2話.月詠帝
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満月の夜、目を覚ますと枕が濡れていた。
「またあの夢だ」
親指で瞼を押さえ、息を吐き出す。
月詠帝というのが俺の名前だが、時々自分がわからなくなる。
前世、
というものが存在するならばきっと、俺はあの物語の一部だろう。
深く息を吐いて現に戻ろうと努めていると突然、部屋の扉が勢いよく開いた。
「おはようございます、先輩!」
入口には日本人らしからぬ亜麻色髪の乙女が立っていた。ふんわりウェーブ、フランス人形のような女子高生。
制服のスカートは下着がぎりぎり見えぬ丈、くるりと回ればその内部はいとも簡単に他人の目に触れるだろう。
少女は目を丸め、露わになった俺の上半身を凝視する。
「もしかして着替え中でした?」
「着替え中もなにも、俺がこの姿で寝ていることは知っているだろう?」
間髪入れず言い、手のひらで額を押さえため息を吐く。
露出している上半身を布団で隠そうとしたが、無遠慮に入り込んできた少女、高坂繭にそれを剥ぎとられた。
「残念、下は履いてるんですね」
「念のため、君のような女がいるが故に」
「酷い言い方。未来のお嫁様に向かって」
「ほう。誰のことを以って嫁と?」
「それは、決まってるでしょ」
ベッドに腰掛ける繭が顔を寄せるが、俺は片手をあげてそれを制した。
「悪いが、気分ではない」
吐息が手のひらに触れるが、繭は動じることなく微笑む。
「じゃあ今度、相手してくださいね?」
「俺の気分が君のタイミングと合えばな」
「いつもそうやって逃げるんだから。そういえば、今日、先輩のクラスに転校生来るらしいですね」
「転校生?」
「この世の者とは思えぬ美貌の持ち主だとか……知らないんですか?」
「覚えがないな」
「先輩、讃岐紘介って方と親しくしていますよね?」
「数少ない友人だな。彼がなにか?」
「その人の妹らしいですよ」
「ほぅ」
「お友達なんですよね? 聞いてないんですか?」
頭の片隅にぼやっと、昨日の記憶が蘇る。
『転校生が来る、俺の親戚で……だから明日は遅刻するな』と、そんなことを言われたかもしれない。
俺の心中を察した繭が、深くため息を吐いた。
「先輩って本当に自分勝手ですよね」
「他人に興味がないだけだ」
「それを自分勝手というんです」
呆れ顔の繭がなぜかベッドに上がってきた。
正直に言おう、外着で寝床に潜り込むのは止めてほしい。
「そんな貴方だから、私は惚れているんですけどね」
甘い吐息を首筋に吹かせながら、繭が俺の腰に手を回してきた。
「もういいだろう」と繭の手を払いのけると、ガブリと首筋に衝撃が走った。
あぁ、面倒くさい。
振り返ると、八重歯を覗かせた繭がにこりと微笑んだ。
「惚れないでくださいね、転校生に」




