14話.情報屋一族
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門を抜けて真っ先に目に入ったのは、藤の蔓だった。
視界を覆い尽くすような、数えきれないほどの藤の木が石畳の道を取り囲むように植えてある。
「おぉ!」
普段、街中で藤の樹冠を目にすることのない絋介は、感嘆の声を漏らしながら蔓のトンネルを歩く。
藤園を抜けると今度は芝生の広場にたどり着いた。
「ゴルフ場みたいだな」
絋介の言葉に、一笑してしまった。
「君はゴルフというものをやったことがあるのか?」
「いや、テレビで見ただけだけど」
きょろきょろと首を忙しく動かせながら、絋介が俺の後に続く。
絋介の言葉は正だ。
ところどころ小丘になっている芝生の庭、池もあれば木樹も生えている。
遠目にポツンと東屋が見える。
ヴォンと環境に悪そうな排気ガスの音が徐々に近づき、前籠に大荷物を乗せた原付バイクが東屋で停まった。
「やぁ、久方ぶりだね」
バイクから降りた細身の男が片手を振り上げたので、俺も同じく手を上げる。
「久しいな、藤宮。相変わらずだな、君は」
バイクの前籠に積まれている菓子袋を見ながら言うと、藤宮は「帝も相変わらずだねぇ」とへらへら笑った。
「ご友人の好みが分からぬ故、様々な種類のものを持ってきた」
菓子袋の中にはチョコレートにスナック菓子、ナッツにクッキー、飴玉など様々な甘味が入っていた。
藤宮はそれを一つずつ丁寧に、東屋のテーブルに並べる。
「悪いが、長居するつもりは無い」
俺の言葉に、藤宮は「そうかぁ」とさして興味なさそうに呟き、棒状のスナック菓子を齧った。
「久々の再開なのになぁ」
「君が引きこもっているからだろう。屋敷の外で活動すれば、出会う確率も高くなる。それと甘味ばかりを貪るな。食生活の偏りは身体を壊すぞ」
「あっはは。優しいなぁ、帝は」
「端的に言おう、太るぞ」
「大丈夫だよ、線が細いのは藤宮の家系なんだ。僕としてはもう少し贅肉がついてもいいんだけどねぇ」
細いとは言うよりは筋張ってガリガリの指で菓子袋を開けながら、藤宮は顔を上げる。
「ところで、そちらのご友人さんは?」
藤宮の視線を受け、絋介が慌てて辞儀をする。
御三家などの身分制度を知らなくとも、藤宮が位の高い貴族だということは直感できるのであろう。
腰が九十度近く曲がっている様が実に愉快である。
「は、初めまして、讃岐絋介と申します」
「絋介くんね、はいはい。よろしく」
片手をひらひらと振る藤宮が、反対の手でチョコレートの包紙を開ける。
「同じ制服だね、帝とは同じ高校?」
「はいっ! クラスメイトで、一年の頃から仲良くさせてもらってます」
「へぇ……まぁ、知ってるけど」
「知ってる?」
まぁ、そうだろうとは思っていた。彼は【情報屋】だ、この国きっての。
二人きりで交わした約束ならまだしも、五人以上いる場所でなされた出来事はほぼ全て、彼の耳に入っていると思ったほうがいい。
「帝が友人を伴うなんて初めてだなぁ。そもそも友人と呼べる存在が有ったとは」
「引きこもりの君と違い、俺は高校に通っているのでな」
「嫌だなぁ、そうやってマウントとるのやめてくれないかなぁ。そもそも僕は高校に通う歳でもないし。それで、ご用件は?」
「今朝、この絋介の妹君である夜武羽姫という少女が何者かに連れ去られた」
藤宮は手元の菓子を見つめたまま、「へぇ」と気の抜けた返事をする。
「それは物騒だねぇ」
「教師に詰め寄ったが、情報開示を拒まれた。御三家の力が働いている」
「なるほど。帝の圧が効かなかったか」
「月詠にそのような話、目立った動きはない。藤宮のほうはどうだ?」
「美少女誘拐計画などは聞かないなぁ。新しい下女を迎え入れる話もない」
「……俺はその少女に美しいという修飾語をつけた覚えはないが、君はなぜ今、美少女と言った?」
俺の言葉に、藤宮の手がぴたっと止まった。
ちらりと俺を見上げ、ホワイトチョコレートの包み紙を指で破く。
「嫌だなぁ、帝と話すの久々だから、失言しちゃった」
「わざとであろう?」
「……わかってても言わないのが礼儀だよ、帝」
「では心の中で感謝しておこう。して、やはり東城だな?」
藤宮は菓子を食う手を止め、俺と絋介に向けて微笑む。
「絋介くんの妹君と、帝の関係は?」
「……級友だ」
「それ以外の接点は?」
「数少ない友人の妹」
「へぇ……」
藤宮の右手が、チョコレートを口に運ぶ作業を再開する。
会話に興味を失ったという意思表示だ。
仕方なく、本心を曝け出す。
「彼女とは文の遣り取りをしていた」
「文?」
「短歌を送り合っていた。明年には桜を共に桜を見よう、とも約束した」
「……へぇ、なるほど」
「言わずとも知っているだろう」
「そりゃあね、多勢の校内で堂々と逢瀬していたら、嫌でも情報が耳に入るよね」
パキンっとチョコを折り、藤宮はそれをゆっくりと咀嚼した。
全てが喉を通りすぎたところで、再び微笑む。
「東城の主人に隠し子がいたらしい」
「隠し子?」
