11話.明年の桜吹雪
*
繭と別れた俺は、一人で帰路についた。
校門を抜けたところで、背後にいた絋介に肩を叩かれ振り返る。
「一緒に帰ろう」
頷き、共に歩みを進めた。
今日の授業がどうだったか、テストが、などのたわいない会話を一方的に語る絋介だが、時折窺うような視線で俺を見つめる。
堪らなくなり、一度足を止めた。
「さっきからなんだ?」
「えっ?」
「言いたいこと、もしくは聞きたいことがあるのだろう?」
「あ、えっと……うん、帝はすごいな」
「君が分かり易いだけだ。して、なんだ?」
「実はさっき、見ちゃって」
「見た?」
「のぞき見してたわけじゃないんだけど、女子弓道部の前で、帝が、一年の子ともめてるとこ……のぞき見したわけじゃないけど!」
語気を強めて念を押し、絋介は俺を見た。
思い当たる節を浮かべ、俺は「あぁ」と目をつむる。
「のぞきではないだろう、人目のつく場所で会話していたのは俺だ。すまない」
「あ、いや、謝って欲しいんじゃなくて……帝、あの子と、別れるんだよな?」
「そもそも付き合っていない」
「え? あ、そっか……じゃあどうして、別れ話してたんだ?」
その問いに、俺はしばし考え込んだ。
別れ話?
そんなつもりはなかったが、絋介たち一般人から見ればあれはその類に入るのだろう。
そしてなぜ、繭との離縁を選んだか。
「帝さ、姫のこと好きだよな?」
言葉を返すことができなかった。
かろうじて、「え?」とこれまで発したことのない情けない声を漏らす。
「だから他の女子との関係を絶ってるんだろ? 姫一人に愛を捧げるために」
「なにを……なにを言っている?」
頬が熱くなるのを感じ、慌てて口元を手で抑えた。
自分の発した言葉の恥ずかしさに気付いた絋介が、顔を赤らめて「え、あ? 違う」と両手を振る。
「俺は嬉しいんだ。帝にはずっと本当の恋を、ただ一人の女性を愛することを知って欲しかったから」
「だから君は、なぜそのような恥ずかしいことを」
「そう言われても、俺は語彙が少ないし。とにかく俺は、帝も羽姫も好きだから、だから嬉しいんだ」
鼻息を荒くし、絋介は仁王立ちをして見せる。
威風堂々をちらつかせる態度に失笑すると、絋介は「なんだよ」と口を尖らせた。
なんとか笑みを抑え、絋介に向き直る。
「すまない、君の言う通りだと思って。俺は確かに、姫に恋い焦がれている」
その途端、絋介は花が咲いたように笑った。
「ほらな! 帝は羽姫が好きなんだよ!」
わけのわからない同調を求め、絋介が俺の肩を叩く。
「でもそうなると、俺は帝の義兄になるのかぁ」
「いくらなんでも気が早いだろう」
冗談を交わしながら、再び帰路を歩いた。
ゆっくりでいい、焦らずとも。
確実に、着実に、距離を詰めていく。
悩む必要はない、恋慕を捧げる相手は姫しかいないのだから。
ゆっくりと伝えていけばいいのだ。
明日もまたこの日常が続くと信じて歩き、鞄にそっと手を入れた。
手のひらに触れたのは明日の朝に姫へ届ける文と、桜の花弁を押し込んだ栞。
春の時期に作成し、放置していたものだ。
姫のために作ったわけではないが、どうしても、桜の花を彼女に見せたかった。
そしていずれ伝えよう。
『共に桜吹雪を見よう』と。
*
翌朝、渡り廊下で姫と鉢合わせした。
あわよくばと願って早めに登校したのだが、それが功を成したらしい。
「おはようございます、帝様」
ぺこりと頭を下げる姫が可愛らしく、俺は緩む口元を隠すように顎に手を添えた。
「おはよう」
「今日は早いのですね」
「君こそ、いつもはもっとゆっくりと……いつもは絋介と共に登校しているな? 今朝はどうした?」
「あ、えぇと、今日は早く登校したほうが良いのでは、とお兄様が」
「…………あぁ」
思わず、感嘆の声を漏らしてしまった。
同時に、あのお節介目と小憎たらしくも思う。
「でも、早く来てよかったです。帝様にお会いできたので」
そんな言葉を率直に、屈託のない笑顔で口にする。
愛らしい言葉、表情に、俺は慌てて彼女から顔を背けた。
「帝様?」
不審に思った姫が心配そうに俺を窺うが、その行為すらも可憐なので、今は勘弁して欲しい。
そんなことを口にするわけもなく、「すみません」とだけ返して姫に向き直る。
「俺も、早く来て正解でした。君に会えた」
「え? ……はい」
自分が言葉を受け取る側になって初めて俺の気持ちに気づいたようで、姫は頬を赤らめて恥ずかしそうに下を向いた。
「文を」
一歩彼女に近寄り、鞄に仕舞っていた文と押し花の栞を取り出す。
「姫に歌を、届けに参りました」
「この花は?」
「桜の花びらです」
「さくら? ですか?」
不思議そうな顔をする姫に、俺は僅かに首を傾げる。
「ご存知ありませんか?」
「え、あ、すみません。あまり外に出たことがないもので、草木には疎くて」
申し訳なさそうに語る姫だが、そのようなことで罪悪を感じるものではない。
俺は膝を屈め、姫の目線に自分のそれを合わせた。
「春に花開く木です。桜色はご存知ですか?」
「あ、はい。桃に似た色のことですよね?」
「一つ一つは小さな花冠ですが、一つの枝に無数の花をつけます。開花の時期には辺り一面を桜色に染め、風が吹けば花の吹雪を見ることができる」
「花の吹雪ですか?」
姫は瞳を輝かせながら、ぎゅっと桜の栞を握りしめる。
「それはさぞ、美しいのでしょうね」
「ええ、とても」
姫の顔が明るくなった。想像するだけで楽しいのだろう。
いま彼女の頭の中に浮かんだ景色を、いやそれ以上の光景を、彼女に見せてあげたい。
「明年の春、見に行きましょう」
今言うつもりはなかったのに、言葉が勝手に出てきてしまった。
「え?」と首を傾げる姫に、俺はもう一度微笑む。
恋とは勢いだ。
言ってしまえ、
いま。
「桜を見に行きましょう、明年の春は共に、二人で」
言い終える前に姫はキラキラと目を輝かせ、顔を綻ばせた。
「はいっ……ぜひ、共に。帝様と、二人で」
しかし言葉の途中で、『二人で』とはどういう意味合いか理解したようで、気恥ずかしそうに下を向く。
「約束致します。私は明年の春、帝様と二人で桜を眺めます」
かろうじて発した言葉、小さな声を俺が聞き逃すわけもなく。
「俺も約束します。それを必ず、実現させると」
同じ笑顔を返した。
嬉しそうに文を握り締める小さな手、満面の笑みがとても愛らしくて。
「また文を書きます。帝様に、歌を届けます」
あぁ、本当に、好きだと思った。




