27話.大伴
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階段を駆け降り、最後の一段を踏んだ時、廊下の向こうから喧騒が聞こえた。
知っている声だとうんざりして顔を上げると、身体が筋肉で仕上がっているような体格の良い大男がこちらに向かって走ってきた。
恋人候補の一人、竜の首の珠を得る為に大海原へ乗り出したのち遭難したという伝説を持つ、
大伴という男だ。
その後、その伝説を校内に吹聴するよう仕向けたのは、俺なのだが。
「月詠! おまえっ!」
その大声は何処から出ているのか、肺か?
それとも腹筋からか?
とにかく彼の声は太い、ついでに身体も。
俺より二十センチは高い二メートル越えの巨大が目の前で立ち止まり、鼻息荒く見下ろしてきた。
「こんなところにいたのか!」
「悪いが所用があるのでな、君に構っている暇はない」
「てめぇ、相変わらず気味の悪い男だな!」
「君には学習能力というものがないのか? 以前、同じ言葉を俺に投げ、酷い目にあっただろう?」
「ひどい目?」
「君が海で遭難した時」
「その時の話がなんだって言うんだ?」
「いや、だから、その時の言葉が気に食わなかった俺が、君の海難を校内に吸聴して……」
「あの話を吹聴して回ったのは飛語先生だろ! 漁師の家に通報した生徒がいたとかで」
「その通報した生徒というのが、俺なんだが?」
「……あの通報、月詠がやったのか! 待て、通報したやつは俺と友達だとか言ってたぞ?」
「君と友情を育んだ覚えはないな」
「なんだよ、じゃあ違うじゃないか!」
乱暴に肩を突き押される。
ダメだ、彼は言葉の通じぬ阿呆だ。
これ以上の会話は無意味だと、大伴の脇を抜けようとしたとき、今度は手首を掴まれた。
「離してくれないか? 急いでいるしなにより、男に腕を掴まれているという絵面が見るに耐えん」
「相変わらず小難しい言葉使いやがって! それより月詠、讃岐と仲良かったよな?」
「讃岐とは、絋介のことか? 数少ない友人の一人だ」
「そいつがよぉ、体育館のトイレにこもったきり、出て来ねーんだ」
「トイレ? 体育館の?」
「体育の授業中に駆け込んできて、それから今もずっと。昼休憩、演劇部が練習で使うから退いて欲しいんだと」
「君は演劇部の所属だったか?」
「ちげーよ、頼まれたんだよ」
「……面倒見がいいんだな」
意外に、という言葉は声に出さず飲み込んだ。
「体育館のトイレはリフォームしたばかりで、俺の力でもドアが外れねーんだよ」
「君の力でも、か。それは恐ろしいな」
「だろ?」
「あ、いや、古いドアなら壊してしまえと考える君の発想とその馬鹿力が恐ろしいと言ったのだが」
「なんだと?」
「すまない、なんでもない」
「とにかく、讃岐と仲いいなら出てくるよう説得してくれ」
「そうだな、俺も絋介には連れ立って欲しいと思っていた」
大伴の手を振り払い、脇を抜ける。
「情報をありがとう」
すれ違いざまに言うと、大伴は照れたようにそっぽを向いた。
「おい、月詠!」
しかしなぜか、背後から声をかけられる。
さほど離れていないのに大声を張り上げられ、耳が痛くなった。
「姫のこと、大事にしろよ!」
「言われずとも」
振り返ろうと思ったがやめた。
大伴に背を向けたまま、体育館へ歩みを進める。
色恋沙汰なると盲目になるだけで、よいやつではないか、意外に。
しかし、『大事にしろ』とは。
姫が抱えているいざこざを知らないのか。
そういえば、こいつら貴族は人の話を聞いていないんだった。




