絵本
書斎にて。
第三王子・カイドウは暖炉のそばのソファに腰掛け、とある絵本を眺めていた。
「失礼致します」
紅茶と茶菓子を載せたワゴンを押しながらエミリーが現れた。
彼女の目が机上の絵本に留まった。
「あら?絵本…?」
「ああ、見つかってしまいましたね。私は昔から絵本が好きで…、という話は前にしたことがありましたね」
カイドウは柔らかな笑みを浮かべた。
「特にこれがお気に入りでね。『ほしくずのおひめさま』」
彼がページをめくると、鮮やかな色彩が目にパッと飛び込んでくる。星空を旅する少女の冒険譚である。
エミリーは自然と彼の隣に腰を下ろした。
「わあ、懐かしい…!わたくしも知っております。小さな頃、母親が読んでくれました」
「では読み聞かせてくれないか?」
唐突なカイドウの提案に、エミリーは目をぱちくりとさせた。
「わたくしが…ですか?」
「きみの声で聞きたくなった」
カイドウはそう言って、絵本をエミリーに差し出した。
彼女はそれを戸惑いつつ受け取り、緊張して若干震える指で最初のページをめくった。
「むかしむかし……」
最初こそ声が硬かったが、物語が進むにつれ緊張が解けていった。
星の姫が旅の友達と会うシーンでは、声色が一層優しくなった。
「わたしといっしょに、ほしぞらをたびしよう」
エミリーが顔を上げると、少年のような瞳をしたカイドウが目に入った。
普段の威厳ある王子からは想像し難い無邪気な表情であった。
エミリーは微笑み、続きを読み進めた。
星の姫が竜と出会い、月の下で踊るワンシーン。
「あなたはわたしのたからものよ」
このセリフを読んだ後、カイドウの指が反射的に彼女の手に触れた。
「……!」
エミリーの朗読が途切れる。カイドウは慌てて手を引っ込めた。
「すまない」
「いえ……」
しかし彼女は本を閉じなかった。
声色は輝きと優しさを増していき、彼女は登場人物に息を吹き込むように丁寧に読み進めた。
「…こうしてひめは、あたらしいほしをみつけたのでした。おしまい」
ぱたん、と本が閉じられたのと同時に、カイドウはエミリーに拍手を贈った。
「素晴らしかった。ありがとうエミリー」
「お気に召されましたか?よかった…。でも、お言葉ですが、子供向けの絵本ですよ…?」
カイドウは目を伏せる。
「童心に返りたくなる時があるんだ」
カップに口をつけ、紅茶を一口飲んだ。
「…恥ずかしいから、他の者には秘密に」
「わたくしだけの秘密…。うふふ」
エミリーは手を口元に当て、小さく笑い声を零した。
カイドウの意外な一面を目の当たりにし、嬉しくなったのかもしれない。
「お気に入りの絵本があったら、他にも紹介してくださいませんか。わたくし、カイドウ様のとっておきの絵本をもっと知りたいですわ」
エミリーが目を輝かせて言ったが、カイドウは照れつつ
「夜ももう遅い。また明日にでも。絵本は逃げませんからね」
と返した。
彼女は、明日もまた二人きりで会う口実ができた、と心の中で小躍りをしながらティーセットを片付け始めたのだった。




