31話.蔵持
「やっぱりここにいたな」
扉の向こう、目の前にいたのは蔵持だった。
これまでに散々、恋人候補の説明をしたがこれで最後だ。
白銀を根とし黄金を茎とし、真珠の実をつける木を所望され、金に物を言わせて本物と見間違う様な上物を姫に献上した男。
俺の手回しによってそれが偽物と判明したのだが、その事件より以前から、彼は俺に対して妙な対抗心を燃やしている。
なにかにつけて俺に競ってくる、面倒くさい男だ。
「なにしてるんだ、月詠」
にやにやと下品な笑みを浮かべる蔵持が、美術準備室を見渡す。
「あぁー、なるほど。文化祭の準備をしていたのか」
「君には関係ないだろう。どいてくれないか?」
「文化祭だというなら関係あるんだよなぁ、俺にも」
冷笑を浮かべた蔵持が、俺を通り抜けて美術準備室の中に入る。
緊張で硬直する絋介たちだが、蔵持は彼らさえも素通りし部屋の奥に進んだ。
奥に積み重ねてあったダンボールに手を置き、にんまりと笑う。
彼の手元には、同じ大きさのダンボールが十つ積み重ねられていた。
「月詠、お前の負けだ」
「? 意味がわからない。君はなんの話をしている?」
「月詠のクラスが花咲爺さんをやると聞いて、俺は決意した。絶対に負けない、俺のほうが上だという事を思い知らせてやると」
「……そうか。いや、だから、君は何を話している?」
「月詠、お前に対抗すべく考えた俺たちのクラスの出し物……脚本演出小道具に至るまで全て俺が制作した、俺の出し物は花咲婆さんだ!」
バッサァ、と蔵持がダンボールの一つを床にぶちまける。
中には桜の花弁が入っていて、ふわりと舞ったそれが床をピンク色に埋め尽くした。
「……桜の、花弁? じゃない、これ、紙?」
指で花弁を掴む絋介が、それが本物の桜ではないと言い当てた。試しに一つ拾ってみると、それはよく出来た紙切れだった。
しかし形はきちんと桜の花の形をしているし、色だって階調が様々で見事だ。
一見では、本物と区別がつかないだろう。
「どうだ、月詠。貴様にこの花弁は作れないだろう?」
「あぁ、見事な花弁の群れだ。しかし、何故これを?」
「言っただろう、俺のクラスの出し物は花咲婆さんだと」
「ほぅ、概要は?」
「心優しい婆さんの飼ってた犬が、婆さんに金貨の在り方を知らせる話だ。それを聞いた隣の意地悪爺婆が犬を連れ去り……」
「あぁ、うん、わかった。つまり花咲爺さんの御爺を老婦に変換した話だな」
「そう言ってるだろ。月詠のクラスに対抗するためにな」
なぜ、彼はこれ程までに俺を敵視しているのだろう、甚だ謎である。
しかし今は、その敵意に感謝すべきかもしれない。
「君は俺に対抗するために、桜の花弁を作成したと?」
「そうだ、恐れ入ったか?」
「あぁ、見事なり。そのダンボール、全てに同じものが入っているのか?」
「同じではない! 微妙に色合いを変えて作ってある。触らない限り、本物だとは気づかないだろう」
「正に、目視では偽物だとわからぬ。そんな物が、こんなにたくさん在ろうとは……」
ちらりと絋介たちに目をやった。
蔵持の気迫に圧倒されていた彼らだが、俺の目配せに気がついて慌てて立ち上がった。
「素晴らしいね、蔵持くん!」
「たいしたもん作るじゃねーか。才能あるよ、おまえ」
「そういえば羽姫の恋人探しの時も、見事な偽物を作り上げてたな」
「おい、なんだお前ら」
わらわらと蔵持の側に群がる絋介、石島、そして大伴。
狼狽する蔵持が彼らを振り払おうとするが、ヘラヘラした態度に戸惑って敵わない。
「君の敵対心に、今ばかりは感謝する、蔵持」
「は? おい、月詠!」
ダンボールを二箱抱え、俺は美術室を飛び出した。
