第49章 崩落の中で
瑠璃王の船への乗船が進む中、戦鬼士ヒッタイを無事退けた獅子王党ではあった。しかし、その戦力は大幅にそがれてしまった。指導者であるデルゼント公は、死こそ免れたものの、意識を失い、指揮を執り続けることは不可能であった。
「託言の子は?。」
フロスグラウが叫んだ。しゃがみ込んだ殻士の一人が
「先ほどから森の奥で、戦っている音がします。」
「何だと。」
フロスグラウは森の奥を見ながら叫んだ。
「別の敵が居るみたいです。こちらの敵が来たときに、ルータス殿がアース殿を呼ぶために向かわれたのですが。今、そちらの敵と戦っているコモドア殿、アース殿のところへインディア殿が駆けつけています。」
「すぐに私も向かわねば。」
といったものの、フロスグラウの五角大王角蚩鳳も激戦のためにかなりの熱を帯びてしまっていた。さすがにすぐには動かせそうに無かった。
「どなたか、託言の子のところへ向かえる方はいませんか?」
というフロスグラウの問いかけに対しても、誰も答えることができなかった。戦鬼士ヒッタイとの戦いで獅子王党の部隊は半壊してしまった。さらに追い打ちをかけることで掴んだ辛勝である。動けそうなものは誰一人いなかった。さきほど樹上から助力してくれた弓使いの蚩鳳も、もうここを離れてしまったようであった。
「さあ、もっと戦え。託言の子よ。」
そう叫びながら、獅子叫王はアースに斬りかかり続けた。なんとかその速くて思い斬撃を流していたアースであったが、じりじりと後ろに下がるしか無かった。
琺を練ろうとしても、アースにはその隙さえ与えられなかった。今は距離を置いて離れているコモドアとインディアが、後ろから時々牽制の斬撃を繰り出してくれているが、獅子叫王相手ではすぐに止められてしまった。ついにアースは森が途切れて、中原の飛麦畑まで押し出されてしまった。
「どうした。受けてばかりいてはつまらんぞ。」
獅子叫王はさらに挑発を続けている。アースは視界が広がったことで光翅を使って仰向けのまま浮き上がった。背面飛行のまま獅子叫王の帝王角蚩鳳と距離を取るためである。「ついに逃げだしおったか。逃がすわけ無かろうが。」
獅子叫王も光翅を使って飛麦畑の上に舞い上がった。中原の棚のような構造には凹凸があり、このまま行くと凹んだ淵の部分に達してしまう。そこまで逃げられて他の土地へ紛れ込まれては探すのが面倒になる。そう獅子叫王は思っていた。
コモドアとインディアは飛行中の帝王角蚩鳳を追いかけながら、一撃離脱の斬撃を何度となく見舞っていたが、受け流されてしまっていた。
「あんな重装なのに、飛ぶのが速い。」
「見かけより機敏に動けるな。」
コモドアとインディアは連携を取りながらアースのために時間を稼いでいた。
アースは、飛麦畑が途切れる最淵部分に降り立った。距離を取ったことでほんの少しだが琺を練る時間が持てた。すごい速さで追いかけてくる獅子叫王の帝王角蚩鳳が見えている。恐怖にのみこまれぬよう、アースは深呼吸してから琺を練り始めた。
大王角蚩鳳と帝王角蚩鳳、アースと獅子叫王の二人が中原の淵で構えたとき、樹嵐の最下層から不気味な音が響いてきた。まるで雷をもっとすごくしたような音であった。続いて振動が二体の蚩鳳を襲った。人であれば立つこともままならないほどの揺れであった。
「アース殿。」
インディアとコモドアの目前で二人は構えて対峙している。コモドアの下にある飛麦畑にいきなり亀裂が走った。
大地を引き裂く轟音が響き渡った。アース達が立っている淵の背後には赤い光と黒い雲があちこちで上がっていた。
蚩鳳剣を構えたままで立っている二体の足下が斜めに傾いていった。先ほどの亀裂から中原の飛麦畑ごと折れて崩れているのである。
「飛び上がってください。このままでは。」
インディアが叫ぶと同時に、二体の蚩鳳は正面から切り結んでいた。光翅を羽ばたかせる間もなく、二体の蚩鳳は組み合ったまま大地と共に樹嵐の下層へと落ちていった。
「そんな。」
コモドアとインディアは光翅で追いかけようとしたが、舞い上がった土や黒煙のせいで視界が奪われてしまっていた。ヒュルルルルと音がしていくつもの石つぶてが吹き上がってきた。
樹嵐の根と思われる部分の海が赤黒く染まっていて、黒雲はそこから立ち上っていた。火山礫もそこから次々と吹き出されてきた。石の大きさがどんどん大きくなり、建物ほどのおおきさの岩までもが吹き上がってきた。すごい異臭と灰のようなものがあたりを覆い尽くしていた。コモドアとインディアが持つ蚩鳳の身をもってしても、アースの追跡は不可能であった。
瑠璃王の船からも樹嵐の最下層の海で起こっている異変が観測できた。
「玄の姫巫様、危険ですから船の中にお入りください。」
呟道の僧であるガが甲板まで呼びに来た。
「でもアース殿がまだ。」
玄の姫巫は、未だたどり着かないアースを待っていた。
「もうこれ以上外で待つのは危険過ぎます。」
