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樹嵐戦記  作者: 想麻刀麻
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第50章 それぞれの明日へ

 アースは飛麦畑の崩落に巻き込まれて下へ落ちていった。獅子叫王の蚩鳳と切り結んでいたため、大地が傾いたときにとっさに何が起きたのか判断できずに行動が遅れてしまった。コモドアとインディアの叫び声が聞こえた気がしたが、その声もすぐに遠くなっていった。

「崩落に巻き込まれたのか。」

 ようやく気づいたアースは光翅を羽ばたかせて獅子叫王の帝王角蚩鳳と距離を取った。

「逃がさぬわ。」

と叫びながら獅子叫王は光翅を使ってなおも斬りかかってくる。しかし、吹き上がる黒煙と次々と飛んでくる火山礫に当たり、その勢いは弱まった。

 中原がはるかな上空へと過ぎ去っていくのを見ながら、アースは次にどうすべきか考えを巡らせた。

「この敵だけは、船に近づけてはいけない。」

 口を固く結んでアースは赤く染まる樹嵐の底へ向けて光翅を羽ばたかせた。大王角蚩鳳のすぐ脇を巨大な蒸気がすり抜けていった。直撃では無いがすさまじい熱気を感じる。

 火山礫の直撃を避けながら、アースは落下速度を上げて帝王角蚩鳳と距離を広げていった。しかし、獅子叫王は火山礫が当たるのも気にせず追いかけてくる。何度となく直撃を受けて、その度に蚩鳳の飛行姿勢が崩されるのだが、一向に気にすること無く追撃を続けてきた。小塚ほどの火山岩が二人の間に吹き上がってきたときも、それに剣を突き立てて回避し追いかけてきた。

 アースは周囲を見渡して、蚩鳳の損傷が無いように細心の注意を払いながら落下を続けていた。植物相が明らかに変わり、いつの間にか中原から冠樹海へと達していることが分かった。アースは光翅の光をさらに増して速度を上げた。

「できるだけ引き離すんだ。みんなの船から。」

 獅子叫王は火山礫にぶつかり、装甲を焦がしながらも追ってくる。その間も黒煙や水蒸気が二体の蚩鳳を繰り返し襲っていた。

 帝王角蚩鳳と大王角蚩鳳の距離が縮まった頃、植物相がまた変わった。辺樹海の辺りまで達していた。

「逃げるなぁ。」

 帝王角蚩鳳の攻撃をアースは冷静にかわしながら、巨木の根の裏に回り込んだ。そして根を蹴り上げてさらに速度を増していった。

 斬撃を二度、三度交わしながらアースはさらに落下を続けていった。淵樹海に達していた。その先はもう赤黒く沸き立つ海である。アースは絡み合う根の上に立ち、天獣の剣、獅子咆剣を構えて帝王角蚩鳳が来るのを待った。

