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王子様は休業中  作者: 小林晴幸
さん。ストーカー被害はじまりました。
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15.受難的ななにか





 頭を抱えて現実逃避に旅立っていったベルリオの精神的な何か。

女装男子達は笑うに笑えず、同情の眼差しの他に何を贈れるというのか。

そしてまた、深~く深く感じ入るのだ。

ディンゼル・グルーヴィアの、悪趣味の程を。

「ベルさん…ご愁傷様」

哀れみの込められた鈴蘭の声も、ベルリオの魂には届かない。

3人は顔を見合わせ頷きあうと、暫くベルリオのことをそっとしておくことにした。


「しかしディンゼル・グルーヴィア…たくましくて頼りがいのある女性が好きだとは言っていましたが、精神論ではなく肉体面の話だったんですね…」

 ベルリオの慰めをいち早く放棄したサンドリオが、ささっと天に救いを求める聖印を刻む。

何気なく呟くその言葉に、鈴蘭が首を傾げた。

「言っていた、って。リオさん、直接聞いたってこと?」

「はい、そうですが?」

「もしかしてリオさん、ディンゼルって人と親しいの?」

 少なくとも女の好みなんて、極めて個人的な話題が会話に上るほど、私的な付き合いがあるというのか。

共に王子に仕える立場上、接点がないことはないのだろうが…

文官然としたサンドリオと近衛騎士なんて生き物の共通項が見つからず、親しい仲なのか本気で違和感を覚えて困惑してしまう。

だけどサンドリオには気負うところも違和感もないのか、さらっと言った。

「ああ、言っていませんでしたね。僕とディンゼルは軍学校時代の同期なんです。席次も近かったですし、学生は集団行動が基本ですからね。何かと話す機会は多くありました」

 特に軍学校ともなれば、協調性は重要な要素ですから。

そうサンドリオは言い結ぶが、鈴蘭はその当たり全く聞いていなかった。

サンドリオの台詞の中に見いだした驚愕が大きすぎて、思考が染まる。


「軍、学校―!?」

 初耳だった。


軍学校という物々しい言葉とサンドリオの印象が重ならず、意外性どころではない違和感に鈴蘭の口は開きっぱなしで閉じてくれない。

仰天した鈴蘭の過剰反応に逆に驚き、サンドリオも仰け反ってしまう。

「あ、あれ…? 言っていませんでしたか」

「それこそ、欠片も聞いていないよ!?」

「驚いた…みたいですね、済みません」

「超びっくりだよ! ってか、え、リオさん軍属なの!?」

「いえ、軍属ではないですよ。僕は文官なので」

「軍学校出て、なんで文官!」

「待て、鈴蘭。疑問は尤もだろうし、確かにサンドリオは軍学校に行くように見えないから驚いただろう。だけど落ち着こう。な?」

 どうどう、と。

横合いから手を伸ばしてきて、鈴蘭を落ち着かせようと宥めに走るスノウ。

1人、腹を抱えて笑いに悶絶するラプランツェは全く手伝う気が見られない。

情けない顔で「何か違う気がする!」と驚き縋ってくる鈴蘭を、スノウは1人で宥める羽目になった。




 専属書記官としての任を与えられている、スノウの側近サンドリオ。

彼はとある由緒正しい騎士家系の生まれである。

ただし、次男。

次男なので家を継ぐ必要はないが、惰性で軍学校に入るぐらいには騎士という家業に義理を感じていた。

だけど跡継ぎでない彼が騎士になるのは、容易ではない。



 この国で騎士になるには、2つの道筋がある。

1つは実績のある騎士の弟子となり、従者として働きながら教えを受ける道。

1つは武功を上げ、己の実績を証として王家から称号を授与される道。

どちらも相応の実力と努力を必要とする道だが、実質平和な現在、武功を上げる機会もそうそう滅多なことではない。


より現実的な筋道としては、やはり国内の騎士と師弟関係を結び、やがて師に認められて推薦を受け、騎士の称号を王家に授けてもらうこと。

申請が通れば騎士となれるが、相応しいと認められるまでが難しい。

騎士家系に生まれた跡継ぎであれば、父親に直に指導を受け、跡継ぎ枠として弟子扱いを受けることもできる。

