表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/37

7話.竜の首の珠



 阿部への説得を終えた俺は、近くにある公園の遊具に腰掛けていた。

 ブランコという、板を鎖で宙吊りにしているものだ。

 闇雲に動いても意味はない、まずは尻尾を掴んでからだとの考えて、暇を持て余す。


 することもなくブランコを揺らしていると、入口に香坂繭が立っていた。


「サボりですか、先輩」


 繭は嬉しそうに、さも偶然であるかのように近寄ってきた。

 俺は知っている、この少女が俺を探し回っていたことを。


「君だってサボりだ」

「あら、私は先輩を探してたもの」


 自白までしてしまった。

 繭は鎖に手をかけ、左足の太股を俺の足の間へ押しつけた。


「暇なんですか?」

「…………いや」


 面倒なことになった。今は気分が乗らない。

 近づく唇から逃げるように横を向くと、繭は頬を膨らませた。


「先輩、最近付き合い悪いですよ?」

草臥(くたびれ)たサラリーマンのような台詞だな。青春真っ盛りの女子高生が口にするものではない」

「もー! そうやってすぐはぐらかして! 先輩はSなんですか?」

「いや、Mだな。正確にはM・T」

「イニシャルの話じゃないですよ!」


 ぷりぷりと怒る繭。

 ちょうどその時、公園の入り口に人影が見えた。


「あ、恋人候補の人」


 俺の視線に気づき、振り返った繭が声をあげた。

 公園の入り口に立っていたのは姫の恋人候補の一人、大伴だった。


 『竜の首の珠』を要求され、大海原へ繰り出すと噂の。


 噂話は真であったのであろう、大伴の手には大量の海図があった。


「潜水艦にでも乗るのか?」


 尋ねると、大伴はカッとなって俺を睨んだ。


「竜の首の珠を取りにいくんだ!」


 と、なんとも情けない返答。


「竜こそ御伽噺のまた夢物語だ。どうやって捕まえる?」

「馬鹿にするな、竜は存在する!」

「ほう。何処に?」

「日本海に決まってるだろ。天竺や蓬莱まで行ったやつらと違い、俺の目的は日本にある。こんな容易いことがあるか」

「だから、全て御伽噺だと言っているだろう」

「ほざいてろ、月詠。姫に言を受けた翌日から、家来を総出して竜を探してるんだ」

「君は阿呆か。すでに三週間、諦めろ」

「竜は存在する。無能な家来と違い、俺は鼻が聞くんだ。絶対に姫の望むものを持って帰ってくる」


 会話が噛みあわない。

 どうやらこの男と話をするのは困難を極めるらしい。

 ため息を吐こうとしたが、その息は繭の口に吸い込まれた。


「頑張ってください、大伴先輩」


 濡れた唇で繭が言う。

 大伴は顔を赤くし、そそくさと逃げだした。


「繭……今のはあまり、感心しない」

「あら、だって先輩。もうこれ以上話したくないって思ってたじゃないですか」

「なんと。心が読めるのか、君は」

「ええ、先輩専用ですけどね」


 再び唇を押しつけられそうになったとき、タイミング良く携帯が鳴った。





 どうもこの世は俺に都合よく、あるいは不都合に回っているらしい。

 防波堤から海を眺めると、港に大伴の姿があった。

 せっせと出港の準備をし、俺に気が付くと敵意を込めた目で睨んできた。


「月詠! なんでこんなところに居るんだ!」

「君こそ、こんな悪天候に港で何をしている?」

「悪天候? どこをどう見ても快晴じゃないか!」


 大伴は両手を広げ、青空を俺に見せた。

 確かに、一見は快晴空だ。


「向こうに大きな入道雲が見えるだろう? 風の流れも速い。数刻後には海を荒らす豪雨になる」

「なにを根拠に……」

「なにを? だから、雲行きが怪しいと言っているだろう?」


 頬杖をついて忠告してやったが、大伴は聞く耳持たずで船の帆を張った。


「そこで指を咥えて待ってろ、月詠。姫は俺の女になる」

「悪いが、所用があるので君を待つわけにはいかない。指を咥えるような癖もない」

「はっ、相変わらず気味の悪い男だぜ」

「気味の悪い……?」

「おら、さっさと行くぞ!」