捕まえようとする蔵持だが、絋介たちに阻まれて追いかけて来れない。
「ふざけんな、おい月詠!」
「行かせてやれよ」
「羽姫を連れ戻せるのは帝だけなんだ」
「青春最高!」
喧騒を背に駆け出す。
しかし二箱でなにが出来るというのだ、そもそも桜吹雪など、どのようにすれば……
そしてふと、目の前に見えた人影に足を止めた。
膝上十五センチのミニスカートを履く彼女は腕組みをし、呆れたように俺を見つめた。
「ほんと、自分勝手な人ですね」
亜麻色ウェーブのゆるふわ髪。
フランス人形のような日本人らしからぬ美しい女子高生が、俺の方へと足を踏み出す。
「それだけの量でどうしようと? そもそも桜吹雪を吹かせるって、具体的にどうするか考えてます?」
「いや……」
歯切れの悪い俺の返答に、目の前の少女が、香坂繭が愉快そうに微笑んだ。
「お困りのようですね、先輩。私でよければ手助けしますよ?」
「君は本当にどうしようもなく、そして途轍もなくいい女だな」
「今さら気づきました?」
「いや、以前から知ってはいたが……」
「それでも好きになることはない? まぁ、いいですけど」
くすくすと笑った繭が、俺の腕にある段ボール箱に目を向ける。
「まずはダンボールをすべて外に運び出しましょうか。みんな、聞こえた? さっさと動いて」
繭がパチンと指を鳴らすと途端、廊下の隅に隠れていた男子生徒たちがわっと姿を現した。
その数、十、いや二十人はいるだろうか、とにかく多かった。
彼らは美術準備室に乗り込み、ダンボールを抱えて繭の元へ戻ってきた。
「繭、この男たちは?」
「先輩言いましたよね、私は選ぶ立場にあると」
「あぁ、たしかにそう言ったが」
「先輩に振られたので、新たな恋人を探している。一言呟いただけで、これだけの男が集まってくれました」
「……俺と君が色恋沙汰の話に決着をつけたのは、今朝だよな?」
「短時間で数多の男が群がるほど、私は魅力的なんです。こんな女、なかなか居ないですよ? 振ったこと後悔しました?」
「いや、それはあり得ない」
「正直過ぎです、先輩。そういうところも貴方の魅力ですけど」
ため息を吐いた繭が歩みを進め、俺の脇を通り抜ける。
振り向かぬまま、繭は美術準備室に入っていった。
「なんだ、お前!」
「初めまして、蔵持先輩」
蔵持の怒声と、それを宥める繭の声が聞こえた。
すると、十秒も経たぬうちに蔵持が廊下に飛び出してきた。
「月詠、その花吹雪をお前に貸してやる」
「…………は?」
「返せよ。ちゃんと返すって条件で……」
「もー、なに言ってるんですか、蔵持先輩。花吹雪を演出するんだから、風に舞って返ってこない可能性もあるでしょ?」
繭の言葉に、蔵持は唾を飲み込んで俺を睨んだ。
「無理に返さなくてもいい、また作ればいいからな。しかし可能ならば、出来るだけ良い状態で、返してほしい……文化祭で使うからな」
蔵持の声は徐々に小さくなり、語尾のほうはほぼ消えて聞き取れなかった。
項垂れる蔵持の背後で、繭が唇に手を当てて微笑む」
「選ぶほうの立場なんです、私」
「君は本当に、どうしようもないな」
「褒めてますよね? ありがとうございます。さて先輩、花吹雪の演出なら私に任せてください。こういう綺麗を魅せるのは女性のほうが得意ですから」
悪戯に微笑む繭の表情は、これまで見たどの顔よりも可愛くて。
「よろしく頼む」
疑う余地などなかった。
本当に可愛らしかったのだ、その時の彼女は。自身の損得関係なしに、ただ俺の幸せを願っての笑顔。
もし彼女が、最初からその表情を見せてくれていたら……なんて、失礼な妄想はすぐに打ち消した。