だが弟子を取るか否か、何人導くか否かは騎士個人の裁量に任されている。

騎士家系の跡継ぎでもない者は、まず弟子にしてもらうまでが険しい道程で。

その道を踏破する為の最短の道筋が、軍学校に入ることだとされている。


何故なら軍学校での指導を担当する教官達は、全員が熟練の騎士なのである。

騎士の掟として最低でも1人の弟子を育て上げるよう求められている彼らにとって、有能な若者が集う軍学校は弟子を探す絶好の場所だ。

軍学校に入る時点で、生徒達に戦う覚悟の有無や最低限の資質があると、騎士達もわかっている故に。


軍学校でめざましい成績を残す、またはその人格を認められるなど、個人としての資質を示せば、指導を担当する騎士達の目にも留まる。

騎士に取り立てるだけの資質があると思ってもらえれば、弟子にしてもらえる。

その可能性を信じて、毎年多くの騎士志望者が軍学校に入学する。

そして実際に、軍学校出身の騎士は総数の7割を越すと言われていた。


後進の育成に熱心な騎士は、軍学校の生徒から常に有能な若者を見つけようと目を光らせている。

生徒達は騎士の目に留まろうと努力し、品行方正に振る舞う内にそれが板について癖となっていく。

騎士になってもならずとも、白の国の軍人は心身ともに質が高い。

それは少なからず緊張感にさらされ、正しく振る舞おうとした学生時代のお陰かもしれない。


 その、軍学校に。

サンドリオは在籍していたということで。

しかも話を聞くに、どうやら結構な高成績を弾き出して卒業したらしくて。

つまりは大多数の生徒達同様、騎士を目指していたと言うことで。

それが何故か今、王子様の有能な書記官様となっている訳だが。

「どうして? 体でも壊した?」

「いえ、僕は至って健康ですよ。大きな怪我も経験はないですね」

「???」

 子供の頃に目指した進路と現実に差が開き、目指した未来と変わっても。

サンドリオはごく平然と、平気そうに微笑む。

実際に平気なのだと、彼にとってはたいしたことではないのだと、穏やかな口調が告げている。

どんな未来であれ、かつて描いたものとどれだけの差が開いたとしても。

変わってしまった道だとしても、新たに選び取った道に満足している。

自分で決めて、自分で変えた未来。

それが自分で決めて選び取った道であれば。

そこに十分な納得があるのであれば。

それはそれで、幸福な未来。

実際に、今の自分に満足していて、不満など無くて。

女装は予想外すぎて、不満たらたらだが。

それでも他を見れば、概ね幸せで。

自分が幸せ者であることも、環境に恵まれていることも。

自覚があったから、サンドリオは平然としていた。

もう騎士の未来への未練は僅かともなく、それこそ、自分で選んで蹴っ飛ばした道だったから。


「スノウ様、夢を諦めたにしてはリオさんがあんまり穏やかなんだけど」

「ああ、サンドリオは諦めた訳じゃないよ。違う未来を選んで、自分から騎士への道を辞退したんだ」

「…は?」

「サンドリオには、婚約者がいる。それは知っているだろ?」

「え、あ、うん?」

「2人は学生時代に出会った。サンドリオ曰く、運命の出会いらしい」

「惚気? って、そこまで言うんだ。リオさんが」

「そう、サンドリオがそこまで言うんだ。それで相手の身元が、文官家系貴族の1人娘、なんだそうだ」

「あー…なんか読めた」

「そうだな。結婚の条件は婿入り。婿入りの条件は文官として実力を示すこと、だったらしい」

「………リオさんって、愛に生きる人だったんだね」

 率直な感想を付けて、鈴蘭が生温い視線をサンドリオへと注ぐ。

率直すぎて、居たたまれなさを感じたのか。

サンドリオは視線を逸らし、顔を引きつらせていた。

それでも注がれる視線にうろうろと目が彷徨い…

やがてたった今思いついたとばかり、すちゃっと手を挙げて宣言した。

「同期の誼で面識も充分、ちょっとこれから、僕がディンゼルに一体どんなつもりなのか問い質してきます!」

 探りを入れてくるとのその宣言に、愉快そうなラプランツェの笑い声が重なる。

「取り乱してるねぇ、サンドリオ! 同期の誼のどうのというけど、君は今、サンドリオではなく、リオネット嬢と呼ばれる立場にあることを忘れた? 鏡やガラスに映る、己の今の姿を忘れたのかい?」

