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ついてない男

作者: がんじん

 僕の目の前におかしな自動販売機がある。

 見た目が大きな犬の形で口にコインを入れると尻からジュースが出てくる、ぐらいふざけた物だったら説明しやすかったのだが見た目は全く普通な自販機だ。

 むしろ普通すぎるくらい普通な自販機なのだが、何かがおかしいと僕は感じていた。

 思えば今朝から何者かの手の上で弄ばれてるような感覚があった。

 出勤の為に乗ったバスは交通事故で渋滞に巻き込まれいつもの三倍近くも時間がかかる。それだけならまだしも急に腹が痛くなるが駅のトイレも大渋滞。結果パンツを汚すことになった。スーツが汚れなかったのは不幸中の幸いだ。だが、電車には目の前で出発され次の電車でに乗るも遅刻確定。仕方がないので会社に電話するも繋がらずノーパンで駅から走ってみるもやっぱり遅刻し、朝から機嫌の悪い上司に目をつけられ何かにつけて小言を言われる。

 股間のものをブラブラさせながら帰り際にコンビニによりパンツを買うと、タチの悪い学生集団に指さされ笑われる。

 スルーして背を向けその場を離れると何故か後ろからついてくる学生たち。傍からみたらまぬけなひよこの行進の様で面白かっただろうが、その先頭を歩かされている僕はパニック寸前だった。

 僕が足を早めると、彼らもそれに合わせてくる。僕が走り出すと後ろから発狂したニワトリみたいな笑い声が聞こえ彼らの足音が大きくなった。

 いったい彼らは何が楽しくてこんな事をしているのだろうか。聞いてみたい気もしたが、その前に殴られそうな感じがする。

 おそらく理由なんてないのだろう。「なぜ山に登るのか」と聞かれた登山家ジョージ・マロリーは「そこに山があるからだ」と答えたと言われている。彼らになぜ追い回すのかと聞けば、そこに間抜けそうな男がいたからだと答えるだろう。

 今日は何をやってもダメな日だ。そう、思いながら僕は走りまわった。

 気がつくと見たこともない路地裏に出ていた。なんとか彼らを巻いたらしい。僕は落ち着くために飲み物を買おうとあたりを見渡した。そして、例の自動販売機をみつけたのだ。

 実際のところは息切れして立ち止まったらたまたま目の前にあったとうだけなのだが。財布から金を取り出し自販機にいれようとして、僕はふと手を止めた。

 これはおかしい。

 何か都合が良すぎるような気がしたのだ。今日の僕に限っては都合良くなどという事はありえない。

 飲み物を買おうとして財布をなくしていた事に気がつくとか、自販機をさがしたが結局見つからず家に帰ってとか、そんな事がおこりそうな流れだった。

 そう考えると今日の不幸の連鎖のオチの部分にしか思えなかった。目に見えない悪魔が設置した最後の不幸スイッチ、それが目の前に禍々しくそびえ立っているのだ。

 しかし、だからと言って今更ほかの自販機を探すの馬鹿らしい。

 それに、ここまでくると逆にオチて欲しいという投げやりな考えが頭に浮かび、思いっきてお金をいれてコーヒーのボタンを押した。

 案の定というべきか自販機はお金を飲み込んだまま全く動く気配がない。

 自販機にお金が飲み込まれるとは、典型的すぎてジョークとしても笑えない。

 僕は思いっきり自虐的に笑ったあと「このクソ自販機!」と叫び自販機の横腹を蹴った。

 だが、残念なことに僕の足は鉄で出来た自販機より頑丈ではなかった。当然の結末として足に突き刺さるような痛みがはしり悶絶する羽目になった。

 ああ、馬鹿なことをした。

 そう思い自販機に背を向け立ち去ろうとすると後ろからやかましい電子音が聞こえた。振り返ると自販機のスロットがまわっていた。いまどきスロットがついている自販機などめずらしい。

 しばらく電子音と共に光がくるくると回ったあと中で飲み物が落ちる音がした。

 僕ははき出し口に手を突っ込み中のものを取り出した。

 『すきっと爽やか復讐ソーダ』と書かれた黒いラベルのペットボトルが出てきた。いかにも安い自販機で売られているイロモノの飲料水っぽいネーミングだった。

 炭酸という気分でもなかったが出てこないよりましと僕は何の疑いもなくうっかりキャップを開けてしまった。

 そのとたん勢い良く中身が吹き出した。キャップを握っていた僕の手を吹き飛ばし顔面を直撃し、ねっとりとした液体がスーツに降りかかった。

 最悪だ。

 気がつくと僕は空のペットボトルを握りしめていた。炭酸が噴き出すぐらいは許してもいい。そういうことは小学生だって経験することだ。

 だが、これは炭酸が爆発したといった具合だ。間違いなく欠陥製品だ。これを作ったメーカーはイかれている。

 僕は製造元を探すためラベルに書かれた苛つくほど小さい文字を必死になって読んだ。

 メーカーに直接クレームを入れてやるつもりだった。

 しかし、メーカー名どころか、食品には表記されてるはずの原材料すら書いてなかった。

 代わりに書かれていたのいくつかの不吉な単語であった。

 軽傷、重症、死亡、要望。

 要望の下には何も書かれてないスペースがある。アンケートのように見えなくもない。

 ふざけてる。ふざけてるにも程がある。

 僕はたまたまポケットに入っていたボールペンを取り出すと、軽症の所に丸をつけた。要望にはボーリングのピンと意味不明な事を書き笑った。

 そして地面に思いっきり投げつけ踏み潰しけり飛ばした。

 炭酸でベタベタになったスーツはこれからクリーニング出さなければならなかった。おかげで余計な出費が増えてしまった。そのうえ家に帰るためには先ほどの学生連中を避けるため遠回りしなければならない。なんで今日はこんな面倒ごとばかり起こるんだ。

