9話.もう一度、
*
五人の恋人候補が無惨に散ってから、姫に付きまとう男どもの数は減った。
ストーカー行為を働く者はいなくなったし、よくやって挨拶をする程度だ。
それなら、と姫も笑顔で応えた。
麻上の転校から三日後。
旧階段の踊場、パタパタと駆け上っていた姫が足を止めた。
「やあ」
偶然を装い、階上から声をかける。
いつかの、そうだ阿部。
あの時と同じ構図だ。
あの日と同じように今、姫に話しかけている。
姫はぺこりと頭を下げ、上目遣いで俺を見た。
可愛らしいことこの上ないなんて言葉は口にせず、階段を降りて姫に歩み寄る。
きょとんと首を傾げる姫との距離が一メートルを切った時、右手に持っていた紙を差し出した。
「歌は好きですか?」
「え?」
姫が恐る恐る、俺の手にある紙を受け取る。
「嫌でなければ、文を交換しませんか?」
姫が手紙を読み終わったところで切り出してみた。
じっと文面を見つめたあと、彼女の口元が緩む。
「はい……」
そしてふわっと、柔らかく笑った。
嬉しそうに、俺から受け取った文を胸に抱く。
「いとをかし」
ふいに姫が言った。
今度は俺が首を傾げる。
「ん?」
「嬉しいとか、心温まる感情をそう表すのだと、古典の教科書で読みました。ちょうど今のような気持ち」
「……ああ、そうですね。いとをかし」
ふと小窓から見えた空が明澄で、思わず笑みが溢れた。
大丈夫、月はない。
「春たてば、消ゆる氷の残りなく、君が心は我にとけなむ」
「え?」
「まだ春ではありませんが、桜が美しく咲き誇るまで……それまでには、もっと親しく話せるようになっていたら嬉しいです」
姫は一瞬、口を開きかけたが結局何も言わず、俺の手を掴んだ。
「がんばります。返歌を……帝様に歌を届けます」
必死な表情がとても可愛らしく。
俺はただ、小さな手を握り返した。
*
かつて『竹取物語』という御伽噺が存在した。
その結末は悲恋で終わり、男の枕を濡らした。
もし、もしも彼らが生まれ変わり
別の世界で出会えたのならーー…
『俺ともう一度、恋をしてください』
そんな恥ずかしい台詞を口にするのは、
文の遣り取りを始めて随分経ってからのこと。




