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王子様は休業中  作者: 小林晴幸
に。侍女はじめました。
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11.そそのかす鈴蘭





 爆裂暴走お嬢様の乱入を聞いて、スノウは決断した。

「よし、逃げよう」

「…どこに、ですか。あの令嬢は、きっとどこまでも追ってきますよ?」

 冷めた目でスノウに現実を突きつけるのは、たいていサンドリオの仕事だった。

しかしスノウは逃亡案を諦めきれない様子で、ぶつぶつと何事か呟いている。

「なんだって今頃、カーレス家の令嬢が来るんだ。彼女のことだから興味を持ったその日当日か翌日にでも来るだろうとは思っていたが…夜会に出た翌日に来ないから、私に興味はないものと思っていたのに」

「ああ、そのことならスノウ様」

 ぴょこんと手を挙げて、ここのところ王宮内の噂集めに励んでいた鈴蘭が、先日仕入れたばかりの情報を発表した。

「カーレス家の大叔母上とかいう方が、寄る年波に体調崩してたらしくって、シンクレアさんはそのお見舞いに田舎まで行ってたらしいよ?」

「では日数が開いたのは、田舎までの情報伝達速度に関係がありそうですね。大方、王宮に出仕していた親しい貴族か親族から手紙を受け取り、噂の内容を知ったんですよ」

「それで我慢できずに、真相を直接目で確かめようと、ってこと?」

「あの令嬢なら、己の眼で見極めようとするでしょうね」

「それはまた、ずいぶんと行動力抜群な娘さんだね」

「貴族の令嬢の場合、その言葉ですませてはいけないはしたなさですけどね…」

 そんな女性が何故に王太子の許嫁候補なのか。

それはもちろん財力と身分と後ろ盾の存在故である。

また、シンクレア嬢も暴走しやすい気質を抜きに考えれば教養豊かな淑女であり、意外に慕われているというからわからないものである。

「はしたなかろうと何だろうと、気になることをそのままに済ませておかない性格は問題ですねぇ。きっとその内、政治の暗部にでも首を突っ込んで波風たてた挙げ句、どこかで粛正されてそうですよね?」

