第48章 強さは誰のために
獅子王党が央府にたどり着いた頃には、すでに避難民の乗船が終わりつつあった。央府の湖が見える丘の上にたどり着いたアースは瑠璃王の船を目の当たりにして驚いた。
「城より、いや町よりも大きな船なんて。」
後ろにいたコモドアも口を開けたまま船を見下ろした。
「あれ本当に飛べるのか?」
「全部で十二艘あるそうですよ。」
牛那族の血が半分入っているインディアの下には、央府からの情報が逐次もたらされている。時折、青い頭巾をかぶった小柄な者がやってきていた。
「棄躯はすべて、戦鬼士も二人討たれたそうです。赤原の不死王近衛殻士団も、白樹の氷雪殻士団も不死王から離れて央府に移動しています。棄躯と戦鬼士を倒した後の傭具士団の動きまでは分かりませんでしたが、以前より危険は減ったとみて良いでしょうね。天空城からも人々が逃げ出したそうなので。」
インディアが届けられた手紙から、現在把握している情報を獅子王党に共有してくれた。
「不死王は何を企んでいるんだ。」
コモドアがいらついて話しかけてきた。
「いや、多分もう何もしないと思う。」
アースは天空城のある遙かな高見を見上げて呟いた。
「いや、しないんではなくて、もう何もできないんだと思う。」
アース達は丘のふもとに下りて、森の中で旅装を解いた。そして、野営の準備を始めた。 インディアは獅子王党の面々の入国と乗船の手続きのため央府の中心街へと向かっていた。
アースのところへ一人の若者が訪ねてきたのは、そんな頃であった。
「ちょっといいか。託言の子。」
「フロスグラウ殿。」
そう言ってアースは膝を立てて一礼した。
「よしてくれ。君の方が遙かに強い殻士であることはもうみんな分かっている。」
フロスグラウからは、アースと初めて会ったときのギラギラとした敵対意識が消えていた。
「父君のこと、重ね重ねすみませんでした。」
「いいんだ。父も戦いの中で死ねれば本望であろう。そしてずっと守り抜いてきた託言の子は生きてここに居る。」
そう言われてもアースは、父を失ったフロスグラウになんと言葉をかけて良いのか分からなかった。しばしの沈黙が流れた。
「デルゼント公が殻士たちに集合をかけています。広場まで一緒に行きましょう。コモドア殿も。」
三人は森の中の野営地を広場へ向けて歩き始めた。広場には大きな篝火がいくつも焚かれており、集まってきた殻士たちの顔がはっきりと見えた。獅子吼族だけで五十人、他氏族も会わせれば百五十人くらいは居るのだろうか。そうそうたる殻士たちが並んで指導者デルゼント公の言葉を待っていた。
「みなさん、」
とデルゼント公が第一声を発しようとしたときに、光翅の放つ燐光が広場に降り注いだ。暗い空の中で舞うように降りてくる蚩鳳が見えた。
「敵襲だ。」
コモドアが叫び、並んでいた殻士たちは散り散りになって森の中にある自分の蚩鳳へと向かって走り出した。
「アース殿、速く。」
見上げて固まっていたアースの手を引っ張り、コモドアが走り出した。
「あの蚩鳳は。」
篝火に照らされた姿だけでははっきりと分からなかったが、あれはあのときの戦鬼士だ。紅梢で出会った青闇細小蟹蚩鳳。後頭部が異様にせり出している。そして四本の腕を持っている。アースは確信した。
広場に一番近いところに蚩鳳を置いていたデルゼント公とその側近達がいち早く蚩鳳に乗り、敵の青闇細小蟹蚩鳳と対峙した。
「どけ。俺が探しているのは、お前らでは無い。」
後頭部が異様にせり出した青闇細小蟹蚩鳳は、青黒い装甲のあちこちに赤黒く抗呪文が刻まれていた。そう薄暮の戦鬼士ヒッタイの駆る蚩鳳である。アースのと戦いで消えていったはずの抗呪文が再び刻まれていた。
デルゼント公の側近である殻士オジエルが斬りかかったが、青闇細小蟹蚩鳳が持つ二本の腕に蚩鳳剣を絡め取られ、残る二本の腕で両側から切り倒された。
「薄暮の戦鬼士だ。うかつに斬りかかるな。皆がそろうまで待つ。」
デルゼント公はそう言って他の側近達の突進を抑えた。
ヒッタイの青闇細小蟹蚩鳳の後ろ側から、他氏族殻士が駆る蚩鳳が槍で突きかかった。それを合図に戻ってきた殻士たちが周囲を囲んだ。槍は左の二本の腕で止められ、右手の剣で中程から折られた。
「やっかいだな。あの赤い紋様。」