 それきり大伴は俺に対する興味を失ったみたいで、たった一人の家来を連れて海原へ乗りだした。


 浅はかなり。


 救い舟を出しておこうと思ったが、今の『気味の悪い男』呼ばわりは結構効いた。

 用を済ませてからでも遅くはないだろう、船を出すのもやめよう。





 にわか雨が降り出した夕暮れ、もうすぐ夕立ちに変わるであろう頃。

 港倉庫の脇、一仕事終えて茶を啜っている唐人の前に立ち、にこやかに微笑んだ。


「貴方が、唐の商人か?」


 俺が言うと、彼は脇に置いていた鞄の紐を強く握りしめた。


「なにか御用で?」

「金を返せとは言わない、騙されるほうも間抜けだ」

「は? 何のことだ?」


 本当にわけがわからない、という表情。

 俺は腕を組み、笑みを絶やさぬようにして男を見下ろした。


「日本語が話せるのか、よくできた詐欺師だ」

「詐欺師とは無礼な。自分はただの貿易官だが」

「職に従事していれば牢に入ることもなかっただろうに」

「……失礼を承知で言わせて頂くが、倭の国の学生の、何たる不躾な」

「その言葉、そのままお返し致します。さて、商人殿、火鼠の皮衣とは何ぞや?」

「は?」

「先日、数少ない俺の友人が悪徳商人に騙されましてね。こうして犯人を探しているのです。心当たりはありませんか?」


 商人は一瞬顔をしかめたが、すぐに取り繕うように嘘臭い笑みを浮かべた。


「俺の知り合いにそんな男はいない」

「ほう……男、ですか」

「まあ、悪党は許すまじと言うし、怪しい奴を見かけたら君に一報入れよう」

「いや、その必要はない」

「は?」

「他人との会話でこんなに苛々させられたのは久方ぶりだ。そして、貴方のような阿呆に騙された友人を持つ自分が情けない。全て茶番、とんだ猿芝居だ」


 途端、辺りが明るくなった。

 眩しさで目を瞑った商人が再び瞳を開くと、警察の服を着た人間が数多、彼を取り囲んでいた。


「な、なんだ?」

「数々の悪事を働いた割には頭が悪すぎる」


 暗記していたその男の犯罪歴を読み上げると、商人は真っ青な顔をして俺を見上げた。


「幼稚な罪ばかりだが、如何せん数が多すぎる。おそらく重罪。倭国の人間なら、簡単に騙せるとでも思ったか?」


 語っている途中、商人が脇に差していた小刀を突き出して俺に向かってきた。

 咄嗟に避け、小刀は俺の頬をかすった。

 慌てた警察の者が商人を取り押さえる。そのうち一人が俺にハンカチを差し出したが、片手でそれを拒否した。


 かすり傷、きっとたいした傷じゃない。

 目に見える傷なんて、たいした傷じゃない。


「悪党許すまじ、でしたね? 不躾な倭の国で礼儀を学んでください、ついでに人の心なるものも」


 警察の者に俺の姓は出さぬよう念を押したあと、商人に背を向けてその場を去った。

 指で血を拭うと何故か、灰を撫でた阿倍の姿を思い出した。


 今、雨が地面に落ちると同じように、あの時も、微かな涙が皮衣の灰を濡らした。





 港に戻ると遠くの海に難破しかけた船が一隻見えた。

 これだから、プライドだけ高い貴族のお坊ちゃまは困る。

 側にあった公衆電話に小銭を入れ、この辺一体の海を取り仕切っている漁師の家に電話をかけた。


「もしもし! 大変なんです、僕の友達が海で溺れかけてて……え? どうしてこんな嵐の日に海に入ったかって? 誰もいないから魚が取り放題だとか言って。友達は貴族ですが、名ばかりで実際の生活は魚も食えぬほど。とにかく助けて、無事に救出できたら、××高校の飛語先生に連絡を入れてください。ええ、担任です。よろしくお願いしま……え、僕の名前? 同じ高校の……あ、お金がなくなる!」


 丁度一分。


 通話が終わったことを確認し、受話器を置いた。

 額に手をあてて眺めると、チラチラと難破船の光が見えた。


 信憑性も事実もある、大丈夫だろう。


 事後に至っては、噂好きな飛語教論のことだ。

 明日には大伴の面白話が聞けるに違いない。


 猿芝居。


 我ながらよい演技だったと思う。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