「笑顔で物騒なこと言うね、チシャさん」

 そう言ってラプランツェに応じながら、鈴蘭は思った。

サスペンスなんかで、真っ先に死にそうなご令嬢だなぁと。


 その令嬢は押しとどめようとする警備の者を押しのけ、今まさにスノウの部屋へ迫り来ようとしていた。

いよいよ切羽詰まって、スノウは嫌そうに顔をしかめる。

「よし、仮病ならどうだろう」

「それで逃げられても、またきっと来るよ」

「あああぁぁぁぁ…」

 進退窮まった様子のスノウ。

「嫌なことはさっさと済ませた方が良いよ、スノウ様。というか、何でそんなにシンクレアさんのこと嫌なの?」

「…嫌いな訳じゃない。嫌いじゃないんだが、苦手だ」

 その一言に尽きると、スノウは机に突っ伏した。

あまりに哀愁漂う姿に、さすがに同情心もうずくというもの。

鈴蘭はスノウの背をさすってやり、元気を出せるように励まそうとした。

「スノウ様は、そもそも女性の裏側を知りたくないって、前に言ってたよね」

「…ああ。女性の舞台裏なんて、気持ちの良いものじゃないだろう?」

「それは否定しない。だけどスノウ様、発想を変えてみたらどうかな?」

「発想を、変える…たとえば?」

 スノウが食いつきを示し、顔を上げると鈴蘭がにっこりと笑った。

「女の本性は、舞台裏にこそ出てくるもの。スノウ様は将来の伴侶を選びかねているから、今こんな状況に陥ってるんだよね?」

「言いにくいことを、ずばっと突くね、鈴蘭」

「うん、まあね? でもそこで提案なんだけど、選びかねているんなら、新しい判断材料を取り入れたらどーかなー…って」

 鈴蘭の言葉に、意味するところを察してか。

困惑したように、スノウの瞳が揺れた。

「新しい、判断材料…?」

「ずばり、女の本性。または男に見せない舞台の裏側」

「何とも陰険で陰惨な現場しか連想できない判断材料だな」

「言い方を変えると、男の目がないところで女性がどう振る舞っているか」

 鈴蘭がそこまで言うと、ラプランツェが納得したように賛同を示した。

「ああ、確かにいますもんね。同性の眼しかない場所と、異性の眼がある場所では態度が全く違う人」

「それは、確かにいるな…。男にだっているし、女性にもいるだろう」

「そうそう。そういう、女性だけの楽屋裏ってのに本性って現れるものだよ。表面上スノウ様の前でどれだけ繕ってても、女性しいない場所では態度が変わる人もいるだろうし、もしかしたら一貫して態度の変わらない人もいるかもしれない。どんな人間が信用できるか選ぶのはスノウ様だけど、男性の目がない場所で見せる行動の数々って、将来を見据えて選ぶ上で、重要な阪大材料にならないかな?」

「つまり、鈴蘭はこう言いたいのか? ちょうど良い機会だから、女装を利用して今まで見ていなかった新しい面を探ってみろ、と」

「そう言うこと。女性として接してみたら、今まで気づかなかった良いところが見つかるかもしれないでしょ?」

「だが………」

 言いよどむスノウの顔には、苦悩とためらいが見える。

まだ何か気になることがあるのか、先の提案では覆せない何があるのか。

鈴蘭は自分の言葉では補いきれなかったのかと、スノウの言葉を待つ。

「だが、近しく接してしまえば、私の正体が露見するかもしれないだろう」

「「「「………」」」」

 思わず室内、皆が沈黙した。

スノウの顔をとっくりと眺め、女装の完成度の高さを確認する。

次いで全身を眺め、弾奏しているときとのあまりの変貌を確かめた。

「王子姿の面影がないとは言いませんが…あまりにも、可憐すぎますからね」

「どこからどう見ても淑女にしか見えません」

「俺だってわかるが、王子の心配は杞憂に思える」

 側近たちが口々に、今のスノウは完璧な令嬢で、男姿とはつながらないと口にした。

一人、鈴蘭だけが以前の姿を知らないので、何とも言い難い思いをしている。

だけど、彼女は彼女にしか言えない言葉を見つけた。

「スノウ様、前に自分に群がるのは地位と美貌と財産と、身分に寄ってくる狩人ばかりだって言ってたよね」

「確かに言った。けど、それが?」

「うん。思ったんだけど、皆、スノウ様の表面上のものばかりに気をとられてたって、スノウ様は思ってるんだよね?」

「ああ」

 即答だった。

即答してしまうくらいに、スノウはそう実感していた。

誰も個人的に、「スノウ」としての自分に興味を抱いている訳ではないのだと。

内面の、青年としての自分を知ろうとする者など、いなかったのだと。

それが本当か否か、判断はつかないが。

他ならないスノウ自身がそう思っていることは、事実。

それを踏まえ、鈴蘭の第二の提案は炸裂した。

「だったら、そこもチェック項目に追加しよう」

「…は?」

 理解できない言葉を聞いた気分で、意味のわからなかったスノウが眼で問う。

それに鈴蘭はにっこりと笑うと、自分の考えを言い足していく。

「王子様の表面にしか目がいっていなかったんなら、ここまで気合い入れて変貌したスノウ様には、普通気づかないんでしょ?」

「変貌…」

 先ほどからの、皆のあまりの物言いにスノウが頭を抱えた。

だけど鈴蘭も皆もいっこうに気にする素振りすらなく。

むしろちょうど良いと言い放った鈴蘭は、優しくスノウの頭を撫でる。

そう、まるで、思い悩む彼のことを心の底からいたわるように。

実際、彼女にはちゃんといたわりの気持ちもあるのだが…

それ以上に、一挙両得を目指していた。

「普通ならわからない現実を見破れるのは、それだけ強い気持ちがあるか、鋭すぎるほどに鋭い洞察力があるかのどちらかよ」

 だから、口を挟む。

自分の見解を述べて、スノウの選択肢を操作しようと。

「よっぽど目端が利くってんでもないなら、それはきっと王子を心底愛しているかの証明になると思うの。愛じゃ無くても、少なくとも並々ならぬ関心があって、王子の表面ばかり気にしている訳じゃないってことでしょ? だから見破れるくらい見分けられるんだと思うわ」

