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33.高坂繭



 屋上に向かうには校舎中央にあるメイン階段を登れば良い。

 しかし姫の友人二人はメイン階段を通り越し、校舎の端隅にある旧階段へ向かった。

 今いる場所と旧階段の登り口は校舎を挟んで対極、廊下を横切らないと行けない。

 ちょうど授業が終わったようで、廊下はたくさんの人で溢れていた。

 人をかき分けながら、時にぶつかり舌打ちを浴びながら、姫の友人たちを追いかける。


 彼女達が何部であるかリサーチしておくべきだった。

 速い、異様に!


 すいすいと生徒たちの並を潜り抜け、肩がぶつかることさえもなかった。

 途中何度も見失いそうになったが、そうはならなかった。

 どんなに突き放されても、次の瞬間には彼女たちの背中を見つけた。


「……とんだ猿芝居だな。俺を誘ってくれているのか」


 廊下を渡りきり、階段の下までたどり着いた。

 鬼さんこちらとでも言うように、彼女たちはプリーツスカートを翻しながら階段を駆け上る。

 女子学生諸君に言いたい、スカートの裾は膝下で留めておくべきだ。

 チラチラと垣間見える太ももと、その奥にある白と桃色の生地を眺めながら、そう訴えた。

 心の中でだが。

 日常を過ごすに不都合はないであろうが、階段は危険だ。

 二階から三階に上がる途中で、彼女たちの動きが鈍くなった。そして三階と四階の間にある踊り場で、俺はようやく二人の腕を掴んだ。

 二人のうちどちらかを捕まえれば良いとは思ったが、彼女達の息は等しくどちらも同じ距離にいた。

 迷った挙句、二人同時に捕まえたというわけだ。


「悪いが、それを返してくれないか?」


 声を発することがつらい、思ったより息が上がっていた。

 それは彼女たちも同様で、はぁはぁと息を整えていた。


「疲れた」

「もう歩きたくない」


 床に座り込む友人達。

 もう逃げることはないだろうと、彼女達の腕を離す。


「月詠くん、足速い……ですね」

「あんなにすぐ追いつかれるとは思わなかった、です」

「……すまないが、妙な敬語をやめてくれないか? 気になって仕方がない」

「だって月詠くん、同級生とは思えなくて」

「威厳があるというか、貫禄があるというか」

「君たちは俺を馬鹿にしているのか?」

「「尊敬してる」」

「……ひとまず置いておこう。しかし足が速いな、君たちは。華麗に人混みをかき分ける様は驚いた」

「多人数バスケが得意だから」

「普通のバスケは五対五だけどそれを敢えて大人数、コートを埋め尽くす程の人数で戦う競技なの。一番多い時で三十人いたかなぁ」

「……奇妙な種目だな」

「今度、ぜひ月詠くんも」

「遠慮しておこう」


 考えてみたが、全く想像がつかない。

 そもそも、なにが面白いのかよくわからない。


「それは良いとして、文を返してくれないか?」


 彼女たちの手にある文の束に手を伸ばすが、上手くかわされてしまった。

 二人は文の束をを胸に抱え、じっと俺を見上げる。


「これは月詠くんのものではないよね?」

「羽姫に贈ったもの、だから持ち主は羽姫だよね?」

「……正に、だが」

「では、お渡しすることはできません」

「申し訳ありませんが」


 妙に丁寧な動作で、彼女たちが頭を下げる。それも相まって俺は酷く動揺した。

 彼女達の言葉の意味が、真意がわからない。


「返して欲しければ捕まえろと言っただろう? だから俺は、こうして必死になって君たちを追いかけたのだが」

「あれは羽姫に言っただけだから」

「月詠くんに言った言葉じゃないよ?」

「…………」


 なんだ、これ。

 なんだこの茶番。


「では、俺が君たちを追いかけたのは無意味だったと?」

「無意味ではありません」

「条件次第ではお渡します」

「なんだ、条件とは」

「「羽姫に、渡しておいてくれますか?」」


 二人の声が重なった、異様に丁寧な敬語で。

 そして同時に、俺に文の束を差し出す。


「これは羽姫のものだから」

「でも必ず羽姫に渡すと約束するなら、これを月詠くんに託してもいいです」

「……なるほど」


 つまりこれは突発的な出来事ではなく、計画の内だったわけだ。

 俺がこの場所、初めて姫に文を手渡した旧階段で、その様を再現できるようにと。

 誰の策か、聞かずともわかった。


「君たちと、繭の関係は?」

「「弓道部の先輩後輩」」

「……あぁ」


 確かに以前、繭を待ち伏せしていた弓道部の部室前で彼女たちを見かけた気がする。

 射抜くような厳しい視線は、友人と後輩の三角関係を心配してのことだったか。


「ついさっき、繭ちゃんから連絡があって、すぐに策を練ったの」

「失恋した後輩を慰める間も無く友人の恋を後押しするのも、どうかと思ったけど」

「いや、感謝しよう。こうでもしなければ、俺の案では如何にもならなかった」


 俺の言葉に二人は目配せして、やがて同時にこちらを向く。


「恋愛に必要なのはハプニングだよ、月詠くん」

「桜吹雪を見せて羽姫を説得っていう最初の案を聞いたけど」

「なんと浅はかなことか、ってびっくりした」

「浅はか……」

「君のために桜吹雪を用意した、見事であろう。さて、俺と結婚してくれるか? そんな自意識過剰な言葉、演出でプロポーズをオーケーする女性がいるわけないでしょ?」

「求婚をしようとしていたわけでは……」

「熱愛中のラブラブカップルならそれで満足いくだろうけど。月詠くん、現状を理解してる?」

「羽姫は月詠くんとの離別を決意してるんだよ? それに追い討ちをかけるような寒たらしい演出、百年の恋も覚めるよね」

「……手厳しいな、女子は」

「少女漫画という人生の教科書があるからね」

「今度、月詠くんにも貸してあげるよ」

「検討しておこう」


 盛大にため息をつき、彼女たちが差し出す文の束を見つめた。

 懐かしい、俺が姫に贈ったものだ。何度も、何度も書き直してその中で最高の一枚を姫に届けた。

 彼女を思っては月を見上げ、墨をすった。

 俺が姫からの文を大切にしていた様に姫もまた、俺からの文を大切にしてくれていたのだ。

 愛おしさを感じないほうがおかしい。


「ありがとう」


 両手を出して、彼女たちから文を受け取る。


「君たちには本当に、感謝する」

「私たちは大切な友人と後輩のためにやったことだから」

「お礼は繭ちゃんに言うべきじゃないかな?」

「……然り」


 全て片付いたら話をしに行こう。

 誰かを真に慕うことはとても尊く、そして難儀だ。

 願わくは繭の一途さが、彼女の慕う誰かに届いて報われますように。

 俺に注いだ愛情の何倍も、彼女が愛されますように。




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