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32話.文の束




 藤宮の情報は正確であった。

 彼の電話からちょうど三十分後に、姫を乗せた車が学校の駐車場に到着した。

 地に降り立つ姫の姿は凛々しく、艶のある長い黒髪が美しかった。

 身にまとう東城の家紋の入った羽衣、姫を束縛している所以。


「もう少しこっちにきたら作戦決行だな」


 校舎の陰から姫の様子を窺っていた絋介が、俺に耳打ちする。


「ほら、こっちに来てる! 緊張するなぁ!」

「絋介、落ち着いてくれ」


 チラチラと顔を出して様子を探る絋介の頭を押さえつけ、身動きを封じた。

 姫の動きを観察する必要はない、それよりも見つかるほうがいけない。

 姫を取り戻す、本意を暴くための算段はこうだ。

 まず、姫が校舎に近づいたところで俺が姿を表す。一言を交わすが、おそらく姫はなにも変わらない。

 東城に囚われたままの生活を望むだろう。

 そこで屋上待機している繭の出番、俺たちの頭上から紙で出来た桜の花弁を落とし、桜吹雪に見立てる。

 それを見た姫は感動して、俺との約束を守るため東條に入るのを取りやめる、と。


「……なぁ、絋介、本当にうまくいくと思うか?」

「え、今さら?」

「よくよく考えれば、こんな単純なことで姫が本意を変えるだろうか。姫にしても、東條家に入る決意をするには、相当に悩んだであろうに」

「大丈夫だよ、月詠くんのパワーはすごいんだから」


 絋介の隣に待機する石島が、ガッツポーズを見せる。

 感動を間近で体験したいなどとわけのわからぬ理由でこの場所に居る石島だったが、邪魔だったかもしれない。


「そうだぞ、帝。俺だってこんな、一昔前の少女漫画みたいな展開で大丈夫かと不安はあったけど、今は時間がない」

「絋介……そう思っていたのなら、正直に言ってくれないか?」

「帝にしては幼稚な作戦だと思ったけど、混乱してるというか錯乱してるというか。とにかくいい案が思い浮かばないんだろうなぁ、と」

「……正に、自分でも阿呆だと自覚している」


 だが、他の案と言われてもこれ以上なにも出てこない。

 別れを決意している女性にプロポーズして、もう一度振り向かせるようなものだ。

 と繭は言った。

 しかしどう考えても、そのシチュエーションが思い浮かばない。


「あ、帝! そろそろだ!」

「月詠くん、頑張って!」


 二人の声援と共に、俺は背中を押されて校舎の陰から飛び出した。


「……やぁ」


 片手を上げて微笑むが、内心は焦燥と怒りで混乱していた。


 なぜ彼らは今、俺の背を押した?


