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9話.もう一度、



 五人の恋人候補が無惨に散ってから、姫に付きまとう男どもの数は減った。

 ストーカー行為を働く者はいなくなったし、よくやって挨拶をする程度だ。

 それなら、と姫も笑顔で応えた。



 麻上の転校から三日後。

 旧階段の踊場、パタパタと駆け上っていた姫が足を止めた。


「やあ」


 偶然を装い、階上から声をかける。

 いつかの、そうだ阿部。

 あの時と同じ構図だ。


 あの日と同じように今、姫に話しかけている。


 姫はぺこりと頭を下げ、上目遣いで俺を見た。

 可愛らしいことこの上ないなんて言葉は口にせず、階段を降りて姫に歩み寄る。

 きょとんと首を傾げる姫との距離が一メートルを切った時、右手に持っていた紙を差し出した。


「歌は好きですか?」

「え?」


 姫が恐る恐る、俺の手にある紙を受け取る。


「嫌でなければ、文を交換しませんか?」


 姫が手紙を読み終わったところで切り出してみた。

 じっと文面を見つめたあと、彼女の口元が緩む。


「はい……」


 そしてふわっと、柔らかく笑った。

 嬉しそうに、俺から受け取った文を胸に抱く。


「いとをかし」


 ふいに姫が言った。

 今度は俺が首を傾げる。


「ん?」

「嬉しいとか、心温まる感情をそう表すのだと、古典の教科書で読みました。ちょうど今のような気持ち」

「……ああ、そうですね。いとをかし」


 ふと小窓から見えた空が明澄で、思わず笑みが溢れた。

 大丈夫、月はない。


「春たてば、消ゆる氷の残りなく、君が心は我にとけなむ」

「え?」

「まだ春ではありませんが、桜が美しく咲き誇るまで……それまでには、もっと親しく話せるようになっていたら嬉しいです」


 姫は一瞬、口を開きかけたが結局何も言わず、俺の手を掴んだ。


「がんばります。返歌を……帝様に歌を届けます」


 必死な表情がとても可愛らしく。

 俺はただ、小さな手を握り返した。





 かつて『竹取物語』という御伽噺が存在した。

 その結末は悲恋で終わり、男の枕を濡らした。



 もし、もしも彼らが生まれ変わり


 別の世界で出会えたのならーー…



『俺ともう一度、恋をしてください』



 そんな恥ずかしい台詞を口にするのは、

 文の遣り取りを始めて随分経ってからのこと。




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