金魚
目の前を金魚が泳いで行く。鱗がきらきらと輝いて見える。それをしばらく目で追って、それから遠くに視線をやるといくつも泳いでいるのがわかる。今まで気づいていなかった。
街中を歩くといくつもいくつも金魚がいる。胴体が丸くて尾びれは下が二股にわかれている。出目金、くらいしか金魚の名前は知らないがそれとほとんど同じ形をしているように思う。目が飛び出ていないから出目金ではないのだろう。色は赤が多いけれど白が混じっているのもいれば黒いのもいる。同じ色だと思っても一瞬並ぶと思ったより違う色をしている。一匹の金魚ですら光の当たり方できらきらと違う色を見せる。
住宅街をうろつく。自分以外に人はいない。真昼間だからそうだろうとは思う。思ったところで自分はなんでこんなところを歩いているのだろうと思う。金魚はたくさんいる。ああ、人のいない昼間ならきっと自分だってここにはいないはずなんだ。けれどきっと自分だけ休みになるような日なんだろう。金魚は思ったより綺麗だ。一回くらい飼ってみればよかった。いや、こんなに自由に泳ぐものを飼うなんてかわいそうかもしれない。
様々な金魚がいる。自分が歩くことで景色が変わる以外で動くものは金魚くらいだからついつい見てしまう。景色はなんだかおもしろくない。多分知っているところだからだろう。家と家と家と家。よく見えないから全部同じように見える。それに比べて金魚の鮮やかなこと。こんなに綺麗なものだとは知らなかった。その中で一等綺麗なものに手を伸ばす。手を伸ばしてから、あれがほしいんだと気づく。綺麗な赤色で、綺麗なひれの形で、胴体のふくらみさえ一番綺麗に見える。自覚するともっとほしくなる。追いかけて行ってまた手を伸ばす。手は金魚をすり抜ける。触れない。なんでだろう。手を見る。なんだか薄くて軽い。じっと見ていると揺らいでいる気がする。あれ、そうか。そういえば自分は死んだんだった。死んでるんだから現実のものに干渉できないんだろう。だからあの金魚は触れない。少し悲しくなる。自分のことは今はどうでもいい。ただあの金魚を手に入れられないのが悲しい。
金魚がこんな風に泳ぐところを見たことはなかった。生きているうちに見られなかったのは残念だな、と思う。生きてるうちに見られたなら誰かとどの金魚が綺麗かとかどの金魚が好きかとか言い合えただろうに。それにしても金魚が宙を泳ぐなんて知らなかった。いや、だからこそかもしれない。そんな金魚なんて聞いたことがないんだから誰にも見えないんだろう。じゃあきっとこれが見える今の方がいい。
ああ、あの金魚が行ってしまう。そうだ、せっかく重い肉はなくなったんだから自分も宙を泳げないだろうか。不格好かもしれない。泳ぎ方なんて忘れてしまったものだから。でも金魚が泳げるんだから自分だって同じ要領で泳げるはずだ。あの綺麗な金魚と一緒に泳げたらしあわせだろう。手には入れられないんだから、隣にいることくらいしかできない。泳げる、信じる。とん、と地面を軽く蹴る。
そういえばどうして誰もいないんだろう。




