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21話.射光



 目覚めの良い朝は一週間ぶりだった。

 日が昇る前にベッドから降り、カーテンを開いた俺は部屋の明かりをつけて箪笥を漁った。

 久々に袖を通す制服は湿っぽい気がしてて、姿見で自身を見つめた。

 なにも変わっていない、一週間前と何も変わっていない。

 机上に重ねた姫からの手紙を引き出しに片付け、部屋の出口へ向かう。


「あら、おはようございます」


 扉を開けたちょうどその時、繭と鉢合わせた。


「あぁ、おはよう」

「今日は早いんですね、学校に行くんですか?」


 ひょこっと部屋の中をのぞく繭。

 廊下で会話をして盗み聞きされては面倒だと、踵を返して部屋に戻った。

 さも当然のように、繭は俺の後を追って扉を閉める。


「朝食の時間にはまだ早いですが、準備させましょうか? 私も制服持ってきているので、登校にお供します」

「いや……要らぬ」

「朝食が? それとも私の同行が?」

「君の同行が」


 ベッドに腰掛けため息を漏らす。

 話をせねば、しかし何から語ればいいものやら。

 苦悩しているうちに、彼女にはことの粗筋を説明する必要がないのでは、と気がついた。


「俺に関することは全て把握していたい性分の君だ。昨日の、俺と絋介の話は聞いていただろう?」

「不死の薬なんて知りません」

「やはり聞いていたか」


 壁が薄いのか、それとも盗聴器でも仕込まれているのか。

 その件に関してはまた後で追及することにしよう。


「再度伝える、君が俺の寵愛を手に入れることはない」

「いいですよ、側においてくれるだけで」

「悪いが、それも叶わぬ」

「何故ですか?」

「俺は今後、ただ一人の女性を愛したい」

「そのただ一人の女性が、私になることは?」

「生涯あり得ない」

「……そうですか」


 視線を逸らした繭が、俺に背を向ける。

 やけに大人しい、素直に去ってくれるのかと疑問に思っていた時、かかとを翻した繭が俺の両腕を掴んだ。

 ベッドに押し倒され、身動きが出来なくなる。

 押し返そうと思えば出来るのだが、乱暴な真似は出来ないしなにより、泣きそうな顔で俺を見つめる繭の手を振り払うなんて、到底出来なかった。


「あの女のせいですよね? あの……月の姫が、現れたから」

「……否定はできぬな」

「先輩のことが好きです、人生の全てを捧げるほどに」

「すまない」

「謝らないで! 謝らないでください……私がどれだけの時間を貴方に費やし、尽くしたか。どうしていつも、あの女なんですか」

「君が俺を好いているように、俺も姫のことが好きだ。だから君の恋い焦がれる気持ちはわかる。

 どうしようも無いもどかしさも、会えぬ日の寂しさも、偶然見かけた時の嬉しさ、笑った様を見守る楽しさも全てわかる。

 だからこそ、その想いが届かない君のつらさもわかる。すまない」

「だから謝らないで……謝って、勝手に終わらせないでください!」


 繭の声は大きかった。

 それでいて泣きそうな、俺を責め立てるような。


「君はなぜ、俺に惹かれたのだ?

 世にはもっといい男がいるであろう、俺でなければ、君は幸福を掴めていた人なのに」


「そんなの知りませんよ、敢えていうなら神様に文句言ってください!

 だって私はこの姿に、高坂繭として生まれ落ちる前から、ずっと貴方のことを慕っていたのに」

「君は、前世の因果というものを信じるか?」

「叶わぬ恋を次の世に願い、私は貴方に一目惚れした」

「俺も君と同じなんだ。一目見て、姫に恋い焦がれた。

 今度こそ共に生きたい手を取りたい、今度こそ……そう願って、生まれ変わってきた」

「前世の記憶があるんですか?」

「僅かにしかない。しかもそれは、儚い断片的な記憶だ。だけど姫がその悲恋の相手だ、大切な人だということは確かにわかる」

「私だって、先輩のことが……」

「叶うかもしれないんだ、今度は。

 月と地ほどの差もない人同士の確執、たかが家柄の問題。共に生きるための術があるのだ、今度は」

「たかが家柄? 月詠の家を捨てれるんですか? ただ一人の為に、たった一人の女性を手に入れるが為に?」

「捨てれる。他のなにを失っても犠牲にしてでも、俺は姫と共に生きることを願う」


 声が大きくなっていた、俺も繭も。

 唇を噛んだ繭が、俺から手を離す。


「本当に勝手な人ですね。そこまで言うなら、好きにすればいいです」


 繭がベッドから退く。

 俺は身体を起こし、背を向ける繭のうなじあたりを見つめた。


「追いかけて、そして玉砕してきてください」

「例え叶わぬ恋だったとしても、俺が君に向き直ることはないぞ」

「勝手になさってください」

「……今日からもう、掃除はしなくていい」


 そう言い残して部屋を出たが、返事はなかった。



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