表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/37

36.新しい朝


 *



 桜吹雪の日から半年経った。

 満月の夜から目覚めた俺は親指で瞼を押さえ、息を吐き出す。


「おかしな夢を見た、かもしれない」


 目頭が熱い。

 しかしそろそろ起きなければ。

 ゆっくりはしていられない、なぜならば……。


「おはようございます、先輩!」


 物凄い勢いで部屋の扉が開かれる。

 入口には、日本人らしからぬ亜麻色髪の乙女が立っていた。


「もしかして着替え中でした?」

「君が来るまでには起きようと思っていた故、油断した」

「まだそんな格好で寝てるんですね、寒いのに」

「月詠の屋敷は暖かいからな。それよりも繭、扉を閉めて一度出て行ってくれないか?」


 ふふっと微笑した繭が、後ろ手で扉を閉める。


「いや、だから、一度出て行ってくれと」

「私は構いませんよ、このまま着替えてもらっても」

「君は良いかもしれないが、俺が困る。兄上にだってなにを言われるか」

「あー、そうですね。それなら外に出ておきます。朝食出来ているので、準備できたら来てくださいね」


 繭はくるんと踵を返し、俺の部屋を出て行った。


「……忙しいな」


 ため息を飲み込み、ベッドから起き上がる。少し寝坊してしまった、今朝は早く学校に行くつもりだったのに。

 制服に着替え、姿見で身なりを確認する。

 寝癖などついていないだろうか、ネクタイは曲がっていないか。

 ブレザーに埃などついておるまいな?

 逐一チェックするがきりが無く、時間もないので鞄を持って部屋の外に出た。


「改めて、おはようございます。帝様」


 部屋の外で待っていた繭が、俺の持っていた鞄を奪い取って廊下を歩く。

 俺はゆっくりとその後を追った。


「おはよう、繭」

「あら、繭って呼んでくれるんですね。召使の下女と呼んでくれても構いませんのに」

「朝からなにを言っている?」

「それともメイド女のほうがお好みですか?」

「どちらも好かん。今日は機嫌がいいな、なにかあるのか?」

「旦那様が夕食を共にしよう、と」

「ほぅ、仕事が落ち着いたのか」

「そうみたいですね、なに作ろうかなぁ」

「……君が作るのか?」

「えぇ、せっかくですから」

「それは……兄上も、望んでないのではないか?」

「私が旦那様のためになにかしたいんです」

「君もたいがい、自分勝手だな。間違ってもクッキーなど焼くなよ?」


 俺の言葉など耳に入らずで、繭は鼻歌を口ずさみながら廊下を歩いた。

 あの後、月詠を除名になった俺は一度屋敷に戻った。部屋のものは全て無くなっていたが、かたを付けなければと兄上の元へ向かった。

 陳謝する俺の声を無言で聞いていた兄だが、いよいよ俺が月詠の屋敷を出るに当たって、玄関まで来て言った。


『お前次第では、月詠に戻ることを許す』


 あれ程威勢を張ったにも関わらず、やはり故郷は恋しい。

 なにより、兄の条件は容易い物で俺は二つ返事でそれを了承し、月詠家に戻った。

 我が身のなんと浅ましい事か、そして自分がどれほど勝手かを思い知った。


「繭、今さらだが君に謝りたい」


 俺の言葉に、繭は立ち止まって不思議そうに振り返る。


「俺が月詠に戻る条件として君に迷惑をかけたこと、本当にすまない」


 惚けていた繭だが、やがて踵を返し、頭を下げる俺の顔を覗き込んだ。


「今さらですか? ほんと自分勝手な人ですね」

「自覚はある」

「先輩と添い遂げる覚悟をするだなんて、あの人ももの好きですね」

「君だって以前はそのもの好きの仲間だったであろう」

「私はいいんです、その後、本物の愛を見つけましたから」


 そう言って朗らかに笑う繭は、以前より随分と綺麗になった。

 半年でこれだ、この少女はこれからもっと、美しくなるだろう。


「最初は驚きましたけどね、月詠家に下女として仕えろだなんて。私の知らぬところで勝手に承諾する先輩も先輩ですよね、私の家が月詠に逆らえないとわかっているのに」

「すまない」

「謝らないでください。むしろ感謝してるんですから」


 兄上の出した条件は『香坂繭を下女として月詠家に迎え入れるよう説得しろ』というものだった。

 繭なら頻繁に月詠家に出入りしている、なぜ今さら。

 わけがわからぬと思っていたが、繭を迎え入れて納得した。

 彼女は本当に、男を虜にするのがうまい。


「先輩に会うために出入りしていた時より、今現在のほうが……今が一番楽しいです」


 再び歩き出す繭。

 よかったと言っていいものかもわからず、彼女の後を追った。


「でも、最近になって急に帝様の世話係に就けだなんて、旦那様はなに考えてるんですかね」

「それはおそらく、俺を試しているのだろう」

「先輩を試してる?」

「俺と君の間でなにかあれば、今度こそ兄上は容赦なく俺を追い出すだろう。俺と君の関係が本当に終わっているのかと、兄は試しているのだ」

「えぇっ? そんなことする必要ないのに。私は一度好意を持った相手には一途だし、先輩だって目移りする余裕ないですもんね?」


 食事処につき、扉に手をかける繭がふふっと微笑んだ。


「でも、嫉妬させてみるというのも面白いですね。旦那様が取り乱す様を見てみたい気もします」

「……君は本当に、どうしようもないな」

「先輩の自分勝手には敵いませんよ。さぁ、新しい朝です」


 繭が扉を開けると、温かな朝の陽射しが顔にぶつかった。


「おはようございます、帝様」


 そうしていつもの日常が始まる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