13.アマゾネスの災禍
前から少し間が開きまして、済みません。
いきなり前回の話題とはガラッと変わりますよー。
→ベルリオの災難
アマゾネス改めベル、もといベルリオはここ数日謎の寒気に襲われていた。
原因はわからない。
だが、数えてみれば既に10日近く続いている。
――風邪だろうか?
否、体調の方はいつも通りに完璧だ。
寒気を感じる以外は、これといった不調のふの字もない。
では、何故…?
考えてもわからない事態に、彼は薄気味悪さを感じていた。
「――といった内容を、先輩に相談されて試しに調査してみたんですが」
いつものスノウの部屋、応接室。
なんとも微妙な顔でこぼすサンドリオは、不可解そうな眼差しを注ぐ。
その目が向かっているのは、少し厚めの書類。
調査したとの言葉の通り、方々に依頼して取り寄せた調査書の束だ。
「何か、調査でわかったのか?」
何もなければ、サンドリオがこんな顔をするはずがない。
そんな場合は、「何にもありませんでしたよ! よくも無駄骨おらせてくれましたね!?」と騒ぐはずだ。
それが、こんなに神妙そうにしている。
皆の視線を受けて、ベルリオは胃に小さな痛みを感じた。
「何もないだろうと、思ったんですけどね…」
「サンドリオ、もったいぶらずにすぱっと言ってくれ!」
「死刑宣告をじらされた子豚みたいな顔をしていますね、先輩」
「意味のわからない罵りはいいから、早く!」
「仕方ありませんねぇ。先輩、泡吹いて倒れないでくださいよ?」
「泡吹いて倒れるような、何があるっていうんだ――!?」
哀れ、ベルリオの顔色は紙のように真っ白だった。
「落ち着け、ベルリオ。いつものように遊ばれてるぞ」
いさめる主人の声も聞こえないくらい、ベルリオは落ち着けずにいた。
「結論から言いましょう。先輩、ストーカーされてます」
「「「「は?」」」」
予想斜め上の報告に、室内全員が同じ言葉を発していた。
しかしこれだけではすまさぬとばかり、サンドリオは更に続けた。
ベルリオの精神を破壊する、凄まじい爆弾を!
「相手は先輩もご存じの、ディンゼル・グルーヴィア」
「……………は?」
「ディンゼル・グルーヴィア、です」
「……すまん。耳がおかしいみたいだから、もう一度言ってくれ」
「ええ、良いですよ。何度でも先輩が理解するまで言いましょう」
そう言いつつも、サンドリオはうんざりした顔だ。
だがその顔に生温い笑みと哀れみを浮かべ、彼は再度繰り返した。
「先輩にストーカーしているのは、ディンゼル・グルーヴィア。男です」
「いやああぁぁぁぁぁっ!!」
野太いくせに妙に甲高い悲鳴が、部屋一杯に広がった。
その瞬間のベルリオの顔は見物だったと、後にラプランツェは語る。
「…しかし、なんでよりにもよってベルリオに」
「こんなに筋肉質で、たくましいのにね」
「どう見てもたおやかとは言えませんね…」
「滅多に見ない大女ですね。男ですけど」
哀れみの視線でベルリオを串刺しにしながら、一同は言った。
「ディンゼル・グルーヴィア、趣味悪っ!」
真っ青な顔で頭を抱え、自分の世界にベルリオが閉じこもってしまってから、しばらく。
まさかベルリオが、という思いで同情の視線が寄せられている。
室内人口は圧倒的に女装男子が多い。その視線も、痛ましくなってしまう。
明日は我が身と思ってしまう、サンドリオ、ラプランツェ。
既に複数人からストーカーされており、気持ちが痛いほどよくわかるスノウ。
笑って良いのか哀れんで良いのか、いまいち悩みつつも哀れむ鈴蘭。
今日のお茶会は、どうやらベルリオのストーカー対策で話が終わりそうである。
「そもそもディンゼル・グルーヴィアって、誰?」
もくもくもくもく、焼き菓子をかじりながら、鈴蘭。
「待て、聞いたことがあるな?」
「王子が聞き覚えているのは当然ですよ。第三近衛隊の者です」
「第三近衛? ああ、つまりは…ベルリオの配下か」
「はい。ディンゼル・グルーヴィアは第三近衛の三席。つまりは先輩の補佐を主とする実力者………なんですが」
「ああ、それは…よく知ってる相手な分、酷いな」
「ご愁傷様?」
「無邪気になんてことを言うんだ、鈴蘭…」
「それより第三近衛って、なに?」
「鈴蘭にはまだ説明していなかったか?」
首をかしげる鈴蘭を前に、スノウは側近たちと顔を見合わせた。
こうしてたまに、語り忘れている常識を思い出す。
自分たちにとっては当たり前のこと故に、全く知識のない相手に伝え忘れる。
それを認識する度に、スノウは気まずい思いを味わっていた。
「第三近衛というのは、つまり私の近衛隊のことだ」
「スノウ王子様の?」
「そう。国王とその家族には、近衛が一隊ずつ付く規則なんだ。国王の近衛が第一近衛、王妃が第二近衛、という形で」
