16.麗しのベルさん尾行中
ラプランツェの陰謀により、苦難の縁へと叩き落とされたベルリオ。
その、デート当日。
事情を知った王妃様とお取り巻き、人体改造めいた美容の達人たる侍女達によって、徹底的に磨き上げられてしまったベルリオ。
悲哀に満ちた彼の背中に、かける言葉はない。
余程すっぽかそうかと思った彼だが、そうはいかない。
面白いことを実現させることに置いて隙のないラプランツェ。
彼は今回のデートという形を取って、ベルリオとディンゼルとの話し合いの機会を設けてきたという。
ベルリオが迷惑をしているから、今回のデート実現を以てディンゼルの付け回し行為を止めさせるという、一つの確約を取り付けて。
そんな話を聞かされては、ベルリオもすっぽかす訳にはいかない。
話し合いがどんな終局を見ようとも。
それでも今回のデートが達成されれば、それだけで薄気味悪いディンゼルのストーカー行為を止めさせることができる。
勿論、ディンゼルの意識改革は外部から圧力をかけても、ディンゼル次第。
それでも、追い回されないとわかるだけでも少しは安心できる。
…たったそれだけのことで、僅かでも安心感を得てしまう。
本当に自分が追い詰められていることに気づき、ベルリオは更に落ち込んだ。
不本意ながらめかし込んで出かけてしまうことになったベルリオの悲哀。
それを背後から見守る影、4つ。
女装王子スノウ様ご一行だ。
運命共同体(死なば諸共)の苦悩を見b…首尾を探る為、彼らは心配して尾行を決意した。
人の後を付け回すにも、ご大層にも大人数でぞろぞろと。
気配に聡いベルリオに、いつ気づかれるやら。
しかし気づいたら気づいたで、心の拠代わりに頼りにされるかも知れない。
面白半分、もしもの時は救ってやらねばと言う心配半分、彼らは不審に見える現状も何のその。
スノウ達は憔悴して見えるベルリオの、その艶姿を見守った。
現在、ベルリオは指定の待ち合わせ場所にてディンゼルの到着を待っている。
王都広場のモニュメント前は、恋人達定番の待ち合わせスポットだ。
彼の姿は今、誰よりも麗しく、誰よりも目立つ。
ちょいと悪目立ちに近いものはあるが、道行く誰もが必ず一度は目を吸い寄せられる。
その姿を見た時、スノウ達は声を揃えて一言発した。
「「「「 赤っ !!」」」」
ベルリオは今、そのイメージカラーそのままに。
眩いほどに赤い姿をしていた。
しかし荒みに荒んだベルリオの目は、まるで殺しの標的でも待つような目をしていた。
その女性と言うには異様な長身も相まって、恋人を待つ彼氏彼女たちの中、不自然に悪目立ちしている。
誰も近寄りがたいのか、ベルリオの周辺だけ不自然な空白の空間ができあがっていた。
それが更にベルリオを一際目立たせるのだから、凄まじい悪循環だ。
「さっすが王妃様チョイス。ベルさん赤い色似合うねぇ」
「確かに似合うけど…カツラも赤毛なのに、服まで赤だと目に痛くないか?」
「痛いですね。むしろ存在そのものが」
「それでもはっと目を引き寄せられるのは、やっぱり王妃様のセンスが良いからだと思うの。目がちかちかするのは否定しないけど、でもあのデザイン抜群に似合うよ」
「アクセントに白い差し色をしているのも良いのかも知れませんね。でも金色も似合うかな」
「しかし、母上様はなんであんな目立つ色にしたんだか」
「あ、王妃様が言ってたよ。『あれだけ目を引く姿にしたら、みんなの目線釘付けね☆ 発見しやすいし、自然に目がいくし、これで尾行もしやすいしでしょう?』って」
「母上様…全部、お見通しか」
王子の脳裏に、輝く笑顔でサムズアップする王妃様が浮かんだ。
本日のデート。
その予定表をラプランツェとサンドリオが配布する。
