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30話.紙屑の花




 麻上との通話を終えた俺は、すぐさま石島のクラスへ向かった。


「授業中にすまない、石島はいるか?」


 数学の授業中だったらしい。

 一同の視線が俺に集まるが、それはすぐに石島へと向きが変わった。


「月詠くんと、讃岐くん!」


 俺を見て首を傾げていた石島が、絋介の姿を確認した途端、机に手をついて立ち上がった。

 目がキラキラと輝いている、彼の脳はなにを妄想しているのであろうか。


「どうしたの? なにか問題が起こった?」


 授業中にも関わらず石島は席を立ち、机の合間を縫って俺の元へ来た。


「あぁ、大問題だ。しばし話を聞かせて欲しい」

「うんうん、わかったよ。すぐに行こう」


 俺の手を引き、教室を飛び出す石島。


「あ、おい! 待てよ!」


 石島を引き止めるべくやってきたのは教師、ではなく同じ教室にいた大伴だった。


「問題って何だよ、おい! 月詠!」


 喚き散らす大伴を無視し、俺は石島を連れて美術室に向かった。

 なんせ俺はもう、月詠ではない。

 他の生徒や教師までも呆然とし、誰も後を追ってきたりはしなかった。



「桜の小道具?」


 美術室で事のあらましを聞いた石島が、不思議そうに首を傾げた。


「再度説明する。あと数時間で姫がこの学校に来る。その時、姫が到着すると同時に桜吹雪を彼女に見せたい」


 やはり石島は、そして絋介と大伴までもが首を傾げる。


「月詠、おまえ、なんだって桜吹雪を?」

「大伴、悪いが俺はすでに月詠の名を捨てている」

「はぁ? なに厨二病的なこと言ってんだ」

「厨……」

「今の帝はただの帝なんだよ」


 絋介が助け舟を出してくれたが、大伴は訳がわからんというように眉間に皺を寄せている。

 そして俺も、今の厨二病呼ばわりは結構効いた。

 彼の言葉は今後、無視することにしよう。


「桜を見に行こうと、姫と約束を交わしたんだ。桜吹雪を見れば、姫も俺への気持ちを改めてくれるかもしれないと思って」


 咄嗟に思いついた作戦だったが、声に出すと安っぽく感じられた。

 項垂れる俺を囲む絋介、石島、大伴の三人が、互いに顔を見合わせた。


「うん、そういうことなら協力するよ」

「なにもないよりはマシだろ」

「桜吹雪かぁ。羽姫、喜ぶだろうなぁ」


 彼ら三人は茶化すことなく、俺の言葉を真正面から受け止めてくれた。


「……ありがとう」


 だから俺も、素直に返事をすることができた。


「でもさ、月詠くん。桜吹雪なんてどうするの?」


 しかし石島の言葉で、俺は現実に引き戻される。


「石島、君は演劇部だろう? 小道具で桜吹雪などを作ったことは?」

「えっ? ないない。そもそも、小道具なんて使ったことないし」

「……は?」

「演劇部の部員って僕一人だから、大した劇は出来ないんだよね。だから小道具を使うことはないよ」

「去年の学祭を見たが、おまえ一人で踊ってるだけだったよな?」

「あ、大伴くん見に来てくれたんだ、ありがとう」

「俺も見た! レオタードを着た男が一人ダンスしてるだけの、わけのわからない劇だった」

「讃岐くんまで、ありがとう」

「褒めてるわけじゃないよ。そうかぁ、あれ石島だったのかぁ」


 俺をよそに、昔話に興じる三人。

 いや、待て。

 それならば、俺が石島に声をかけた意味とは? 落胆する俺をおいて、きゃっきゃと談笑する男ども。

 気色悪いことこの上ない。その折、なにかを思い出したように大伴が俺の方を見た。


「月詠、花吹雪ならおまえのクラスにあるんじゃないのか?」

「すまない、大伴。俺は君とは会話をしないと決めているんだ」

「なにいってんだ、そういう物言いが厨二だって言ってんだよ」

「まだ言うか」

「それより、月詠のクラスは文化祭に花咲爺さんをするんだろ? なら、桜吹雪の小道具あるんじゃないか?」

「……そうなのか?」


 初耳だった。

 いや、俺が不真面目とかクラス行事に対して無関心だとかそういうわけではなく、知らなかっただけで……。

 もしかしたら俺は、協調性がないのかもしれない。


「たしかに! みんなで花吹雪というか紙吹雪作ったよな、帝」

「……俺は参加してないな、その会に」

「あの紙吹雪、美術準備室に置いてたはずだけど」


 立ち上がった絋介がロッカーを開け、バスケット籠を抱えて戻ってきた。

 中には桃色の紙屑の山。


「これじゃ少ないかな。クオリティ低いし」


 絋介の言葉に誰も反応しなかった。彼が持ってきた物は花吹雪に見せるには程遠い、桃色の紙切れだった。

 一センチ四方にカットされた紙切れも切り口が雑で、正直言ってゴミ屑にしか見えない。


「これは、姫も感動するどころじゃないよなぁ」


 顎に手をあてて唸る大伴。

 不本意だが、彼のいう通りだ。


「でも、遠目で見たら桜に見えないことも……数を増やせば何とかなるんじゃないかな?」


 石島の助言によって、美術準備室の備品を使って桜に似せた紙吹雪を制作することにした。

 桃の色紙を切ったり、白地の紙に絵具で色をつけたり。一時間経つ頃には、バスケット三つ分の紙吹雪が出来上がっていた。

 時刻は午後三時前。

 そして三時になると同時、携帯が音を立てた。


『やぁ、調子はどうだい?』


 相手は藤宮だった。嫌な予感がし、背中を汗が伝う。


『姫がお目覚めだ、三十分もしないうちにそちらに向かうだろう』

「……承知した、感謝する」


 会話は十五秒で終了した。

 まぁ、特段話すこともないのだが。


「羽姫がもう来るってこと?」

「その様だな……君たちに感謝してもしきれない、本当にありがとう」


 頭を下げるが、絋介と石島、大伴の三人は煮え切らない表情で作り上げた花吹雪を見つめていた。

 俺を含めた皆わかっているのだ、こんな紙屑で姫の心を動かす事は出来ないと。


「姫は、本当に東城に行ってしまうのか?」


 神妙な面持ちの大伴に、俺は頷いた。


「姫が本意を変えなければ」

「こんなに一所懸命に紙吹雪作ったんだから、きっと大丈夫だよ」

「ありがとう、石島。しかし、努力が常に身を結ぶとは限らない」


 シン、と静寂が室内を包んだ。

 なんとか空気を変えないと、と、バスケットを抱えて立ち上がる。


「最善は尽くすつもりだ、それで報われないのなら、致し方無いだろう」

「帝……」

「月詠……」

「月詠くん……」

 わっと、感極まった三人が俺に抱きつく。

 いや、だから、このようなむさ苦しい様は好きではない。

「友情って素晴らしいね! 次の舞台の脚本にしていいかな?」


 場の雰囲気を読もうとしない石島の言葉に、彼の頭に紙吹雪をぶちまけそうになった。


「今は時間がない、とにかく今は姫が到着するまでに待機をしておく」


 部屋を出ようとドアノブに手をかけた時、扉が勝手に開いた。



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