29話.麻上
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絋介を捕まえたはいいが、姫の本意を揺るがすにはどうすれば良いのか。
答えは見つからず、俺と絋介は図書室にいた。
「昼になったら羽姫、学校に来るんだろ? それまでになにか考えておかないと。何時に来ることになってんの?」
「明確な時間はわからないが、動きがあれば藤宮から連絡が入る」
と言いつつ携帯を眺めるが、連絡はない。
本来ならば授業を受けている時間だ、他の生徒や教師に見つかると面倒くさい。
午後一時半、
タイムリミットまでそれ程の時間はないだろう。
「だけど、羽姫の言う約束ってなんだろうなぁ?」
椅子に背を持たれながら絋介が言う。
考えているふりをして難しい顔をする絋介は、いつもの彼に戻っていた。
「帝に文を返さなきゃいけないとか?」
「歌は俺で止まっている。返歌を贈らないといけないのは俺のほうだ」
「じゃあ、その返歌を受け取りにきた?」
「姫からの最後の文は別れの歌だった。返歌を期待してはいないだろう」
「じゃあなんだろう?」
「俺ではない、友人との約束か」
「あぁ。羽姫、最近やっと友人が出来たって喜んでたからな。だけどなんの約束だろ?」
「聞いてみるか?」
姫に連れ添っていた友人たちの顔は覚えている。
約束をしていたかと聞けば彼女たちは快く応えてくれるだろう。
しかし……
「自惚れだろうが、俺に対してのことだと思うんだ」
「……俺もそう思うよ」
絋介の同意は予想外だった。
有難いと言おうとしたが、携帯が鳴ってそちらに気をとられてしまった。
画面に表示されているのは藤宮の文字。
「どうした、藤宮。まさかもう姫が」
『あ、いや、夜竹羽姫のことではあるのだけれど』
俺の勢いに気圧された藤宮が、珍しく言葉を詰まらせた。
思った以上に、俺は心を乱しているらしい。
冷静にと言い聞かせ、藤宮の話に耳を傾ける。
『讃岐の家で居眠りをしてしまったらしく、しばらくは動きそうにないよ』
「居眠り?」
何事かと絋介が耳を携帯に当ててくるので、スピーカーフォンに切り替えて会話を続ける。
『昼食後、一人で自室に入りたいと言い出したみたいでね。なかなか出てこないことを心配した付添の者が確認したら、ベッドで横になっていたらしい。余程気を張っていたんだろうねぇ』
「そうか……藤宮、どうして君はそこまで知っている? 情報を生業にしているにしても詳しく、早く知り過ぎではないか?」
『情報は正確さと鮮度が大事だからね』
「はぐらかすな」
『まあまあ、もう一つ大事な話があるんだ。帝、兄君から何か連絡があったかい?』
「兄上から? いや、なにもないが……俺の月詠離脱の件か。どうなった?」
『午後零時十三分、君は無事に月詠の名を捨てたよ』
「そうか。すまない、藤宮。手間をかけさせたな」
『これくらい事もない。というより、謝罪しなくてはならないのは僕のほうだよ。実はね帝、君は月詠を離脱したというよりも破門になった』
「……はもん」
意味のわからぬ言葉に首を傾げると、絋介も同じ方向に顔を動かせた。
「破門?」
絋介の言葉で、ようやくその意味を理解する。
「ちょ……藤宮、どういうことだ?」
『破門というより除名かな。家来に確認してもらったが、月詠から君の戸籍が抜けていた。いま現在君は、役所的には存在しない者となっている』
「大問題ではないか! それに除名とは破門よりも罪が多い……何故そのようなことに」
『帝の月詠離脱を懇願しに君の兄、月詠当主様に謁見したはいいが、怒らせてしまったみたいでね。なぜ他人が来るのか、帝はなにをしているのか、って』
「それはそうだろう。離脱という大事に本人が顔を出さぬなどあり得ない。それをなんとかするために藤宮の嫡子である君にことを頼んだのだが」
『引きこもり生活が長い故かな、うまく喋れなくてね。失敗しちゃった、ごめん』
悪びれなく笑う藤宮の声に、怒りを通り越して呆れ返った。
反論する言葉すら見つからない。
『それでね、帝。君の私物は先ほど全て片付いたよ』
「片付いた?」
『お怒りになった月詠様がね、帝の荷物を全て処分すると仰って、君の部屋はもぬけの空になっているよ』
「…………君は一体、なんのために存在しているのだ?」
『あっはは。相変わらず厳しいなぁ、帝は。まぁ、経緯はどうあれ、これで君は自由の身だよ。安心して想いを遂げてくれ』
捨て台詞のように言い切り、藤宮の方から通話を終えた。
項垂れる俺の顔を、絋介が覗き込む。
「帝、どういうこと? なにがあった?」
「……東城に囲われている姫を取り戻すために、月詠の名を捨てた」
「え? 月詠の名を捨てる?」
「俺が東城に喧嘩を売ると月詠の名に傷がつくのでな、離脱の要請を頼んでいたのだが」
「えぇっ! じゃあ帝はもう月詠帝じゃないってこと?」
「あぁ、苗字なしのただの帝だな。役所的には世にも存在していないらしい」
「大丈夫なのか、それ?」
「わからぬ……しかしこれで、後には引けなくなった。これで姫を取り戻すことができなければ、俺は正に阿呆となるな」
「……もし行くところなかったら、讃岐の家の子になる?」
「なにを言っているんだ、君は」
面白くもない絋介の冗談にため息をついたとき、またしても携帯が音を立てて鳴った。
画面には【麻上】の文字。
懐かしい名前だな、と通話ボタンを押す。
麻上とは姫の恋人候補の一人、燕の子安貝を求めて嵐の夜にことを為そうとして籠から落ち、腕の骨を折った阿呆だ。
その後すぐに親の都合で転校した、数少ない俺の友人でもある。
『久しぶりだな、帝』
変わらぬ明るい声に、心が少しだけ穏やかになる。
「久方ぶりだな。君から連絡をくれるとは、珍しい」
『いつも俺からしているだろう? 帝からは連絡くれないから』
「あぁ、すまない。それで、どうした?」
『そっちはどうだ、元気か? もしかして授業中だったか?』
「構わない、授業をしている場所にいないからな」
『? そうか。いま、桜雪祭りにきているんだ』
「桜雪祭り? 妙な言葉だな」
『俺も驚いたよ、なにが行われるのだろうって。会場に着いて驚愕した、とても綺麗なんだ。降り注ぐ雪に桃色の塗料を塗り、まるで桜吹雪の中にいるような光景』
「ほぅ、それは趣があるな」
『帝と共に見たかったなぁ』
「すまないが男と桜を見ても……」
『あぁ、そうか。帝には姫がいたな。二人で桜を見る約束などは交わしたのか?』
「桜を見る、約束?」
『あれから暫く経つが、それの後どうなったかと聞くのも忍びなくて。姫とはうまくいっているか?』
「……うまくは、いっていない」
『いっていないのか? どうした、歯切れが悪いぞ』
声を失ってしまった。というより、思考が停止した。
次の瞬間、思い出したことがある。
約束だ、姫と交わした……
「明年の春、桜を……花吹雪を、見に行く」
『桜吹雪?』
「そうだ、俺との約束だ……約束したではないか、桜吹雪を……」
『帝? どうした?』
「すまない、麻上。急ぎの用がある故、通話を終了する」
『それはもしかして、姫に関すること?』
「……然り」
口籠る様な俺の声に、麻上はくすくすと上品に笑った。
『頑張れ、帝。応援してる』