「うぐっ」

 にやにやといやらしく、獲物を玩ぶ猫の笑み。

口端を吊り上げるラプランツェの笑みは、まさしくそれだ。

自分が哀れな獲物(ネズミ)であることを悟り、サンドリオは冷や汗を流す。

これからどんな嫌な攻撃が来るかと、身構えずにはいられない。

だけどサンドリオの予想は、空振りに終わった。

何故か、ラプランツェが矛を収めて、言ったのだ。

「まあ、それはそれとして。君自身の経験は有用だよね。使えないこともないよ。君の方が一方的に知っているという状況は充分に利用できるとも」

穏やか~なアルカイックスマイルが、それはそれは胡散臭い。

先ほどまでよりも、余程追い詰められた気持ちで、サンドリオの顔が引きつった。

「それじゃあ、そんな感じで。一つお兄さんと一緒に行ってみようか」

「ど、どこにです!?」

「勿論、噂のストーカー君のところに、だよ。一体どんなつもりなのか、どんな面白い話が聞けるのか、一つ探りに行ってみようじゃないか!…真正面から」

「それは探るとは言わないんじゃないですか…!?」

「なぁに、たった今から私達は同じ主に仕える友人、ベルの姐御を案じる同士ということで。大事な友人に群がり集る男へと、どんなつもりか問い詰めに行こうじゃないか!」

「お一人で行けばよろしいでしょう!」

「貴婦人というものは、だね。1人では出歩かないものなのだよ。だからといって渦中の当人や、主、目立つ容姿の侍女殿を担ぎ出す訳にもいくまい?」

「くっ…」

「さあさあ、さあ! 観念したまえ!」

「止めてくださいよ! ただでさえ旧知の間柄なのに、不意に接近して正体ばれたらどうしてくれるんですか!」

「大丈夫だよ! 相手もまさか、君の特にこれと言って特徴のない地味顔が、化粧次第でこんなに化けるなんて思いも寄らないさ! 化粧映えする顔で良かったね?」

「地味…っ と、とにかく僕は嫌ですよ!! この姿で旧友に会うなんて気まずいと思わないんですか!」

「君の事情は私の知ったことではないし?」

「酷い言い様ですね…いつか地獄に落としてやりますから!」

「ふふふ…元気があって、善哉善哉」


 不吉な捨て台詞と共に、サンドリオはずるずると引きずられていったのだった。




 まるで暴風のような勢いで飛び出し、ストーカーの心情調査に乗り出したラプランツェと、巻き込まれたサンドリオ。

2人がスノウ達の待つ離宮へと戻ってきたのは、1時間後のこと。

けろりとしたラプランツェの顔と、頭を抱えて肩を落とすサンドリオの顔。

それは同じことを見聞きしてきたはずなのに、2人の感想がまるっきり明暗を分けていると、如実に示しているのだが…

ラプランツェのすっきりした顔が、見る者全てに不安の種を植え付ける。


 一体何をしてきたのかと、一つ生唾を飲んでベルリオが問いかけた。

「その、せ、成果は…?」

「次の週末に決まりました」

「は? 何が」


「貴方とディンゼル・グルーヴィアのデートの日取りが」


 ラプランツェの言葉を理解すると同時に、ベルリオの体が崩れ落ちた。

床の上、両手両膝をつけて項垂れるその様は、まさに悲壮感たっぷりで。

「わかってた……わかってたさ…っ! ラプランツェが、俺の理になるようなこと、するわけないって! 此奴は自分さえ良ければ万事良しの愉快犯だって…!!」

 そう言う割には絶望感に充ち満ちて。

さりとて怒りをぶつける場所も見出せず。

いきなり降ってわいた『男と女装してデート』という難事に、悲痛な嘆きを見せるのだった。






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