 予定外だ、俺は自分のタイミングで姫の前に姿を表そうと思っていたのに。

 不意を突かれた姫が立ち止まって硬直する。

 しかしすぐに我に返り、口元を袖で隠して不愉快そうな表情を見せた。


「何用でございましょう?」


 声を発したのは姫の後ろに控える付添の下女だった。

 厳しい目線が俺に向けられる。


「いや、えっと……」


 この場面では何を告げるのだったか。

 混乱が尾を引いて、話す内容を忘れてしまった。挙動不審な俺に呆れ返る下女と、素知らぬ顔でそっぽを向く姫。

 声を出そうと口をぱくぱくさせている時、背後から誰かの足音が聞こえた。


「羽姫の忘れ物って、これよね?」


 声に振り向くと、二人の女子高生が立っていた。

 見覚えのある、姫と仲良くしていた友人達だ。


「……っ」


 彼女たちの手中にある紙の束を見つめ、姫がわずかに顔を歪ませる。


「なんだ、文?」

「それは俺が姫に送った、歌が綴られた文の束だった。


 十通はありそうな量。


「俺からの文が姫の忘れ物? そもそもなぜ学校にそんなものを……」

「羽姫の鞄の中にあったんです!」

「東城の人に連れて行かれた日、羽姫は鞄忘れて帰って、ずっとそのままだったから」


 友人たちが交互に説明してくれる。

 息がぴったりで、まるで双子のようだった。

 顔は似ても似つかないが。


「私たち知ってたの、羽姫が月詠くんからの文を大事にしてること」

「羽姫にとって、彼からの文はお守りみたいなものだものね。ずっと鞄の中に入れて、毎日持ち歩いてたんでしょ?」

「違っ……ずっと入れてたわけじゃなくて、毎朝選んで入れ替えてたよっ!」


 声を張り上げる姫だが、はっと我に返り口を噤んだ。

 慌てて袖で口元を隠す。


「ほら、やっぱり!」

「これは羽姫の宝物なんでしょ!」

「要りません、そんなもの」


 騒ぎ立てる友人たちだが、姫の放った冷たい言葉に凍りつく。


「私は鞄を取りに来ただけです。そのようなものに興味はありません」


 友人たちは息を呑んで身を引いたが、彼女達のおかげで俺は冷静になれた。

 前回突き放されたこともあり、耐性ができたのかもしれない。


「いや、……無理をしているな」


 姫は随分と、無理をしている。


「それなら捨ててもいいんだね、この文」


 さて、どう話を切り出すかと考えていたところ、友人の一人が文を掲げて言った。


「屋上で燃やすからね!」


 追い討ちをかけるように、もう一人の友人が続く。


「……待て、君たちはなぜそう攻撃的なのだ?」

「話をしてるだけです!」

「月詠くんは黙っていてください!」

「いや……しかもなぜ、敬語に……」

「構いません、好きになさってください」


 動揺する間もなく割り込む、姫の冷たい声。

 わけがわからず惚ける俺の心中は、俺の文を雑に扱う内容の話談は控えて欲しいなどとおかしなことを考えていた。

 友人の一人が、再度叫ぶ。


「これ、屋上からばら撒くからね!」

「……は?」

「……え?」


 さすがの姫も驚いたようで、目を見開いて身を乗り出してきた。


「学校中の人が見るんだから、月詠くんが羽姫に当てた歌を!」

「晒し者になるのは月詠くんなんだからね!」

「いや、待て。君たちはなにを言っている?」

「だって羽姫が要らないなんて言うからっ! です!」

「嫌なら私たちを捕まえて! ……ください!」


 所々妙な敬語を交えながら、二人が踵を返して走り出した。

 足並みを揃えて、まるで四脚で一つの人間かのように息ぴったりと。

 時が止まったように茫然と立ちすくんでいたが、彼女達が校舎に入ったところで我に返った。


「ま……待て! え? 待て!」


 慌てて地を蹴り、彼女たちの後を追う。

 その時ばさぁっと、頭上からなにかが降り注いだ。


「……繭!」


 それは先ほど俺たちが作成した拙い紙吹雪で、風に舞うこともなくどさりと、桜色の紙切れが地面に落ちた。

 屋上のフェンスの向こうでは、繭がくすくすと笑っていた。

 彼女の傍には、空のバスケット籠を抱える蔵持の姿。


「ごめんなさーい、先輩。間違えて出来の悪いほうを落としちゃいました」

「君は、一体なにを……」

「そんなことより、追いかけたほうがいいのでは? 見失っちゃいますよ?」


 言われずともそのつもりだが、まずは一言申したい。


「繭、君が俺に助力するというのは嘘だったのか?」

「なに言ってるんです? 私は先輩のことを一番に考えてますよ。それに完成度の高いほうは残っているので、安心してまた戻って来てください」


 手を振って微笑み、屋上の奥へ消える繭。


「後で話がある!」


 大声を張り上げ、校舎の中へと向かった。焦燥で振り返ることが出来なかった。

 故にそのとき姫がどのような顔をしていたかは、見ていない。




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