「何が言いたいのさ」

「うん。だから、普通ならわからない王子の女装を見破れるかどうか…少なくとも違和感を覚えるかどうか、その感覚の有無を審査基準に加えたら?って提案してるの」

「……………」

「どう?」

「……まあ、確かに、言っていることには一理あるかもしれない、けど」

 渋る様子のスノウに、それでも鈴蘭はにっこりと笑う。

「何にしろ、選ぶのはスノウ様だし。私は提案しただけ。実際にどうするか、どう判定するかはスノウ様が好きにしたらいいよ。ただ、こういう観点もありじゃないかな、って思っただけだから」

「ゆっくり検討させてくれ」

「お好きにどうぞ?」

 言ったきり、心底困り果てた様子で、スノウは突っ伏してしまった。

それに笑いをかみ殺しながら、鈴蘭は来るシンクレア嬢の嵐を待ち望んだ。


 …が、その前に鈴蘭に困ったような苦笑を向ける者が、一人。

「………」

「なに、リオさん?」

「いえ、鈴蘭さんは性格が悪いなぁと思いまして」

「…喧嘩買ってほしいの?」

「違いますよ。鈴蘭さんの提案、性格悪いってご自分でもわかってるんですよね?」

 念を押すサンドリオの物言いに、鈴蘭は否定しない。

彼の言いたいところを、含むところを、鈴蘭自身も承知していた。

そう、確かに自分は性格が悪いと…。


だって鈴蘭自身にとっても、身に迫る切実な問題だ。

もしもスノウが性悪女を嫁にもらおうものなら…

そのスノウを後見とする自分に、どんな厄災が降りかかるか…。

それを思うと、鈴蘭自身がスノウの嫁問題に口を挟まずにはいられない。

当人の問題だとわかってはいても。

自分に対する影響は、どうしたって無視できない問題だから。



 煩わしい求愛騒動から脱する為に王子を休業したはずなのに。

なのに以前の当社比3倍で酷いことになっている現状。

しかも女達の目の敵にされ、鬱なスノウを鈴蘭が唆した。


 これはまたとないチャンスだよ、と。


 女装で彼女達に接するってコトは、今まで目にしてこなかった彼女達の側面を知るということ。

男に対して見せるよそ行きの顔ではなく、同性に対してどんな態度を取るのか。

そういう、今までは目にすることのできなかった面を見て査察してはと。

スノウだって結婚はしなくちゃいけない。

でも選べないから今、こんなコトになっている。

だったら選ぶ為の材料として、新しい面を見てみるのも手じゃ?

女達の本性を考慮に入れ、その中から好ましい相手を探しては、と。


 それもアリかなと考え込むスノウを傍目に、サンドリオが言った。

「酷なことを」――と。

 女性が、それも競争心を煽られて育った貴族の令嬢が、同性…それも煩わしい、忌まわしいと思っている好敵手に値する、その上どう見ても明らかに格上のスノウにどう接してくるのか。

そんなものは、考えるまでもなく分かり切ったことなのに、と。

「王子を女性不信に陥らせるつもりですか」、とサンドリオは溜息をつく。

「そんなつもりはないけれど」、と鈴蘭は言う。

「だってもしかしたら、本当に。男性の目が無くても、自分がいくら不利な状況でも。公平で慈悲深く、清廉に振る舞える女性が見つかるかもしれないじゃない? それこそ王子にふさわしく、王子も慕わしく思えるような人がさ」

「…そんな人、この貴族社会にいますかね」

 頭を抱えてしまうサンドリオに、鈴蘭は思った。

そこらへんは自分の知ったことではないけれど、と。

だけどこうも思った。

もしかしたら本当に見つかるかもしれないじゃない、と。

そんな人がもし本当に見つかったとき、自分は何を思うだろう…。

それを考えると、なんとも複雑な面持ちになってしまうのだけれど。


 それでもサンドリオの心を少しは軽くすべく、鈴蘭は付け加える。

「どんな状況でも、どんな相手にでも。それでも公正で公平な態度を取れるのがいい女だ――って、弟が言っていたのよ」

「…念のために窺いますが、弟君はおいくつで?」

「諸国 桜。今年で12歳、かな」

「………僅か12年で弟君は、今までどんな人生を歩んできたというんですか」

 そのあたりは、鈴蘭にとっても謎多いところだった。






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