「スノウ様は長男だから、第三近衛なんだね」
「ああ。主な仕事は私の警護。時に私兵にもなる。要は私個人が自由に動かせる兵と言うことだ」
「ふぅん? なんか物騒な感じ…」
「そうでもないよ? 私がきちんと扱い方を心得ていれば、危ないことなど何もない。私自身、身軽を好んで放置していることの方が多いし」
「本当はそれ、私たち側近にとっては頭の痛い問題なんですけどね…」
苦々しい顔で苦言を続けようとするサンドリオを、スノウはさらっとスルーした。
「自分の近衛とは、生涯を通してのつきあいが普通だからな。私が即位したら第三近衛は第一と名を変え、私が退位した後も付き添うことになる。だからこそ、近衛の者は主人と年齢の近い騎士から選ばれる」
「あ、それでベルさんも…?」
「ああ、ベルリオは年齢の近い者たちの中で、一番の実力者だ。だからこそ第三近衛の隊長という任を与えられ、私の側近になっている」
「でも、普段からスノウ様の周りにはベルさんしかいないような…?」
「確かにベルリオばかり出張っているが、そればかりでもないんだ。ベルリオは私の身辺警護が一番の仕事だ。だがそれ以外にも、交代で私の周囲には第三近衛からの警護が付いている。……本来なら、だが」
「……………本来?」
スノウの含むような口調に一瞬だけ気をそがれたが。
すぐに思い至り、鈴蘭は何度も頷いて納得した。
「ああ、そっか! スノウ様、今、女装だもんね! 正体かくして!」
「ああ、そうだよ! その通りだ! だから言わなくても良い!」
「もしかして正体隠すの、その第三近衛にも適用なの?」
「…ああ。秘密を知る人間が増えれば、どこから破綻するかわからないからな。特にこの、女装の秘密だけは…! この正体だけは、隠し通すと決めたんだ」
「壮大な決意だね、スノウ様…」
修行と称して少数の側近だけを率い、失踪したことになっている王子。
主君に置いてきぼりになり、面目の無くなった第三近衛の立場は、残念ながら全く考慮されていなかった。
「さて、先輩の感じる謎の悪寒の正体がわかったところで、検証に入りましょう」
ストーカーの目撃証言と、ベルリオが寒気を感じ始めた時、場面は見事に一致した。これはもう原因はディンゼル・グルーヴィアで間違いないだろうという話になり、サンドリオが取り仕切る。
なんだかんだで混乱中のベルリオは使い物にならないし、魔法使いは任せると途端に遊んで横道に逸れる。有能なのに。
そしてスノウに至っては、こんな家臣の些末事につきあってくれているだけでもありがたいのだから、あまり手を煩わせてはならない。
鈴蘭に至っては、事情に明るくないので最初から除外だ。
だからこそ、この場はサンドリオ以外に取り仕切る者がいない。
そこでサンドリオは、物事の発端から洗っていこうと提案した。
「先輩が寒気を感じ始めたのが、13日前。そしてディンゼル・グルーヴィアがストーカーに走り始めたのも13日前。先輩、13日前、もしくはその前後に何があったんですか? 心当たりをキリキリ白状して下さい」
「心当たりといわれても…13日前だぞ? そんなに細かく覚えているか」
「これだから、日記をつけない人は…」
やれやれと呆れるサンドリオの斜め前で、鈴蘭がしゅぴっと手を挙げた。
「ベルさんの身上調査で、わからなかったの?」
「ここは個人の心当たりが大事なんですよ。客観性のある情報も大事ですが、今は先輩がどんな印象を受けたか事細かに知りたいんです」
「ん~…なら、思い出してみる?」
「ああ、そうですね。では鈴蘭さん、13日前の日程を教えて貰っても良いですか?」
「ラジャ」
サンドリオの頼みに、鈴蘭は気軽に応じるが…
それに、何故か王子が待ったを掛けた。
「待て。なんで鈴蘭に聞く?」
「言っていませんでしたか? この一月、スノウ様のスケジュールは鈴蘭さんが管理して居るんですよ」
「…聞いた覚えは、無いな。それは鈴蘭に頼むことか?」
「ですが鈴蘭さんは凄いんですよ? ご存知の通り侍女としては能力不足で全く使えませんが、女性の情報網「噂」を収集することとスケジュール管理に関しては優秀です。才能があると言っても良いくらいで」
だから侍女の仕事は二の次に、スケジュール管理と噂の収集に専念して貰って居るんですと、サンドリオは悪びれない。
元々スノウのスケジュールは専属の秘書が管理していた。
しかし秘書とは馬が合わなかったこともあり、今回の休業期間には関わらせていない。完全に情報もシャットアウトして、別の仕事に回してしまったくらいだ。
だがそうなると、秘書の代わりにスノウのスケジュール管理をする者が必要となる。
如何に休業期間中で女装といえども、公務が完全になくなるわけではない。
