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16話.白壁の孤城



 壁にもたれる東城と、直立不動で緊張が抜けない絋介。

 屋外での接待ではあったが、藤宮での待遇が如何に丁寧であったか。


 やがて東城が、話を始める。


「おおよそ三ヶ月前だな、東城を離脱するか否か、瀬戸際の遠縁商人が拠点を変えるとかで去ってな。あ、お前そこの息子知ってるだろ?」

「麻上か?」

「同い年だったらしいな」

「数少ない友人だ」

「はぁ? 東城の狗だぞ?」

「知っている。一般人も在籍するあの高校は身分ではなく、年齢や成績によって上下関係が決まる。麻上とは同年であり、彼がどの血筋だろうと俺が月詠だろうとそんなことは関係がない」

「自由でいいなぁ、お前は」


 煙管を吹かす東城が空を見上げる。

 なにを言っても嫌味になりそうで、声を殺して煙を見つめた。


「その麻上くんの話によると、転校生の美女を巡って熾烈な争いが行われたらしい」

…………」


 絋介を一瞥すると、目をそらされた。

 思うところがあったのだろう。

 おそらく、俺と同じことを。


「有史以来いや空前絶後の美少女で、麻上が言うには、美を誇る東城の女性たちよりも見栄えがすると。俺はその言葉に、違和感を覚えた」


 そこまで聞いて、胸中が騒ついた。

 東城家というのは美意識も自意識も高い人間が多い。

 血族婚で他の遺伝子を受け入れない故もあるだろうが、彼ら一族は男女問わず総じて風貌が良いと言われている。

 その筆頭である目の前の男の外面が良いので、その噂は造説というわけではあるまい。


「真相を見出すため、俺は麻上が通っていたという高校に出向いた。そして夜竹羽姫を見て確信した、あれほど美しい娘が東城の人間でないはずはないと」

「……なにを言っている?」

「だから、美しい人間は総じて東城の人間だ。だから夜竹羽姫は東城の人間である。なにか問題があるか?」

「東城、それは……自分がおかしなことを考えていると思わなかったのか?」

「なにがだ?」

「容姿端麗だから、東城の血が流れているかもしれないなど……」

「おかしくはないだろう、至極当然の説だ。加うるに、東城の女よりも美しい者がいるなど、あってはならない」

「そうか……うん、君たちの美に対する自意識は存分に斟酌した。しかしそれを以って姫が東城の人間だと主張するのは、少々信憑性に欠けるかと」

「名証ならある。遺伝子鑑定で、父上との親子関係が確認された」

「…………遺伝子鑑定?」


 思わぬ言葉に、惚けた声を上げてしまった。

 東城は表情を変えないまま、淡々と語る。


「帝、お前、俺のことをその辺の阿呆と同類だと思ってるだろ? 残念ながら石橋は叩き壊してでも愁眉を開きたい性分でな」

「叩き壊しては渡れない、本末転倒だろう」

「三ヶ月という時間をかけて夜武羽姫の身許を調査し、遺伝子鑑定の結果を待っていた」

「待て、遺伝子鑑定には本人の同意が必要なはずだが?」

「俺は東城だ、御三家の」

「鑑定に必要な物の採取は? 血液や血痕、粘膜など容易く手に入るものではないよな?」

「……まぁ、そこは、黙秘権を行使していいか?」

「否」

「相変わらず蛮勇なことで。月詠の庶民坊ちゃまは」


 面倒くさそうに呟いた東城が煙管の屑を地面に落とす。

 壁に手をついて背中を離し、そのまま俺の方へ向き直った。


「いきさつはどうあれ、アレは東城の娘だ。血縁関係が認められた以上、月詠に干渉する権利はない。話は以上だ」

「……短い話だったな、長くなると聞いていたのだが」

「壮大であったろう? それと讃岐絋介、貴殿宅へは後日改めて伺う」

「……え?」

「我が実妹が世話になった謝礼を以て」

「そんなの、別に……」

「待て東城、勝手すぎやしないか? 個人の情感を慮ることなく、東城の戒律のみに従うなど。加えて、姫と面会の機会もなく離別せよとはあまりに酷だ」

「あぁ、それな。其れに関しては斟酌してある。そろそろだと思うが……」


 東城が視線を横に向けたので、俺と絋介は目線を追って振り返った。

 目に飛び込んだ姿に、息を飲む。


「お久しぶりでございます」


 美しい。


 と、なによりもまず高揚感が胸を支配した。

 随分と懐かしく思える再会だが、実際には今朝ぶりだ。

 ちょこんと頭を下げる姫の衣装は十二単衣。煌びやかな帯と桃色を基調とした上品な衣装。

 頭を起こした顔は薄く化粧が施されており、唇の紅には艶があった。


「美しいであろう? 改めて紹介しよう、俺の妹だ」


 両手で持つ扇子で口元を隠し、ぺこりと頭を下げる姫。

 愛らしいという感情と共に、違和感を覚えた。


 姫が東城の屋敷に入ったのは今朝だ。

 それまでは一般家庭で育った、庶民の娘。


 なぜこれほどまでに、礼儀作法が完璧なのだ?


