第9章 |獅子王党《レグリアンド》 フロスグラウ
第9章 獅子王党 フロスグラウ
少し、時は遡る。
緑野と芒野の境にわずかに広がる森がある。黒森のような広さこそないが、美しい木々に彩られた静かな森である。ここは不死王やその配下の手の及ばぬ地帯であった。
かつて不死王に国を追われた者たちがいつしか集い、一つの勢力となってここに根を張
っていた。彼らの名を獅子王党という。
獅子王党の指導者の一人であるデルゼント公は獅子王家の血を引く貴族である。優れた殻士でもある彼は、その血統から、獅子王党内の獅子吼族に絶大な信頼を集めていた。
彼は大王角蚩鳳の中でも大柄な天王角蚩鳳を駆っている
同様に獅子王家の血を引く殻士にはティンタス伯とペンガタント伯がいた。この二人には腹心の部下となる殻士が数名おり、作戦行動時にはそれぞれティンタス伯とペンガタント伯とともに活躍していた。
ティンタス伯の駆る蚩鳳は土王角蚩鳳である。手足が長く、膂力に優れていた。彼の息子でもある若きティンベスもまた同じ土王角蚩鳳を駆っていた。
一方のペンガタント伯の駆る蚩鳳は、デルゼント公と同じ天王角蚩鳳である。デルゼント公のものよりは少し小さかったが、それでも他の大王角蚩鳳よりは大柄であった。
獅子王党には獅子心王時代からの古参の殻士も何名かは生き残っていた。各地での闘いの中で大分数は減ってしまっていた。殻士ルータスもその一人であった。かれは、獅子心王の下で活躍していた当時の四天王の姿を知っている数少ない生き残りであった。彼はその当時からずっと同じ月王角蚩鳳を駆っている。
彼らは獅子吼族出身の獅子王党員は、獅子吼族が不死王に味方した白狗牙族と犀甲族の軍によって紫丘を追われた。その頃からずっと辛苦を共にしてきたために、強い結束で結ばれている。彼らには獅子王党は剣の党として、剣技に重きを置いていくという信念があった。そのため、あとから参加した他氏族の出身の殻士や甲士でも重用されたのは剣使いばかりである。
一方のウイグラフは獅子駆王の親友ではあったが、獅子吼族の中では決して高貴な身分の出では無い。しかし優れた剣技と思慮深い性格のため人望を集めている。また、獅子吼族以外の獅子王党員にも分け隔て無く接するため、人気があった。彼の駆る蚩鳳は五角大王角蚩鳳と呼ばれる、頭部に一つ、背に四つの角を持つ蚩鳳である。
ウイグラフはさまざまな武器を扱う殻士、甲士にも門戸を開こうとしていたが、もともと王族であった幹部がこれを退けてしまっていた。
同様に高貴な身分ではないものの、その剣技で殻士にまで上り詰めた人物がいる。千の傷のハナーンと呼ばれる豪放磊落な人物である。現在は別の任務でこの場にはいなかった。
ちなみに彼が駆る蚩鳳は水王角蚩鳳と呼ばれる極めて大型の蚩鳳である。
「橙枝の本山が墜ちた。玄の姫巫は彼の死せざる者に奪われた。」
獅子吼族や鬣丹族の残党を初め、犀甲族や馬弓族の不平分子を加えて膨れ上がった今となっては、統一の取れないまま何年かが過ぎていた。彼らにとって玄の姫巫を反不死王の象徴としていただくことは長年の夢であった。呟道の本山はこれを拒んでいたが、年々強まる不死王の圧力に屈せぬためにも、彼らの擁する蚩凰は魅力であった。ようやく二つの勢力につながりができた矢先に、突如不死王の侵攻によって、不死王の総本山は焼き払われ、八擁の呟者の何人かは殺された。その際に、玄の姫巫は奪われたのである。
「すぐにも玄の姫巫を取り戻そう。」
呟道の僧でもあるバイは声高に叫んだ。
「所在がわからん。それに、不死王の近衛相手では荷が重すぎるぞ。」
馬弓族の元刃自でもあるツシマは、落ち着きはらっていた。
「今は、我らを束ねるものすら決まっていないのだ。」
ウイグラフの右腕でもある犀甲族のフレスカが言った。
「そのために玄の姫巫を。」
僧バイがさらに叫んだ。
「われらは、獅子吼族の下僕ではない。」