勿論、旅に出たという設定から衆目に姿をさらす様な仕事はしていない。しかしそれとはまた別に、書類仕事や視察など、やることがないわけではない。
そして仕事をするとなると、納期や予定の優先順位決めなど、やはりスノウの予定を管理する者が必要となってくる。
オマケに謎の令嬢としての社交もあるのだから尚更だ。
正体を隠している以上、スノウのスケジュールに関わるのは、秘密を知る者に限られる。更に王子の側付きとなると、完全武官のベルリオを除外して限定3人。即ち、サンドリオ、ラプランツェ、それから鈴蘭の3人だ。
だが気まぐれなところのあるラプランツェは論外。
本来であれば、ここはサンドリオが買って出るところなのだが…
何しろ、サンドリオは忙しすぎた。
原因はやはり、スノウが身分を隠していることに集約する。
王子であることを秘密にし、隠れて仕事をしている為だ。
秘密という言葉の下、関わる人間を極力減らした為に、今まで王子の仕事に関わっていた文官その他に協力させることができない。
彼等は遠方を旅する王子とは、書簡の遣り取りで仕事をしていると思っている。
なので王子が処理するべき基本的な仕事や書類は、すべてスノウとサンドリオの2人だけで処理しないと行けないのだ。
そうなると、スノウのスケジュール管理まではとてもとても手が回らないと、サンドリオは言う。実のところはどうなのかは不明だが。
そんな時、忙しさの最中に自棄になったサンドリオが物は試しと、鈴蘭にスケジュール管理を丸投げした。
元々侍女仕事などまるで分からず、あまりできる仕事もなく、手持ちぶさただった鈴蘭だ。
スノウの予定を管理する様に頼まれた彼女は、先ずは元の世界で一般的に使われていたスケジュール手帳を、此方の暦に応じた形で再現してみた。
スノウの予定は、一つ一つが時間を取る。
なので大きな予定が入れば、午後や夜が簡単に一つの予定で潰れる。
精緻な時計もないので、分刻みでスケジュール管理する必要もない。
そう思うと、鈴蘭は気楽になってさくさくと仕事に向き合った。
侍女仕事は別にしてくれる相手がいたことも、都合が良かった。
一月が経つ頃には、鈴蘭はすっかり侍女姿をしているだけのマネージャーと化していた。
その事実を、たった今知ったスノウ。
彼は頭を抱えた。脳内でしきりと働く頭は、鈴蘭の賃金計算をしている。
侍女と秘書では、基本賃金が違う。それもスノウ付きともなれば、桁は大違いだ。
まさか侍女以外の職務に励んでいるとは思っていなかった。
鈴蘭としては小遣い稼ぎもかねてのバイト感覚だったのだが。
だが、スノウは自分が知らず内に規定外の労働を強いていた現実にショックを受けていた。先日渡した給金が安すぎたことにも、ショックを受けていた。
…急いで、差額分を用意しようと思った。
鈴蘭はそんなスノウの苦悩も知らずに、のほほんとしていた。
スノウが黙り込んだことで、もう疑問はないものと判断して、頼まれ事に意識を移す。
鈴蘭はごそごそとエプロンの裏を探り、隠しポケットから小さな手帳を取り出した。
小さなソレは、鈴蘭が3日掛けて完成させた力作だ。
「その日に何があったのか上げていったら、連鎖反応で思い出すでしょ」
そう言って、鈴蘭は手帳を捲った。
丁度しおりの挟んであった場所から、13頁遡る。
「13日前」
・セリエラお嬢様からお茶会のお誘い。→王妃の名を口実に断る。
・カーレス家子息から観劇のお誘い。→家訓を口実に断る。
・レイソン家子息から雪見のお誘い。→家訓を口実に断る。
・ヴェイス伯爵家から晩餐会のお誘い。→とりあえず適当に理由をつけて断る。
・イセラギ家、アルスーナ家、他4家の子息からお誘い。→とにかく断る。
「断ってばっかりだな」
「スノウ様が嫌がるからじゃない。誘いも多すぎるしね」
「しかしこう断ってばかりでは、その内、悪い噂が流れそうですね」
「付き合いって大事だよね」
うんうんと頷きながら、鈴蘭は続きを読み上げる。
今までの部分はどこからどんな誘いがあったか、どんな返事をしたかというモノ。
実際に何があったのかとはまた別だ。
「………あー」
日中の行動を記した部分を目線で辿り、鈴蘭は困った様に笑った。
「なんだ、何があった」
「うーんとね。一言しか書いてないの」
「一言?」
「うん。13日前は、午後一杯、夜まで1つの予定で占められていたみたい」
鈴蘭の言葉に、女装男子達は嫌な予感がした。
なんだか、思い出したくもない忌まわしい何かを思いだしてしまいそうな…
眉根を寄せる男達の前、鈴蘭は無情にもその「一言」をはっきりと告げた。
「『13日前:朝~夜→仮縫い』」
「「「「……………」」」」
男達が、固まった。
それから次いで、
「あ、あれかあああああぁぁぁぁっ!!?」
低く掠れた絶叫が上がった。