吹き上がる黒煙と火山礫が降り注いできた。玄の姫巫もガとともに、必死に頼み込む尼僧達の安全を考えると船内へ向かうしか無かった。
「始まったな。」
瑠璃王の船の塔の中でカリギヌが言った。
「避難民を乗せ終わった船から浮上を開始してください。」
ペウスが水晶の乙女の一人紅目耳のオリクトアに伝言を頼んだ。オリクトアは、各船に分かれて乗っている乙女達に伝心球を通じて伝言を伝えた。各船の乙女達は、同乗している各氏族の代表へ、ペウスの言葉を伝えていった。
最初に飛び立ったのは、鹿晋族が乗った船であった。水晶の乙女の一人である袋桃腹のイフンケが伝心球からの指令を受け取った。かつての呟道の総本山「幻惑の塔」にてヒッタイ戦の後、アースが発見したためか、アースの匂いがすると言ってポッポ爺の肩に乗っている。ポッポ爺をはじめ、アウスの幼なじみ達もこの船に乗船していた。根の国の住人である洞ん爺こと、ケイロンも乗船していた・そのため、航海の先駆けとしていち早くこの船が出発した。
続いて馬弓族の乗る船が浮上した。彼らが引き連れてきた滑空蝗や天牛虫といった膨大な家畜は、新しき樹嵐で氏族の命をつなげるために必ずや役に立つだろう。
「先に行って待っています。」
塔の最前列に立って前を見ながらガウェンは残る船へ思いを馳せていた。その肩には、彼が翡翠の殻士の城にて発見した銀筆尾のパラシートスが乗っていた。
「ガウェンさま。鹿晋族の船に続いてまっすぐ飛ぶと良いでしょう。」
パラシートすが、キリッとした視線を前方に向けた。
隈黒族がのる三番艦では、出港した途端に祝杯を挙げ始めた。族長であるパグンズを始め、各部族の代表となる人物が杯を傾けた。
「なんて楽天的な。父上。」
練資社の師範でもあり、剣狼の称号を受け継ぐこととなったポレスは、酔いしれる父の姿を見て、頭を抱えていたが、船の針路を見据えて前へ向き直した。
「なるようにしか、ならないからな。」
「そうぅ、ですぅよねぇ。」
ゆっくりと返事をしたのは膨茶尾のタミアスで会った。彼女は膨らんだ大きな茶色の尾を器用に巻いて、ガウェンの肩に乗っていた。杣人の祠で、弟であるペウス一行が発見したためか、兄であるポレスになついているようだった。
四番目に飛び上がっていたのは湖国の凱喬族であった。離宮の女王ニヴィアンと蚩鳳胚の製造方法の移転が思ったよりも速く済み、飛び上がることができた。瑠璃王の船四番艦にある塔の最後部には王クルスが座り、
「ランス、では参ろう。」
と弟であるランスに向かって声をかけた。
新剣聖となったランスは、新王クルスの声を受けて
「はい、では参ります。飛べぇぇぇぇぇ。」
と叫んだ。その傍らにはあの日助け出した店の娘エレインが寄り添い、塔の中にいる将軍達に飲み物を出していた。
ランスの肩には、針長尾のムスクルスが乗っていた。渡湖橋の塔から発見された水晶の乙女である。ランスの声に続いて
「飛べぇぇぇぇぇ。」
と叫んで、肩から落ちそうになっていた。あわててランスが受け止めたので怪我をすることはなかった。
離宮の女王ニヴィアンから行動の自由をようやく許されたア・マリンは、この船の天宝輪にかじりつき、次の移転先候補を洞ん爺ことケイロンとともに見定める役目を追って忙しく働いていた。
離宮の女王ニヴィアンは船の中の水槽に移り、ようやくほっとした顔で過ごしていた。
「キルディス。そなたと共に、この光景が見たかったな。」
そう呟く女王の横顔はどこか儚げであった。
続いて羚挂族の乗る船がゆっくりと浮上した。様々な鉱物、家財道具にあふれていたため、船内の通路にも荷物が並んでいた。猟師のケルルはそのあまりの多さにうんざりしながら通路を進んでいた。そこには手を引かれながらあの小塚の採集家の姿もあった。
白狗牙族、犀甲族はそれぞれの代表の下で最後の確認を行いつつあった。それができ次第いつでも飛び上がる準備は整っていた。
散り散りとなった鬣丹族と傭具士団は、その次に浮上する船へ割り当てられていた。
そしてようやく獅子王党の生き残り達が乗船を始めた。
ペウス達の乗る船は、街に取り残された者はいないか、逃げ遅れた人は居ないかと央府の上空を旋回していた。その船に向かって、飛び麦畑の向こうから、二体の蚩鳳が光翅を使って飛び込んできた。コモドアの海王角蚩鳳とインディアの炎王角蚩鳳である。
「アース殿が、崩落に巻き込まれて。」
インディアが状況を説明した。
「この船で中原から下に向かうことはできますか?」
コモドアとインディアの必死の声に、ペウスは心を動かされそうになったが、
「すみません、この船には他の避難民もいます。乗り遅れた方、逃げ遅れた方を探す時間も必要です。それに、噴火が活発化している樹嵐の下部に向かうのは困難です。」
「しかし。」
コモドアが食い下がった。
「私だって一人残らず助けたい。獅子王党の方々が乗る船はまだ乗船を続けています。そちらに間に合えばあるいは。」
ペウスは唇をかんでうつむいた。さすがの二人も相手の立場を思うとそれ以上頼むことはできなかった。