「何を。仲間同士でいさかいする場合ではないですぞ。」
獅子吼族の中でもまだ若いティンベスがその場を収めようとした。
「新たな象徴が必要か。」
鬣丹族のツィータが呟いた。
「例の獅子駆王の忘れ形見は。ウイグラフ。」
腕組みして、それまで黙っていたウイグラフが口を開いた。
「いや、若君の蚩凰はまだ生まれておらぬ。」
ツィータがウイグラフに近づきながら話しかけた。
「本当に、獅子駆王の子かどうかもわからぬのだろう。」
その問いに対してウイグラフが腕組みしたまま答えた。
「ダイリス殿のおっしゃったことだ。間違いはあるまい。」
先ほどまで落ち着いていた馬弓の元刃自ツシマが急に不機嫌になった。
「ではそのダイリスは今どこにいるんだ。あんな裏切り者の言葉、信じられるものか。」
鬣丹族のツィータが話に割って入ってきた。
「そうだ、カイナギなどは不死王の走狗となりさがっているのだぞ。」
ツシマが怒りながら叫んだ。
「あやつらは、共に我ら馬弓族の恥だ。」
犀甲族のフレスカが言った。
「元四天王のロマーナのやつは赤原を我が者顔で治めている。あれほど獅子心王の恩顧を受けながら寝返りおって。」
「せめて、キルディス殿が手を貸してくださったら、むざむざ。」
凱喬族の甲士ベリンがうつむきながらつぶやいた。
「ゴリアテ殿とて、たとえ王と袂を分かっていたとしても。」
かつてゴリアテが開いた練資社で学んでいたという隈黒族のパレンが続けて声を上げた。
「それより、玄の姫巫の奪環を。」
僧バイがさらに大声で叫んだ。
人々の激論をよそに、コモドアとインディアは、顔をしかめながら沈黙を続けた。その横には、五角大王角蚩鳳の足下に立つもう一人の若者が立っていた。
「父上ならば、他人の力など借りずとも。」
若者は拳を握りしめてそのまま壁板を強く叩いた。
「そういきり立つな。フロスグラウ。ウイグラフ殿の力量から言えば、それもできよう。しかし、不死王に勝つためにはな。」
海王角蚩鳳の足をなでながらコモドアはそうたしなめた。
「しかし。」
父の眼差しを受け継いだ若者は。拳を握りしめた。
「我らは今、天の時を待つべきなのかもしれない。ここには、人の和すらないのだから。」
牛那族の血を半分受けているインディアは、そう言った。獅子王党に身を投じてまだ日の浅い彼らしい、冷徹な言葉であった。彼は自分が駆る炎王角蚩鳳の前から近づいてきた。
「不死王を倒すことより、その後にどんな樹嵐を築くかを考えられる王が必要なのだよ。」
インディアは額の宝石に指を当てながら話しかけた。
「だから、預言の子なのですか。私は、呟道とか、聖理とか、身徒の教祇とかに頼る気持ちが分かりません。」
フロスグラウは先ほどよりいらついているのだろう。また壁を叩いた。
「では、君が王となって、この人々を導けるかな。フロスグラウ。」
コモドアが笑った。幼き頃から、ウイグラフを父とも慕う彼にとって、血気盛んな若者は弟のようなものであった。フロスグラウはその言葉にはっとしたが、何も言い返せなかった。
「今は名も、居場所も告げられぬ。しかし、ケイロン師の許しを得られれば、必ず私が皆の前に連れてこよう。若君を。」
インディアがフロスグラウの肩を叩きながら話しかけた。
「もしケイロン師が許さなかったら。」
フロスグラウはインディアのほうを向いて大声で尋ねた。
「それに、その若君が王として呼べぬものであったなら。」
一旦は落ち着いた彼の心は再びいらだちに包まれていた。
「我々には今は待つことしかできぬ。」
そのいらだちを鎮めようとして、インディアがフロスグラウの肩を何度も叩きながら話しかけた。
「もしケイロン師が許さなかったら。そして、その若君が王として呼べぬものであったなら。」
インディアに肩を叩かれながらも、フロスグラウはいらだちを抑えることができずにいた。
「父上ならば、他人の力など借りずとも・・・。」




