6話.火鼠の皮衣
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『火鼠の皮衣』
火を灯しても燃えないというが、そんな物は御伽噺の中のまた夢だ。
噂に聞いたことこそあれど、目にしたという者を聞いたことはない。
ただ一人、試練を与えられた阿部だけはその存在を信じ、情報を募った。
阿部がそれを持ってきたのは蔵持が失恋し、恥ずかしさで失踪したあとだった。
「月詠くん!」
さっさと姫のもとへ向かえばいいのに、阿部は俺を呼び止め、宝を手に入れた経緯を説明した。
入学した時からそうだった。こちらは何とも思っていないのに、阿部は俺のことを友達(もしかしたら親友に格上げされているかもしれない)として接してくる。
馬鹿正直なお人好し。
それが彼、阿部の印象。
なんでも、あてが見つからず落胆している時に現れたのが唐の商人だという。
必ず見つけるという約束のもと、阿部は請求されるがまま莫大な金を注ぎ込んだ。ようやく手に入れた皮衣は紺青色で、毛の先端は金に光り輝いていたという。
確かに、姿形だけは美しかった。
「でも、それは偽物だろう」
俺の言葉に阿部は目を丸くし、「え?」と惚けた声を出した。
「石島と蔵持の二の舞になりたくないのなら、姫のもとへ行くのはやめたほうがいい」
「なに言ってるの、月詠くん。どうして偽物なんて」
「おおよその話を聞けばわかるだろう?」
しかし阿部は、わからない、という表情で首を傾げた。
どう説明しようか悩み、面倒臭くなった俺はため息に言葉を乗せて簡素に告げる。
「とにかく君のために言う。そんなものを姫に捧げるな」
「い、嫌だ。せっかく……やっと手に入れたんだ」
「しかし偽物では意味がないだろう」
「これは本物だ。姫だって喜んでくれるはず」
「残念だがどちらも外れだ。それは偽物だし、たとえ君が本物を手に入れたとして、姫は喜ばないだろう」
見ていればわかるだろう?
という、無駄な一言はいわなかった。
俺は別に、この男が嫌いじゃないのだ。
しかし阿部はそれを感じ取れなかったようで、耳を赤くし俺に背を向けて駆け出した。
「酷いよ、月詠くん。友達だと思ってたのに!」
振り返りざまそう叫び、パタパタと女々しい小走りを見せて姿を消す阿部。
どうやらまだ、親友には昇格していなかったらしい。
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阿部と話をしたのが朝で、昼前は紘介に捕まった。
「昼過ぎ、大伴が海に出るらしい」
階段の踊場で紘介が言った。
大伴とは姫の恋人候補に選ばれた一人で、『竜の首の珠を給え』と指示された男だった。
「海? まさか本気で竜を捕まえようとでも言うのか?」
「本気だから、自ら行くことに決めたんだろ」
紘介は口元を緩め、愉しそうに語った。
浅識な貴族の息子が海原へ乗り出す。危険なことはわかっているのに。
そこではっと気がつき、顔をあげた。
紘介がにんまりと笑う。
「今度はどんなほら話が聞けるんだろうな?」
「なるほど。最初から信じていないのか」
「当たり前だろ。蔵持の一件で、俺も羽姫も学習したんだ。今度からは疑ってかかるよ」
「ほう……」
今の言葉を、あのお人好しに聞かせてやりたい。
それと同時、そうなると少々まずいことに気がついた。
「つかぬことだが紘介、もし阿部が火鼠の皮衣を持ってきたらどうする?」
「阿部? ああ、そうだな。火をつけてみる、かな」
「火をつける?」
「本物は燃えないって噂だから。それで真偽を確かめる」
胸を張る紘介に返す言葉が見つからなかった。
なるほど、さも然り。
*
予想通り、阿部は昼休憩に校舎の旧階段から教室に上がろうとしていた。
この学校が建設された当時に使われていた階段で、他の場所に階段が増設された今、近寄るものもおらず、朽ちてボロボロになっている。
突然現れて姫を驚かせようとでもしたのだろう。
虚しい打算だ。
「やあ」
階上の踊場から見下ろすと、阿部は目つきを厳しくして火鼠の皮衣もどきを抱き締めた。
「これは本物だ」
「ほう。根拠は?」
「それは……」
「君のためにもう一度言う、やめておけ」
「でも……」
「らちがあかないな」
近寄ると、阿部はびくっと肩を震わせた。
「なんだよ、月詠くん。これは本物だって言ってるだろ」
「阿部、一つだけ耳に入れて欲しいことがある。君はそれが本物、皮衣を売りつけた商人を信じると言うが、それは同時に、俺を疑うということだ」
「え……?」
阿部が顔をあげた瞬間、俺は火鼠の皮衣を奪い取った。
「あっ、なにする……」
「もしこれが本物なら、火をつけても燃えないよな?」
「それは……」
「焼けずはこそ、真ならめと思ふ」
有無を言わさず、皮衣をライターの火にあてた。
阿部は無言でそれを見守る。
自信があるというよりは、真偽を確かめたい風だった。
数刻後。
床に膝を着いた阿部は、項垂れてそこに落ちているものを指で撫でた。
俺が火をつけると同時に激しく燃え上がり、今では灰と化した皮衣を。
「なごりなく燃ゆと知りせば皮衣おもひの外におきて見ましを」
つうと、灰をすくい上げる。
それはすぐに指の間から零れ落ちた。
「……面白い歌だな」
俺が言うと、阿部は苦笑いをして立ち上がった。
「昔、誰かに貰ったんだ。思い出せないけど誰か、恋い焦がれた女性からの返歌」
「……そうか」
阿部は膝の煤を払い、軽く伸びをした。
一人にさせておこうと階段を降りようとしたが、あることに気がついて振り返った。
「そうだ、阿部。君が取引をした商人の名前を教えてくれないか?」
「商人? どうして?」
「今後のために。もしかしたら、俺も騙されてしまうかもしれないだろ?」
「ああ、なるほど! そういうことなら」
阿部は何の躊躇いもなく商人の名前を教えてくれた。
「最後に一つ、君に忠告しておこう」
「なに、月詠くん」
「君の実直なところは気に入っている。人を疑えというのはあまりに酷。だから君に贈る言葉は、自分が友人と思っている者の言葉は何よりも信じろ」
それだけ言うと、俺はさっさと階段を降りた。
ありがとうだか何だかわからないが、阿部の嬉しそうな声が聞こえた。