デルゼント公は他の戦鬼士の持つ蚩鳳と戦ったことがある。あの抗呪文は他の蚩鳳の力を奪い取ってしまうだろう。
「弓矢使いがいれば、少しは。」
と残念そうに唇をかんだ。獅子王党は剣の党として、剣技に重きを置いていた。あとから参加した他氏族のものでも重用されたのは剣使いばかりである。ウイグラフ殿はさまざまな殻士、甲士に門戸を開こうとしていたが、もともと獅子吼族の王族であった幹部たちがウィグラフの意見を退けてしまっていた。
「そろそろ覚悟を決めねばな。」
デルゼント公は決死の覚悟で前へと進み出た。
アースとコモドアはようやく自分の蚩鳳へとたどり着き、急いで乗り込んだ。
「早く戻って、あいつの青闇細小蟹蚩鳳と戦わなければ。」
アースはそう思ったものの、この間は水晶球の輝きで退けただけにすぎない。相手もそのことが分かっていれば、当然対策をしてくるだろうと気づいていた。アースの手にはじとっと汗がまとわりついていた。
「ここにいたか。」
広場とは反対側の森の奥からその声は聞こえてきた。ひどくしわがれた老人のような声である。しかし、その声は蚩鳳の開かれた胸甲から聞こえていた。
「大王角蚩鳳?」
コモドアが叫んで蚩鳳剣を抜いた。襲撃の騒ぎを聞きつけてきたインディアがそばに駆けつきつつあった。
「大王角蚩鳳。ふん。そんなものといっしょにするな。私の蚩鳳は王の中の王が駆る蚩鳳、帝王角蚩鳳である。」
少し笑いながら、その男は続けた。
「持っているんだろう。あの剣を。返してもらおう。」
「天獣の剣、獅子咆剣のことか。」
アースが聞き返した。
「ああ、そうだよ。ずっと暗闇の淵に沈んで待っていた。私は対等の力を持つ者と戦いたい。」
「何だって。」
「雑魚どもの相手はヒッタイに任せておこう。さあ勝負だ。」
帝王角蚩鳳にのる男は胸甲を閉じて蚩鳳剣を抜いた。アースの持つ剣とよく似ている。
「アース、こいつの駆る帝王角蚩鳳は、獅子王家の。」
そう言いかけたコモドアの海王角蚩鳳に敵は斬りかかった。剣を横にして防いだつもりであったが、そのあまりの重さに跪いた。すかさず敵がコモドアの海王角蚩鳳を蹴りとばした。
「獅子王家の王のみが持つことを許される蚩鳳である。」
男はそうアースに向かって話しかけた。
「そんな。」
あのとき、不死王は言った。私の父を殺したのは自分では無いと。では。この男が。父を。獅子吼族を。
森の奥から古参の殻士がこちらに向かってきた。
「託言の子よ。デルゼント公が。」
言いかけて彼の蚩鳳は立ち止まった。
「なぜ、獅子叫王の蚩鳳がここに?」
「久しいな。ルータス。覚えていてくれてうれしいぞ。」
「獅子叫王?」
「ああ、託言の子よ。お前から見れば、私は祖父に当たるのかな。」
もうアースの頭は混乱していた。獅子叫王は死んだはずである。だから自分の父が獅子駆王となったと聞いている。
「我が娘ながら、呟道なんぞにたぶらかされて、勝手に玄の姫巫にはなるわ。甲士としても半人前の男を伴侶とするわ。ええい今考えても忌忌ましい。」
「では、あなたがあのとき、城を襲ったのですか。」
「ああ、そうだよ。あのころ私は病で弱っていく一方だった。もう戦えないという事実に耐えきれなくなったんだ。そこで不死王とトガリに頼んで、戦鬼士としてずっと戦いに身を投じられるようにしてもらったのだ。さあ私と戦え。」
「ふざけるな。」
アースの体中に怒りが走った。ではあの日、母と自分を貫いた剣もこの男のものだということか。
コモドアの海王角蚩鳳はようやく立ち上がり、アースに視線を向けている戦鬼士の死角へと回り込んだ。炎王角蚩鳳に乗りこんだインディアも蚩鳳剣を抜き構えた。
「王を語るこの亡者めが。」
事態を飲み込んだ古参の殻士ルータスが最初に斬りかかった。ルータスの駆る月王角蚩凰は、帝王角蚩鳳に剣をはじかれて殴り倒された。
「衰えたな。ルータスよ。昔のお前は、もっと速く剣が振れたのだぞ。」
弱き相手には剣すら使う気にならぬのだろう。相手の気位の高さが見て取れる。
「託言の子とやらよ。天獣の剣を置いていくなら、命までは。いや、それではつまらんな。やはり最後まで戦って奪い取る方が面白いわ。」
アースは、自分の持てる技量のすべてをこの敵にたたきつけるしか無いのだと感じた。
「お前の強さは誰のための者だ。」
アースが叫んだ。
