽る仮の姿であった。


 こうして、人々を騒がせた麗しき令嬢。

伝説の美姫と同じ名を持つスノウ・ホワイト

彼女と呼ばれつつ実は王子である彼の、王子休業期間が始まる。





1-2 鈴蘭の涙


 少女は、途方に暮れていた。

彼女の名前は諸国 鈴蘭。

彼女は今、世の無常と己の認識の甘さをかみしめている最中である。

いやむしろ、この世に不在の神様をお恨み申し上げてる真っ最中だ。


 なぜか?


 それは彼女がこの世界にとっての異分子、異世界人であり…

全く常識のわからない初見の場所にて生き抜く困難さにぶち当たっていたためである。

全くこの世は不条理で、不都合で、不公平に満ちていた。



 まず、見た目がまずい。

この世界にとっては異分子丸出しの、見慣れぬ衣装。

鈴蘭にとっては見慣れたセーラー服が、この世界では警戒心と注目の的である。

しかも夏服。

冬真っ盛りのこの世界で、どう考えても凍えろと言わんばかり。

案の定、鈴蘭の手足は紫になる寸前で、死にそうなほどに寒かった。

むしろ己を試しているような衣服の薄さが、人々との差を大きくしている。

つまり、変人を見る目で見られていた。

 更に、常識…暗黙の了解がわからない。ついでに言葉もわからない。

だからその行いは奇異に映り、人々は更に寄りつかない。

人々が寄りつかなければ交流は難しく、避けられていては必要な情報も得られない。

 そして極めつけ、お金がない。

これは究極にして最大の、行き倒れ要因である。

お金がなければ必要な物資を求めることはできないし、人の親切も得られない。

鈴蘭は、死ぬ思いをしていた。

 かろうじて救いとなるのは、親切な人が毛布を一枚くれたことだ。

他人の親切が骨身にしみた、たった一度の施し。

でもそれ以上は誰も何もしてくれなかった。

受け身ではどうにもならない。それを思い知らされた出来事である。


 だから、どれだけ場当たりだろうと体当たりであろうと。

鈴蘭は、生き延びるために何でもすることを…

それこそ、行きずりの相手に突貫することも辞さない覚悟を決めた。


 このとき、彼女はまだ己の不遇に真実の意味で気づいていなかった。



 先ほどまで真夏の祖国にいたのに、気づいてみれば見知らぬ他国。しかも冬。

見たこともない伝統文化風習を持ち、身なりも人種も見慣れぬ人々。

生活水準は低くなさそうだが…

それでも鈴蘭の常識となる「ふつう」とは、大きくかけ離れた景色。

言葉は通じない。通じたところでどうにもならない隔たりすら感じられる。

 それら全てが示す意味は。

うすうす察していながらも、鈴蘭は考えるのをやめていた。

考えたら、足が止まってしまいそうな…

このまま何もできなくなり、本当に行き倒れてしまいそうな、そんな気がして。

 どこともしれない、此処。


 ここ(・・)が異世界と呼ばれる場所なのだと。

目をそらすように、鈴蘭は未だ気づかないようにしていたのだ。



「おかぁさん、心細いよぅ…」

 自分の不幸に気づかないふりをしながらも。

目をそらせない現実を前に、鈴蘭の瞳から一粒の雫。

まるで真珠のような、きらきらと汚れない涙がこぼれた。


それはまるで朝露のように。

地面に落ちて、はかなくもろく、砕けて散った。





次回、王子様の側近(書記官・騎士・魔法使い)が女装になります。

物の見事に王子様の巻き添えです。彼等も王妃様の被害を受けました。


そして、王子様(女装)が当たり屋に遭遇します。

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