「…これ、どうしたんだ」
「友人を心配する淑女のふりをして、ストーカーに提出させました。検討させなきゃデートは許可しないと言ったら、一日で上げてきましたよ」
ラプランツェ、きらり良い笑顔。
彼に良いように転がされる男の姿が、容易に想像できる。
此奴が本物の女じゃなくて良かったと、スノウはさり気なく安堵の息を吐いた。
「それでこちらが今日の予定表ですが…」
皆の視線が、予定表へと落ちる。
「普通だな」
「普通ですね」
「普通が一番だよ」
概ね普通というのが、彼らの共通した意見だった。
だけど愉快犯が、安定の笑顔で。
「ご安心ください。そう仰ると思いまして、仕込みはばっちりです」
「ちょっと待て。何を仕込んだ…?」
「それは勿論のこと、ハプニングと災いのエッセンスを」
「…なにその不吉の権化みたいな要素?」
「言い換えてみますと、ちょっとした修羅場を」
「仕込むな! 修羅場なんて仕込むな!」
「まあ、刃傷沙汰にはならないでしょうから大丈夫ですよ」
「此奴の『大丈夫』の基準がわからない!」
スノウは頭を抱えた。
「それで結局、何を仕込んだの?」
混乱に陥る物陰の奥、静観していた鈴蘭は話を進める。
内輪もめに時間を注いでも、良いことはない。
そして過ぎたことは改善しようがない。
ラプランツェが用意したというのなら、本当に用意完了しているのだろう。
今更過ぎるそれに、鈴蘭は意識を割くのを止めていた。
「それは後でのお楽しみです」
ぐっと親指突き立てて。
ラプランツェは不自然な笑みを深め、疑問に答えようとはしなかった。
そして実際に、彼が何を仕込んだのか…
それはあからさますぎる程の目立ち具合で、すぐにわかることとなる。
男が待ち合わせの場に姿を現したのは、約束の時間まで30分は有ろうかという頃合いで。
男は、片手にミニブーケを携えて現れた。
それも、ベルリオをイメージさせるような赤い大輪の花。
「…うわぁ」
男達は、言葉もない。
花を受け取るベルリオの顔も、遠目でもはっきりとわかるくらいに引きつっていた。
男は鈍いのか、ベルリオの顔色にも気づかずうっとりと笑っていた。
その反応を、女装男子達はおぞましいと一歩引く。
相手がベルリオだと思うと、驚くくらいに鳥肌が立った。
だけどそれとは別のところで、驚いている者が一人。
初めてディンゼルの姿を見た鈴蘭は、ぽけっと口を開いていた。
「意外に伊達男で、私びっくり」
「……顔なら、私の方が美形だ」
「スノウ様、なに当たり前のことで張り合っているんですか」
呆れ眼のサンドリオから、スノウがふいっと顔を逸らす。
その様子に苦笑しながら、サンドリオも鈴蘭と肩を並べて男の批評を始める。
「う~ん…顔がどうこうって訳じゃないのよね。何だろ、雰囲気?」
「自分をよく知っている者特有の、己の活かし方を熟知した身形ですね。そこじゃないですか?」
「ああ、それはわかるかも。あのスカーフの色とか、確実に自分に似合う色をわかってのチョイスだよね」
「あのブーツも良いですね。すっきりしたデザインで、身長が3㎝は高く見える」
「ちょいちょい小技が効いてて、全体的に見ると総合力高い感じ?」
「そうですね、全体のバランスもよく考えているみたいですね」
ありゃあモテるな、と。
ぽつり鈴蘭が呟いた。
その傍らで、サンドリオも思った。
隙がない身嗜みは遊び熟練者みたいで、生真面目なベルリオは分が悪そうだな、と。
先程とはまた違った方向性で。
ベルリオの健闘を祈らずにはいられない2人。
ラプランツェはにんまりと笑って、心配性な仲間の背を叩いた。
そして、実状男同士のデートという遂行する方も見守る方も精神的負担の多い1日が始まった。




