第3話
放課後まで、残り五分。
私は、もはや人間であることを辞めた。
ただの、一塊の「焦燥」という名の肉塊となって、夕闇に染まり始めた校庭を駆ける。
足は鉛のように重く、心臓は肋骨を内側から叩き壊さんばかりに爆発寸前だ。
頭の中は、セリナ君のあの茫漠とした笑顔と、自分自身の底なしの愚かさでぐちゃぐちゃにかき回されている。
足の筋肉は一歩ごとに引き千切れるような悲鳴を上げ、ふくらはぎは私を裏切る機会を虎視眈々と狙って痙攣を繰り返している。
「走れ! 走るんだ、メロナ! お前の自意識など、この砂埃の中に埋めてしまえ!」
校庭の隅では、最後の下校チャイムを鳴らそうと、時計の針が無慈悲な秒読みを始めている。
空気は冷たく、肺に吸い込むたびに喉が焼けるように痛む。
風に舞う落ち葉が、私の足元に渦を巻き、まるで私を嘲笑っているのか、あるいはこの無様な疾走を応援しているのか、複雑な舞いを見せていた。
錆びついた鉄棒や、誰もいないブランコが、夕陽を浴びて長い影を伸ばし、私の行く手を拒む檻のように見えた。
その時、校門の手前で、最後の壁が立ちふさがった。
橘王だ。
彼は、私の執念を嘲笑うかのように、わざとらしく進路を塞いで立っている。
「まだ諦めないのか、メロナ。その泥だらけの靴で、清らかな彼に触れようというのかい?」
ああ、神よ。なぜ人間は、他人の純情をこれほどまでに試したがるのか。
私は、橘の横をすり抜ける瞬間、生まれて初めて、自分の中の「獣」が咆哮するのを聞いた。
「どきなさい、このリア充の権化め! 私の恋は、あんたの暇つぶしのためにあるんじゃないわ!」
驚きに目を見開く橘を置き去りにし、私は最後の直線を疾走する。
前方、校門の影に、見覚えのある白い制服の背中が見えた。
セリナ君だ。
彼が、今、まさに帰路に就こうと、ゆっくりと校門の向こうへ足を動かしている。
その背中が、一瞬だけこちらを振り向いたような気がして、私の枯れかけた心臓が跳ねた。
ここからは、一瞬が永遠に変わるコマ送りの世界だ。
一歩。砂が足裏から激しく舞い上がる。
二歩。肺の奥が血の味を覚える。
三歩。握りしめたチョコの箱の角が、手のひらに鋭く食い込む。
四歩。私はもはや「乙女」でも「人間」でもない、ただ一つの「願い」を運搬するだけの、壊れかけの機械であった。
届くか、届かないか。
そんな論理的な思考は、とっくに冬の風に吹き飛ばされた。
私はただ、走るしかない。
メロスが友を信じたように、私は、私自身のこの「醜くも必死な一歩」を信じるしかないのだ。
「待って……待って、セリナ君! 私の、私の絶望を、受け取りなさい!」
言葉にならない叫びを上げながら、私は全霊を込めて、最後の一歩を大地に刻みつけた。
視界の端で、下校のチャイムが第一音を奏で始める――。