 身のこなし、

 扇子の持ち方、

 辞儀の角度、

 なにをとっても貴族の娘と遜色劣らぬ、むしろそれ以上だ。


「あ……羽姫、綺麗、だな」


 絋介の声は震えていた。

 恐る恐る、伸ばした手を、姫はふいっと交わして東城の背後に隠れる。


「羽姫?」

「申し訳ありません、讃岐様。東城の娘は、血族以外の男に触れてはならないとの戒律がありまして」

「え、あ……そう、なんだ」


 茫然と手を引く絋介。

 戸惑うのも無理はない、俺だって混乱している。


 なんだ、これは……


 なぜ、姫はこの数時間で完璧な東城の娘になっているのか。

 なぜ、あれほど慕っていた絋介を拒むのか。


 なぜ、俺を見ようとしないのか。


「話をする程度ならば支障ない。羽姫、前へ」

「……はい」


 東城に促され、姫は三つ歩み出て絋介の前に立った。


「連絡も致せず、申し訳ありませんでした」

「え? あ、びっくりしたけど。うん、びっくりして帝と一緒にいろいろ回ったんだ、羽姫の行方を追って、帝が」


 助けを求めてか、絋介が俺に目線をくれた。

 しかし姫のほうは動かない、軽くうつむいたまま口元を扇子で覆う。


「讃岐様」


 名前を呼ばれ、絋介は姫に向き直る。

 つい朝方まで妹として接していた相手から姓で呼ばれるのは如何な気持ちか。


「私、東城の家に入ります」

「……え?」

「突然のお話には驚きましたけれど、今日ここで過ごさせて頂いて決心しましたと共に、東城は私に好適であると認識致しました」

「驚かされたぞ、礼儀作法や舞踊の稽古に至るまで初めて学んだとは思えない上達の速さ。生い立ちがどうあれ、東城の血が流れている証拠だ」

「滅相もございません、兄様。私にとって全て初めての世界なのに、なぜか懐かしさを覚えました。あぁ、私はこの家の、貴族の娘であったのだと気付かされました」

「待て、おかしいであろう」


 俺の言葉に、一瞬だけ姫が顔を上げた。

 しかし視線が交わることなく、姫は顔の半分を扇子で隠し目線を落とす。


「東城の血が流れているとはいえ、人格や経歴はその者の育った環境に帰結する。讃岐の家で育った君が、東城に郷愁の念を感じるなどあり得ない」

「そうは言ってもなぁ」

「姫、本意を語ってください。あれほど絋介のことを慕っていた君が、東城のほうが良いなどと……」

「讃岐の家で過ごした日々は偽りでした」


 目線を落としたまま言い切る姫。

 美しいのにいつもの愛らしさはなく。

 ただ、冷たい少女がそこにいた。


「顧みれば、あれは鬱屈な日々でございました。粗末な食卓を囲い、乱雑な寝床で愉快でもない話を延々と聞かされる日々」


 絋介の肩が跳ねる。

 これ以上聞かせるべきではないか、と思ったが俺自身も体が動かず、ただ立ち尽くしていた。


「教育の場に至っては実に不愉快でした。慕情の欠片もない殿方からの猥らな視線」

「彼らの慈愛を弄んだのは、他でもない君自身では?」

「滅相もありません。傍迷惑この上なくございました」


 どこで覚えた言葉か。

 いや、東城の屋敷で教わったのか。

 寄り寄りおかしく、実に不愉快だ。


「東城では何不自由ない煌びやかな生活が約束されています。此の様な美しい着物も、東城に入らなければ触れることも叶わなかった。私は本日より讃岐様のもとを離れ東城へ」

「それが君の本意か?」


 俺の言葉に、僅かに反応した姫が目線を落とす。

「差し支えありません」

「そうか、遺憾だ。君が望むのなら、便宜を図ることも出来たやもしれぬのに」

「……え?」


 姫の視線が俺に向いた、ようやく。

 漆黒の麗しい姫の瞳を見つめ、再度問う。


「それは君の、本心か?」

「…………いえ」


 ぱっと視線を逸らし、姫は扇子で顔を隠した。


「私は東城の人間です。ここで暮らしていくと決めました。俗世には戻らない」

「……そうですか」


 俺が歩みを進めると、姫の肩が小さく跳ねる。

 見逃すはずがない、そんな小さな動作でさえ。

 だから俺は脇を抜ける際、彼女にそっと囁いた。


「今年は暖冬との噂がある。桜の見頃は春分のころかもしれません」


 姫が顔を上げるが、すでに俺は背を向けていた。


「手間をかけたな、東城。仲立ち感謝する」

「事もない。満足いったか?」

「……いや?」


 俺の返事に、東城は意味を含んだように微笑み、姫の肩を抱いた。


「では讃岐殿、改めて」


 言葉は交わすが、東城の関心はすでに屋敷の中へ向かっている。

 連れ立って歩く姫は、一度さえも振り返らなかった。


「絋介、今日のところは帰ろう」


 静まりかえった石壁の前、佇んでいた絋介が俺の言葉に驚き、顔を上げた。


「あぁ、うん」

 歯切れが悪い絋介の腕を引き、東城の屋敷に背を向けた。


「大丈夫だ、姫は東城の屋敷に入ることを望んでいない。それならば、本人の意思に反しているならば、いくら東城とあっても姫を囲うことは出来ないはずだ」


 絋介からの返事はない。

 振り返ると、青白い顔の絋介はうつむきながら歩みを進めていた。

 今はなにを話しても無駄かもしれない。

 構わない。

 俺が出来る事を成そうと、絋介と別れて月詠の屋敷へ急いだ。



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