表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/37

25話.返歌



 校舎の屋上は出入り自由で、昼間は鍵も開いていた。

 飛び降りする奴はいないだろうが、落ちてしまう阿呆が出ないようにと、二メートルの高いフェンスで覆われている。


「振られちゃいましたね」


 フェンスの網に手をかけ、繭が空を眺める。


「失恋って苦しいでしょう?」


 振り返った繭の顔は、微笑んではいるが寂しそうだった。


「苦しいという段階までいっていないな。敢えて表現するなら、わけがわからない」

「そうですね。最初から相手にされていなかったのならまだしも、一度は親しい仲になった人から拒絶されるのは、わけがわかりませんね」

「君は、苦しかったか?」

「悔しかったです。容姿や家柄に恵まれた分、余計に。

 先輩の言う通り、私は選ぶほうの人間です。数多の男が私の上等さを語り、求愛してきました。それなのにどうして先輩は、私の好きな人は私のことを必要としていないのだろう、って」

「届かぬ愛は儚い物だ。両想いとは正に、奇跡のようなものなのだな」

「そうです、奇跡です」


 繭が足を踏み出し、俺に歩みよる。

 ゆっくりと、目をそらさずに見つめあったまま。

 手を伸ばしたら触れそうな距離まできたとき、立ち止まった繭が俺の顔を見上げた。


「構わないと思っていたんです。先輩の寵愛が手に入らずとも、側に居るだけで。

 乙女心は秋の空、恋や愛なんて一時の幻、永遠に続くはずがない。先輩は誰も選ばない、ふらっと別の女と遊びふらっと私の元へ帰ってくる。

 それで良かったのに。貴方はもう、一人の女しか愛さないという」

「ただ一人を見つめる楽しさを、知ってしまったからな」

「浮気をすれば彼女が悲しむから、と言わないところが先輩らしいですよね。自身の為すことを他人の所為にしない。そんな先輩が、私は本当に愛おしい」


 頬に触れようとする繭の手を、顔を背けることでかわした。

 繭は微笑み、手を引き戻す。


「両想いは奇跡だと、先輩言いましたよね?」

「そうだな」

「気付いていますか? 貴方はその奇跡を起こしていたんですよ?」


 繭は後ろに隠していた左手を、俺の胸に押し付けた。

 彼女の手には、紙の束が無造作に握られている。

 白紙ではない、花の絵が描かれた便箋に筆で書いた文字の跡。


「それは……」

「部屋を漁ったことは謝ります」


 うつむく繭が、手の力を強くする。

 それは俺の自室、机の中にあるはずの姫から贈られた歌が書かれた文だった。

 色とりどりの可愛らしい便箋に、女性らしい丸い文字。


「もう一つ白状すると、これ全て読みました」

「読み……読んだ? これを?」

「すみません」

「いや……え? ……えぇっ?」


 情けない声が漏れてしまった。

 恥ずかしいやらなにやら。

 いや、それよりも姫に申し訳ない。


「君は本当にどうしようもないな……」

「自分でも呆れています。そして後悔しています」

「後悔?」

「先輩は、奇跡を起こしていたんですよ?」


 顔を上げた繭の瞳には、涙が滲んでいた。


「私にはこんな、大好きって気持ちが溢れるような歌は詠めない。

 一文字一文字丁寧に、受け取る相手のことを考えた美しい文字も、歌に合わせた色の便箋も花の装飾も。私には決して真似できない。

 あの人は本当に、先輩のことが好きだったんだって思い知りました。私じゃ到底、敵わない」


 繭の手は震えていた。

 手のひらを重ねようと思ったが、俺自身の手も震えていたが為に叶わなかった。


「文をやり取りをしていたのは一週間以上前のことだ。今の姫は俺に対する恋情など……」

「無いわけないでしょう。こんな歌を贈る人が、そんなに簡単に先輩を忘れるわけがない」

「しかし見ていただろう。姫はもう俺のことなど……」

「情けないこと言わないでください!」


 バシッ、と盛大な音が響いた。

 何事かと正面に向き直り、頬を叩かれたのだと気がついた。

 衝動で横を向いてしまうほど、痛みが残るほど強く、繭が俺の頬を引っ叩いた。


「貴方は月詠の帝様でしょう?

 傲慢知己で誰よりも気位が高く、頼んでもいないのに誰かを助けに行ってしまうお人好しで、それ故に知らぬうちにたくさんの人に慕われて。なにを悩んでいるのですか?

 他人の目なんて気にせず正義を貫く、自分勝手が先輩でしょう? 女一人に振られたくらいでそんな顔しないで、そもそも振られないでください!

  私の好きな人が、振られて泣いているなんてあり得ない!」


 捲し立てて喋る繭が、両手で俺の胸を叩いた。


「先輩は、帝様はこの世の誰よりも気高く、格好いい男です。そうじゃないと許しません」


 その拍子で、繭の手にあった便箋の束が風に流されて宙を舞った。

 空に舞う文の束、綴られたたくさんの歌。

 姫の気持ちが、大好きという気持ちが溢れた……


「文を……」


 あぁ、そうだ。

 約束を交わしたではないか。


 まだ終わっていない、物語は未だ。


 竹取物語のその後、彼らが転生した物語には続きがある。

 連れ去られた姫を取り返しに、今度は離さない。

 共に、桜を見ようと。

 時代を超えて何度も生まれ変わり、姫に出会った。


 月を眺めては願ったその先の未来。

 あの日言えなかった、言葉を。


「君に、返歌を」


 手を伸ばすと一枚の便箋が触れ、指で掴んだ。

 それは姫が最後に詠んだ歌だった。

 薬と共に、俺に贈ってくれた歌。


 姫が泣いた、寂しと。


 そう言った気がした。

 いや、言っていた……訴えていたのだ、俺に。

 文を認める程に、恋焦がれてくれていた。

 天の羽衣はその者の心を変える、姫は変わったのだ。自らの意思とは別に。

 その、本意とは……?


「ありがとう、繭」


 便箋を握りしめ、俺は顔を上げた。

 つられて繭も、俺を見上げる。


「悪いが俺は、いかなければならない」

「……私を残し、去ることへの罪悪感は?」

「ないに等しい。俺はどうやら、一つのことにしか興味を示さないらしい」

「優しくないですね、先輩は」

「正に。俺は君にとって、最悪の男だ」

「知っています」

「ありがとう、繭。勝手を言えば、君が真に優しい男と、出会えますように」

「それ、自分が振った女にいう台詞じゃないですよ。本当、自分勝手なんだから」


 くすくすと繭が笑うので、俺も顔を綻ばせた。


「勝手ついでに、もう一つ頼まれてくれるか?」

「なんですか?」

「床に落ちた文を、拾い集めておいてくれないか?」


 俺の言葉に繭は目を丸くし、やがて腹を抱えて笑った。


「私を使うなんて、高くつきますよ?」

「今度、クッキーの作り方を教えてやろう」

「……楽しみにしています」


 一笑した繭が、俺の背中を押した。


「こちらこそ、ありがとうございました」


 空に響き渡る様な、

 澄んだ繭の声に押され、俺は屋上を後にした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