12話.御三家
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その日、一限が始まる前に教師に呼ばれ姿を消した姫は、それ以降戻って来なかった。
あまりにも突然、義兄である絋介にさえ詳細を告げず。
耐えかねた絋介が昼休憩、所以を尋ねに行くと、担任教師は申し訳なさそうに謝罪したという。
「今はなにも言えない」
「羽姫はどこにいるんですか? 学校には居ないし、家にも帰っていないって」
「……すまない讃岐、堪忍してくれ」
それ以上の会話は困難で、涙を堪えているような絋介が教室に戻ってきた。
「俺が行こう」
絋介の表情から全てを察し、椅子から立ち上がる。
「帝が行っても……」
「君よりは口を開いてくれるだろう」
小首を傾げる絋介だが、一人では成す術もなく、静かに俺の後を追う。
教員室の扉を開けると視線が俺たち二人に集まり、担任教師に至っては、ばつが悪そうにそっぽを向いた。
「夜武羽姫のことでお尋ねしたいのですが」
担任教師に問うと、彼はきつく目を閉じた。
どう対応すべきか考えているのだろう。
「彼女は今どこに?」
「それは……言えない」
「では、彼女が突然に姿を消した理由は?」
「それも……」
「言えない、ですか?」
教師は小さく頷き、椅子に腰かけたまま俺を見上げた。
訴えかけるような眼差しを無視し、話を続ける。
「申し訳ありませんが、御三家の権限を使わせてもらいます」
俺の言葉に、部屋全体の雰囲気が変わった。
ピリ、と張り詰めたような、緊迫した空気。
「夜武羽姫が姿を消した理由と、今何処に居るかを教えて頂きたい」
「それは……」
担任教師は顔を歪ませ、きつく唇を結ぶ。
「この学校の在校生である間は、帝様を特別扱いせぬようにと、入学当初に言われました故、応えかねます」
「……そうでしたね、失礼しました」
雰囲気に流されるかと思ったが、思ったより口が固い。
さて、どう追求するか。
状況を理解していない絋介を尻目に、俺はなお話を続けた。
「では一生徒として、黙秘する理由を教えて頂きたいのですが」
「黙秘する理由?」
「通達は本来、真っ先に家族にすべきでしょう。それを義兄である絋介にさえ詳細を告げず、無断で彼女を連れ去ったのはなぜ……いや、なぜ、そのようなことが出来るのですか?」
「それは……一体、なにを仰っているのか」
「妙な言い方はやめましょう。率直に聞きます、御三家の力が働いていますよね?」
教師の目が見開かれる。
目線がぶつかるとやはり、教師は顔を背けた。
「なぜ、そのような……」
「此処まで徹底した隠蔽は、並みの貴族では不可能。月詠である俺の言も通じない、となれば他の御三家かと」
「いや、それは」
「藤宮がこのような無礼を働くとは思えない、となれば、東城ですか?」
教師は目を泳がせ、助けを求めるように辺りを見渡す。
しかし誰も彼もが目をそらし、関わらぬようにとそっぽを向いた。
再び、担任教師が俺に視線を戻す。
「……言えません」
俺の目を見つめ、担任教師が言う。
これ以上は言えぬ、やめてくれと懇願するように。
「そうですか。難詰しすぎました、申し訳ありません」
丁寧に頭を下げると、教師は安堵のため息を漏らした。
顔を背けたまま、踵を返して教員室を後にする。
「え?」と惚けた顔の絋介が俺の後を追ってくる。
「どういうこと?」
廊下に出たところで、絋介が尋ねた。
俺は振り向かず、歩みを進める。
「どう、とは?」
「御三家とか、特別扱いとか……そういえば、権限とか言ってたけど」
思い出したように言葉を紡ぐ絋介に、俺は立ち止まって振り返った。
「君は、俺をなんだと思っている?」
「え? なにって、帝だろ?」
「そうだが……絋介、俺の姓は月詠というのだが」
「知ってるよ、月詠帝だろ? え、なに?」
本当に理解していないのであろう、絋介は困惑の表情で俺を見返す。
なるほど、全て理解した。
初対面から、絋介は気さくに話しかけてくれた。
周囲が気を使い、妙な距離感を保とうとする俺に対して。
「絋介、御三家という言葉を知っているか?」
「ごさんけ? あぁ、貴族の中でもトップに位置する家柄だろ?」
「国の主人であるお上様を支え、政治的効力も担う。この国の者ならば誰もが恐れおののく存在……なのだが、詳しくは知らぬようだな、君は」
「俺は一般入学だし、元は平民の生まれだしな」
自嘲する絋介に、返す言葉が見つからなかった。
初等教育から国営の特別施設で教育を受けた為、平民と触れ合うのは絋介が初めてだ。
まさかこれ程、彼の政治に関する興味が薄いとは。
「御三家の家紋は名前に由来する。藤花の藤宮、交差する剣の東城、そして三日月の月詠」
「へぇ……三日月の、つきよみ?」
「俺の家の門には、三日月の家紋を模した提灯が垂れている」
「……え、帝って御三家の人なの? ……ええぇっ!」
廊下に響き渡る絋介の叫び声。
俺は耳を手で押さえ、ため息と共に顔をしかめた。
「じゃあつまり、さっきの先生との会話は……」
「月詠の権力を使おうと思ったが、かわされてしまったな」
「すげ、先生に対してそんなことが」
「普段なら口を開いてくれるんだがな。ただの高校生とはいえ、やはり御三家の人間は恐ろしいらしい」
「御三家ってすごいんだな」
「それが常識だと思っていたのだが……世は依然、俺の知らないことだらけだな」
嘆息を漏らし、すぐに本来の目的へと頭を切り替える。
姫の所存に対して御三家の力が働いた。
それはつまり。
「おそらくだが、姫は東城家に軟禁されている」