「ようやく覚悟を決めたか。」

 装甲がボロボロになりながらも帝王角蚩鳳を駆る獅子叫王はアースの前に降り立った。

「天獣の剣よ。力を貸した給え。」

 アースは祈るような構えを取り、再び剣を突き出した。

「帝王角蚩鳳?」

 淵樹海のこんなところに人が居るとは思えなかったが、そう問う声がした。岩が絡まる根の上に立つ老人の殻士の姿がそこにあった。

「ダイリスか。お前、こんなところで。」

「獅子叫王、あなたは亡くなったはずでは。」

「おう、そうさ。一度は死んでよみがえってきたのさ。」

「まさか、戦鬼士になって。」

「よいぞ、ダイリス。この体は。疲れも痛みも知らずにずっと戦い続けられる。お前もこの体になるか。そんな老いた体では何もできまい。」

「なんてお労しい。かつての獅子吼族の王ともあろう方が。」

「そこから逃げ出した剣竜のお前には言われたくは無いわ。」

 そう言いながら帝王角蚩鳳はアースの駆る大王角蚩鳳へと斬りかかった。

 二人の会話のおかけで琺を練る時間がずいぶんと稼げた。

「相打ちは覚悟の上。ここで仕留める。」

 アースが練り上げた琺と共に渾身の突きを放った。と同時に額の水晶球が輝き、その光がアースの放つ琺に吸い込まれていった。

「なぜ、お前がその水晶球を手にしている。」

「王たる者だからさ。」

 アースの放つ突きは帝王角蚩鳳の頭を吹き飛ばした。それだけで無く凄まじい琺の渦が帝王角蚩鳳の体すべてを包んでいった。

 帝王角蚩鳳の斬撃でアースの大王角蚩鳳も左肩から胸の胸甲にかけて切り裂かれていた。肩の付け根にある光翅も傷ついていた。

「ここまでか。」

 アースの大王角蚩鳳はゆっくりと膝を立てて淵樹海の木々の上にしゃがみ込んだ。


「もう乗り遅れや逃げ遅れの人は居ないようです。」

 カンカがペウスに向かって叫んだ。

「そろそろ俺たちも行こう。火山の噴火が凄まじくなってきている。」

 中原のかなりの部分が崩落して樹嵐の下部へと落下していった。

「他の氏族は?」

 ペウスが問いかけた。

「白狗牙族と犀甲族の船も出ました。」

 カールラが答えた。

「獅子王党の船も出ます。」

 ラップも確認が終わった。

「分かった。俺たちも向かおう。」

 ペウスは仲間達に向けて出向の合図を出した。


 玄の姫巫の乗る船も生き残りの八擁の呟者の指揮の下、中原から飛び立ち始めた。

「まだ、あの方が。」

「この船には、たくさんの僧や尼僧、身徒が乗っています。玄の姫巫のお気持ちゎ分かりますが。」

 僧ガが玄の姫巫に向かって答えた。

「もう無理です。」


 傭具士団の乗る船にシーバがようやく合流してきた。

「で、首尾は?」

 カイナギが問いかけた。

「まあ、少しは。とどめまで刺したかったんですが。それは譲っておきました。」

「お前らしくないな」。

 ラズーが笑いながらシーバに話しかけた。

「まあ良い。少しゆっくりさせてもらうといい。」


「やれやれ、ゆっくりと死を迎えるはずであったが、さてどうするかな。」

 淵樹海の底でひざまずくアースの帝王角蚩鳳を見下ろしながら、剣竜ダイリスは腕組みをした。

「『成すべきことを成せ』、か。」

 天獣の剣も、蚩鳳もカイナギに譲り渡した今の自分にできることをダイリスは考えた。「獅子心王、あなたとの日々への恩返しを今、させていただきましょう。」

 ダイリスは大王角蚩鳳へ向かって駆け寄っていった。


「長いようで短かったな。」

 天空城の水槽の中で不死王は樹嵐の崩壊を眺めていた。茶茎、中原に続いて紫丘も崩壊が始まっていた。天宝輪の壁水晶には各地の様子が次々と映し出されていた。

 赤原の大地にも亀裂が入ったいた。緑野は根元から折れる形で崩落していった。白樹はひびが入りつつあったが、表面の氷が剥がれて落ちているだけだった。

「下部に近いのに意外と大丈夫なところもあるものだな。」

 根の国の様子を映す壁水晶には鹿晋族の村が映し出されていた。

 ゆっくりとした横揺れが天空城の水槽を揺らした。不死王の頭部は揺れる度に水槽の壁に打ち付けられていた。

「良き旅であったよ。獅子王よ。翼士長フブラムよ。あの日からずいぶんとたくさんの知識を得ることができた。もう悔いることは無い。」

 そう呟く不死王の上から天空城の天井が落ちてきた。水槽ごと不死王の頭部は岩の下敷になっていた。


 夜明けの太陽に向かって瑠璃王の船団は樹嵐を旅立っていった。ペウスは不安な顔つきでその日の出を眺めていた。

「なるようになるさ。」

 ペウスはそう言って結んでいた口元を緩めた。

 最後に飛び立った瑠璃王の船を追いかける者がいることにまだ、彼は気づいていなかった。

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