・第一話
遠くの方で、激しい重低音が聞こえる。
響く銃声。轟く起動音。嘶く倒壊音。
そんな最中、荒れた平野に、一人の男が跪いていた。
見れば、そこは墓場だった。
男は、土が盛られただけの小さな墓の前で、呆然と膝を付いていた。
俺はそいつのそばへ寄った。特に意味は無い筈だった。
「……なんだ、お前は」
その男は不機嫌そうに言った。本心は、不機嫌なんてもんじゃないだろう。
三十代後半から四十代前半、といったところだろうか。
迷彩柄のオクトリア軍軍服を身に纏い、肩には銃が吊るさっていた。
また遠くから、機関銃の音が耳を触った。やけに耳障りな気がした。
「……同情なら他所をあたってくれ。ここら辺には、そういうやつしかいないからな」
男はその場で座り直し、あぐらをかきながら手を目のあたりにあてがった。
彼の言うとおり、この広大な墓場を見渡してみると、小さく何人かの人々が点在していた。
全員、彼と同じように誰かを失った人達だろう。
この不毛な戦争の中、誰かを失った人達だろう。
「―――ここに眠っているのは?」
しばらくの沈黙の後、彼に問うてみた。
「……妻だ。技術連合軍に狙撃されたんだ……」
「……そうか」
様子から、その瞬間を彼も見ていたのだろうと、思った。
この戦争の中で、目の前の妻を助けることが出来なかったのだろうと、思った。
しかし本当のことは分からない。
だが、彼には彼女に言いたいことはあるだろう。
この言葉を聞いて、俺は思い切った。
俺は手をポケットに入れた後、その墓の土を脚で思い切り蹴飛ばした。
「お……ッ!お前ッ!!なにしてんだ、おい!」
両手で掴みかかってくる男。
しかし、脚の動きを止めない。男を手であしらいながら、まだ土を蹴った。
案外土は柔らかく盛られていたらしく、すぐにその妻の姿が出てきた。
男と同じ金髪で、被った土の上からでも分かる色白な美人だった。
体が大体出てきた所で、男を手の力で突き放した。
体勢を崩し、尻餅をつくように倒れる男。
「―――ッ!クソが!動くな、撃つぞ!?」
男は持っていた銃を構えて、こちらをターゲットしていた。
それにも構わず、俺はすっかりやり慣れてしまった詠唱の|号( ・ )を思い出す。
「効力は八分が限界だ。大切に使え」
それから、号を囁いた。
まあどろ、いんどろ、うくつろうとりる、みんとるおどろ
まあどろ、そうどろ、そうことりらんだ、みんとるおどろ
まあきり、いんきり、うくつろうとみり、るんたあおどろ
まあきり、そうきり、そうことりむんだ、るんたあおどる
瞬間、目の前に、やはり見慣れた閃光がほとばしった。
空間に満ちた魔力が活性化して摩擦を繰り返していく感覚。
重く埋もれた大気を切り裂いて回旋する光の束は、
男の、妻の体を包んだ。
「―――……ん、あれ……」
彼女は、そう口を開いた。
「リリア!」
彼は妻の名前であろうものを叫んだ後、彼女にかかっている土を急いで払いはじめた。
治癒系統上位魔法 及び 幻術系上位魔法魔術式複合、《虚偽の健体》。
内臓器官や脳、骨や筋肉などの、様々な身体的損傷を幻術で装い、
それを再生系、治癒系の魔法的措置で補助をする、という高等魔術式だ。
本当は無い物を誤魔化し作る、という性質から、莫大な魔力と膨大な精神力が必要とされるため、
効力は精々、分単位までしか確保することが出来ない。
今回の場合、それが死人相手ということもあるから、かなり無理をしているというのが本音だ。
ともあれ、これからあとは彼らの時間だ。俺が出る幕は無いだろう。
そのまま身を翻し、歩き出そうとすると、
「待ってくれ」
背後からの声に、足が止まった。
はたと顔だけ振り返ると、男は両手両膝を地面についていた。
「本当にありがとう。俺に、別れを告げる最後のチャンスをくれて、本当に、ありがとう。」
とうとう額まで地面につけ、頭を垂れてきた。
これはもう諭すしかないと判断し、口を開いた。
「……お前が下げないといけないのは、頭か?」
体勢はそのままで、男は顔を上げた。
「違うだろう。お前が下げるべきは、武器だ。」
振り返るのをやめて前を向く。
戦争の最前線の街を遠目で眺めながら、続けた。
「軍が行った不毛の結果で妻が死んだんだろう。そこで、仇に不毛を繰り返すなんて、莫迦なことはして欲しくはない。
ひと通りが済んだら、街の唯一のホテルへ来るといい。お前が俺の期待に添えたならな」
そう言って、歩き出した。
彼らの八分には、触れたくない。
響く銃声。轟く起動音。嘶く倒壊音。
ここは、
紛れも無く、
苦し紛れもなく、
どうしようもなく、戦場だった。