 急にやるせない気分になった。怒ってるのすら馬鹿らしくなってきた。

 僕は地面に転がっていたペットボトルを拾うとゴミ箱をさがした。だが、ゴミ箱は見つからなかった。

 投げやりな気分になりペットボトルを後ろに向かって放り投げた。世の中にはいくらだって僕以上に他人に迷惑をかけている人間がいるのだ。これだけ不幸な目にあった僕にはポイ捨てするくらいの権利があるはずだ。

 なんともしょぼい権利ではあるが。

 僕が家に帰ろうと歩き出すと、後ろから僕が投げたペットボトルが飛んできて足元で何度か跳ね電柱にぶつかって止まった。

 僕は嫌な予感がしながら後ろを振り向くと原付にまたがった学生の団体がいた。先ほど僕を追い回していた連中だった。原付は五台あり、それぞれ二人乗りをしていた。さきほどより数が増えていた。どうやら彼等を僕を探すためにわざわざ、原付を持ち出し仲間を集めてきたらしい。

 最近の若者は飽きっぽいというが、どうして彼らは僕を探すのに飽きてくれないのだろうか。コンビニでパンツを買った男を追い回す事が仲間を集めるほどの楽しいことなのか。

 ともかく僕がやらなければいけない事はハッキリしていた。

 彼らと逆の方向に走り出した。

 後ろから原付には似つかわしくない、体の中を突き抜けるような爆音が追いかけてきた。

 彼等は原付のマフラーを外して騒音を出すのが格好良いと思っているような連中らしい。つまり、人を集団で殴りつけた事を自慢するような人種だということだ。思いっきり偏見が入った考えだが不思議と間違ってないだろうという確信が持てた。

 僕が必死に走って逃げると彼等は病気の鶏のような声をあげた。原付の音が後ろで右へ左へ移動し蛇行させながら挑発しているのが見なくても解った。

 やがてそれに飽きたのか彼らは僕の前にでると次々と道を塞ぐように原付を止めていき最後の一台が僕の後ろを塞いだ。

 後ろの一台が加速するのに十分な距離を取った場所から、映画のレースシーンでスタートダッシュでもするかのようにアクセルをふかし始めた。

 おい嘘だろ。そう声を上げたくなった。原付で人をはねたらどうなるのかも分からないのか。それとも分からないから試そうとしているのか。

 ひときわかん高い音を出すと原付は狂った猛牛の用にこちらに向かって突っ込んできた。頭ではどうすれば良いか分かっていた。しかし、体が全くいうことを聞かなかった。

 僕は目の前の狂った連中に対抗する事を諦め、せめて有給で収まる範囲内の怪我で済むことを祈った。

 そのとき、急に目の前のブロック塀が倒れた。僕を跳ねようと突っ込んできた原付はガレキに突っ込み僕をかすめ吹っ飛んでいった。空中を飛んだ狂った猛牛とその持ち主は、電信柱にあたり軌道をそらして仲間たちにダイブした。固まっていた原付と持ち主達はは四方八方に弾けとび倒れた、それはまるで、ボーリングのピンのようで……。

 僕はなんだか急に気分が悪くなった。

 地面には黒いペットボトルが落ちていた。拾い上げてみるとラベルには軽傷のところに丸がつけられ、要望のところも先ほど僕が書いた通りのままだった。さらに下に目を向けていくとそこには、赤い文字で『ご利用ありがとうございました』と書かれていた。さっきはこんなものはなかったはずだ。そもそも、このペットボトルを捨てた場所からだいぶ走って逃げてきたはずなのに、何故これがこんなところに。

 倒れていた学生たちが起きだしてきた。原付は派手に壊れていたが、彼等はそれほどの怪我をしなかったらしい。

 僕は軽傷という言葉が頭によぎり、手の中の黒いペットボトルを慌てて捨てた。

 幸い彼らも救急車を呼ぶほどでもないようだし、これ以上ことが面倒になる前に逃げようと僕はその場を後にしようとした。

 そのときいきなりやかましい電子音が鳴り響いた。

 そちらを向くと自販機から発するカラフルな光が一人の少年の顔を照らしていた。少年は中から出てきた黒いペットボトルを取り出した。別の手には先ほど僕が捨てた黒いペットボトルが握られていた。

 何故こんなところに自販機があるんだ。どうしてこんな都合良く。少年は二つのペットボトルをしばらく見比べ何かを確信した。そして笑顔を浮かべこちら見た。蟻の巣に熱湯をかけて喜ぶような子供がする、とてもな無邪気で残酷な笑顔だ。

 そういえば、僕は今日なんでボールペンなど持ち歩いていたのだろうか。普段は絶対持ち歩いたりしないのに。

 きっと少年も今日はたまたまボールペンを持っているに違いない。

 

少年は胸ポケットから細長い何かを取り出した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 独特の世界観が漂っていてハマる。 [一言] 「世にも奇妙な話」に似た世界観でとても面白いです。 続き楽しみにしてます!
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