「決まっておろう。そんなこと。自分自身のための強さよ。」
獅子叫王は笑いながら答えた。
玄の姫巫があの時言っていた言葉をアースは思い出した。
「民無き王。」
その言葉こそ、この狂った王にふさわしい。
「王の王たるをもって王たるとなし、王の王たらんをもって王たらんとなす。樹嵐の民を導き、滅び行く定めから十の氏族を救うのだ。」
その言葉を何度も何度も胸の中で繰り返した。この王の心の中には、自分一人しかいない。自分のためだけの強さを求めている。だから婿も娘も孫も国民も殺して平気なのだ。そう思うと先ほどまで憤っていた気持ちがすっと冷めていくのをアースは感じた。
夜が明けようとしていた。瑠璃王の船が夜明けの海へ向かって一つ、また一つと浮かび上がっていく。
傭具士団は団長カイナギが帰り着くのをずっと待っていた。ボロボロになった団長の大刀角蚩鳳が央府に着いたのはその最中だった。
「団長。」
ラズーが大刀角蚩鳳から降りてきたカイナギに抱きついた。
「スラヴヌ殿の仇は討ちましたよ。」
「ああ、話は聞いている。」
「なんすか、この見慣れない蚩鳳と剣は。」
「もらってきたんだ。樹嵐の底でな。さあ俺たちも船に乗ろう。新しい場所にも戦いや酒はあるだろう。そのときは俺たちの出番だからな。」
最後に旅立つ予定の船に玄の姫巫は乗っていた。
「そろそろ甲板から降りてくださらないと。」
呟道の尼僧が玄の姫巫を迎えに来ていたが、彼女は応じず、ずっと央府を眺めていた。
「まだ、いらしゃらないのよ。私たちの新しい王が。」
百五十人ほどいた獅子王党の殻士たちの半数がたった一人の戦鬼士によって行動不能にされていた。最初に戦っていたデルゼント公の側近は皆切り倒されていた。デルゼント公自身も肩口から斬られて息を荒くして地面にうずくまっていた。
「どうした、もうかかっては来ないのか。」
ヒッタイはかかってこない殻士たちに苛立って叫んだ。
「あの小僧はどこだ。もう一度戦わせろよ。」
ヒューッと風を裂いて矢が飛んできて、戦鬼士の青闇細小蟹蚩鳳の左腕に突き刺さった。彼は右の手でそれをすかさず切り落とすと矢の飛んできた方をにらんだ。
「誰だ、貴様は。」
相手は答えずに弓を連射してきた。何本かははじいたが、青闇細小蟹蚩鳳の左腕と右腕に突き刺さった。のこる一本の腕で矢を切り落とすとヒッタイは闇に向かって叫んだ。
「卑怯者め。誰だ。貴様は。」
「名乗る名前なんてないよ。戦奴だからね。いや今は傭具士か。」
闇の中から光翅を使って蚩鳳が飛び上がった。ヒッタイはその蚩鳳に向けて剣を投げつけた。剣と矢が行き違い、空の蚩鳳はまた夜明けの木々の中に姿を隠した。
「インディアといったか。あの獅子王党の殻士は。面白い戦いができるから丹翼弓を持ってきてくれと言ったが、また戦鬼士相手とはな。まあいい。報酬はたっぷりもらうから。」
腕の三本を矢で射貫かれて、無傷の腕で持っていた剣も投げてしまった。そこに隙が生まれるのは必定であった。
「うおおおお。」
雄叫びを上げて一人の殻士が戦鬼士の青闇細小蟹蚩鳳に飛びかかった。彼の蚩鳳剣はヒッタイが駆る青闇細小蟹蚩鳳の右腕を切り飛ばした。だれあろう五角大王角を駆るフロスグラウである。
「父の剣よ。力を貸してくれ。」
そう呟きながら、彼は距離を置いて構え直した。
それまで押しとどまっていた獅子王党の殻士たちは、入れ替わりながら戦鬼士が駆る青闇細小蟹蚩鳳に斬りかかっていった。あるものは腕で払いのけられ、あるものは蹴り倒されていたが、長い間戦い続けてきた腕に覚えのある獅子王党の殻士たちによって、次々に致命傷が負わされていった。
「そいつは頭を斬らなきゃ動きが止まらないぞ。」
また空の上から声が響いた。
「ご助言、かたじけない。」
フロスグラウはそう答えながら、父の形見である剣を構え直して、戦鬼士の蚩鳳に飛びかかった。致命傷にはならなかったが、五角大王角蚩鳳の放った首への一撃で、青闇細小蟹蚩鳳の動きが大分鈍くなっているのが見て取れた。
「再び死ねえ。黄泉の国の殻士よ。」
青闇細小蟹蚩鳳の死角でうずくまっていたデルゼント公が最後の力だと言わんばかりに戦鬼士の青闇細小蟹蚩鳳を斬り上げた。それまで胸甲の上につながっていた戦鬼士の蚩鳳の首がドサリと音をたてて地面に落ちた。戦鬼士との一つの戦いは幕を閉じた。