「本家に似た容貌の女がいると噂を耳にした時泰殿が独自に調査したところ、下女が白状したらしい。竹藪の中に主人との間に生まれた赤子を捨て置いたと。即座に認知しておけば問題にならなかったものを、よりによって捨てるとはねぇ」
嘆息する藤宮だが、俺の関心は別のところにあった。
絋介を一瞥すると、彼も同じことを考えていたようで深く頷いた。
「認知しておけば問題なかったなんて、さすが貴族……」
「違う、そうじゃない! 君がいま関心を持つべきはそこではなくて! 赤子を捨てた場所が竹藪の中だということだ!」
「え? ……あ、そっか。叔父夫婦が羽姫を拾った場所は竹藪の中……」
「然り。姫がその、東城の隠し子だ」
「じゃあ、羽姫は今……」
「東城の屋敷にいるとみて間違いないねぇ。心配することはないよ、絋介くん。いずれ東城の人間が謝礼を持って君の家を訪ねるだろうから」
「謝礼? 挨拶?」
「君の妹君を育て上げた事に対する謝礼と、別れの挨拶だね」
「別れ……?」
要領を得ない絋介に、藤宮は面倒そうにため息を吐いた。
俺に目配せをしてくるので仕方なく、説明をする。
「東城家は閉鎖的な一族でな、血筋に重きを置き、衣食住全てのことを親族で完結させる。血族婚は当然、教育の場もやつらの領分で行われる。女性に対して特に厳格で、本家筋の娘なんて、それこそ外の世界には触れさせもしないだろう」
「え? えぇっと、つまり……」
「簡素にまとめると、姫はその東城の本家筋の娘だった。今後生涯、東城の屋敷に軟禁されるだろう」
「いや……いやいや、簡素過ぎて全然わかんない!」
「だからね、東城の人間は他人と群れることを嫌うんだよ」
ソフトクリームのような物を頬張りながら、藤宮が俺に助け舟を出した。
冷凍菓子……どこから取り出した?
「遠縁の者はそうでもないけれど、直系を取り巻く輩は血筋ちすじってうるさくてねぇ。女性に学はいらないって考えだから、高校も中退することになるだろうね」
「中退? でも羽姫は、学校楽しいって言ってますよ」
「関係ないよ、個人の意思なんて。あそこは御三家の中でも特に戒律が厳しくてね、下手に逆らうと地下牢へ無期限軟禁なんてことになりかねない」
「そんな……でも、その人たちは羽姫のことを捨てたんでしょ? 羽姫はうちの子だ。今さら取り返すなんて、そんな都合のいいこと……」
「君は本当に、なにも知らないんだねぇ」
嘲笑する藤宮の視線に気付いた絋介が言葉を止める。
「身勝手な我儘が許されるのが御三家だ。世の法律は僕たちが作っていると言っても過言ではない。例え白でも、僕ら御三家が『黒』といえばそれは黒に変わるんだよ」
「……羽姫は、これからどうなるんですか?」
圧に押され、またこれ以上なにを言っても無駄だと諦めた絋介が項垂れて言った。
藤宮は相変わらず甘味を頬張りながら、話を続ける。
「さっき帝が説明したけど今後生涯、東城の屋敷に軟禁されるだろうね」
「生涯……一生外に出れないってことですか?」
「東城の女性にとっては珍しくないよ。心配しなくていい、敷地も広くて一族の数も多くてね、血族以外と会えないという枷を除けば良い所だよ」
「でもそれじゃあ、羽姫は俺や叔父さんたちには二度と会えないってことで……みかど、帝は? 御三家だから帝はその東城の家に入れるのか? 羽姫に……」
「会えるわけがないだろう。東城が他人を受け付けないという問題以前に、うちの月詠家と東城家は仲が悪い」
「で、でも帝だって御三家だろ? 抗議したらなんとか……」
「無理だ、絋介。東城の血縁囲いは今に始まったことじゃない。御三家が成立した時からやつらはそうだったし、それに関して俺たちが干渉することは出来ない」
「出来ないって、帝はそれでいいのかよ? 羽姫と離れ離れに、二度と会えなくなっても」
「…………」
声が出なかった。
なにかを返答したいと思うが、言葉が見つからない。
そんな俺をみかねた絋介が、藤宮に目をやる。
「藤宮さん、貴方は?」
「僕を当てにするのは見当違いだなぁ。僕ら藤宮は、どちらの味方でもないから」
「でも帝と仲良いし……」
「仲が良いわけではない、腐れ縁だ」
「そうそう、同じ御三家ってだけの縁だしね。それにね、絋介くん、僕が帝一人に与していると思ったら大間違いだよ」
いつの間にか、甘味を貪る藤宮の手が止まっていた。
菓子袋で口元を隠し、くすくすと笑う。
「この後、会う約束をしているのか?」
「いや? でも今は電話って手段があるからね。彼とはここ毎日、お話しているよ」
「なるほど、今宵はさぞ盛り上がるだろうな。絋介、取り急ぎ別の場所へ向かう」
会話についていけず惚ける絋介の腕を掴み、藤宮に向けて片手を上げた。
「時間を取らせたな、藤宮。感謝する」
「構わないよ、僕は総じて暇だからね」
「では、外に出てみてはどうか? 暇を持て余す余裕などなくなる」
「遠慮しておくよ。僕はこうして人を待つのが性に合ってる。困ったことがあればまたおいで」
手をひらひらさせ、藤宮が微笑む。
絋介は俺に腕を引かれながらも、深く頭を下げて藤宮に礼をしていた。
この友人の律儀なところは、嫌いではない。




