第47章 奥の手
ヤバネと戦鬼士スクタイの死の知らせは迅速に不死王の元に届けられた。
「知に走り過ぎたな。まあ、同じか。あいつも、私も。」
不死王はそう呟いて天空城の窓から見える樹嵐の景色を眺めた。
「もうまもなく始まるだろうな。」
と言い、立ち上がった。ずいぶんと長く眠っていた気がする。長く生き抜いてきたが、他人の体に宿ったとしても、脳の方は限界であった。
「まあ、約束だったからな。この体はお前に返そう。」
そういって、若者の体から、胸の顔だけがずるずると出てきた。
「この体になってからは、カイナギやヤバネ、ロマーナ以外とは直接会っていない。だから、お前が不死王だったことは、誰も分からないだろうよ。ああ、そう言えば獅子駆王の子には会ったのだったな。」
若者は、不死王の言葉を黙ったまま聞いていた。
不死王の顔が抜け出た後、残された体の持ち主は、ひざまずいて礼をした。
「さあ、自由の身になって、お前も瑠璃王の船とやらに行くがいい。ただし、私と共有していた知識も持って行ってくれ。それを新しい樹嵐で役に立てるがいい。」
頭部だけになった不死王は、部屋の中をふらふらと浮遊して、予め若者に用意させていた水槽の中に飛び込んだ。
「せめて樹嵐の崩壊する様は見てから逝きたいものだがな。」
こうして、自分の体を取り戻した若者は深々と不死王のいる水槽にお辞儀をして立ち去った。
そのころ、牛那族の央府は避難民であふれかえっていた。
「どうすんだよ。ペウス。瑠璃王の船がどんなに大きくても、さすがにこの人達全員は乗せられんぞ。」
カールラは、一心不乱に古文書を読みあさるペウス達に向かって言った。
「夕べあたりから、海の方で変な匂いがするって話も聞いたわ。」
みんなのために軽食を運んでいる、ラップが話に加わった。
「だめだ、この本にも無い。」
カリギヌがいらついて古文書を壁に投げつけた。
「あせるな、きっと何か手はあるはずた。」
ザイナスがたしなめるように話しかけた。
「船の中には、解決につながるようなものは無かったか。」
とペウスは船の探索を続けていたカンカとワカヒト、ガフェリンに尋ねた。しかし、三人とも頭を振るだけだった。
「かなりいろいろなところに行ったんだが、鉱物や宝石、武具は見つかるが、こんな大人数乗せる方法なんて見つからなかったよ。」
カンカが膝を抱えながら返事した。
「そもそも、船が樹嵐に着いた時よりも、氏族の人数が増えているんだから、全員乗せるって無理筋じゃねえか。」
カールラが頭をかきむしった。
「でも、誰を乗せて、誰を置いていくって決められるの?」
ラップの素朴な疑問で、その場が凍り付いたように誰も口をきかなくなった。分かっていたことではある。このままでは、選別しなければ一人も助からないのだということも。
「まだ、樹嵐の崩壊までは時間があるはずだ。みんなで手分けして手がかりを探そう。今できることはそれしか無い。」
ペウスは重い沈黙を打ち破るように皆に語りかけてきた。
白樹のクウェルト公擁する犀甲族も遂に避難が始まり、央府へと続々と向かい始めた。同盟する白狗牙族はとっくに央府に着いているが、不死王軍側だからといって、央府にいる人々に差別されたり、迫害されたりしていないという情報がもたらされたからである。
白樹のクウェルト公が最後に城を出たときに、激しい地響きが聞こえてきた。
「王よ。萌胞が。」
樹嵐の最上部には、彼らの住む白樹と萌胞、茶茎の三つがある。その中心に不死王の天空城が築かれていた。萌胞はかつて攻め込んできた赤き島の女王軍と、樹嵐の氏族との激戦区でもあった。羚挂族が築いた巨大な迷宮もここにあり、瑠璃王の船もここから旅立ってきた。その萌胞が音をたてて崩れていく。同時に白樹にも、立っていられないほどのものすごい揺れが襲ってきた。
「急げ、ここも崩れるかもしれん。」
揺れが収まるなり、王は自分たちの臣民に呼びかけて避難を急がせた。もともと犀甲族は数がそんなに多くはなく、臣民の多くが優れた殻士、甲士、聖理帥などである。彼らの駆る蚩鳳や、聖理で動く荷駄車を使って迅速に避難していった。
不死王と別れたあの若者は、天空城で働いていた者たちとともに、犀甲族の避難民に紛れて央府へと向かっていた。
「せっかく自由になれたんだ。こんなところで死んでたまるか。」
降りかかる噴石に耐えながら、若者は歯を食いしばって歩き続けた。
白樹の犀甲族を最後にして、樹嵐の全氏族がとうとう央府へ集まった。幸いなことにまだ、誰も瑠璃王の船は目にしていない。船は一つしか無い。だから、この大人数を乗せるための選別が必要になるという不安を抱くことは無かった。
「どうする、人数がさらに増えたぞ。」
カールラが央府からの知らせを受けてさらにいらついた。半月ほど前から、異常な揺れが繰り返されていた。さらに萌胞が崩れ去ったという知らせも届いた。
「さすがに、まずいんじゃないのか。」
カンカが額に汗を噴き出しながら答えた。
「でも、できるだけ多く助けたいわよ。」
ラップがみんなに言った。そう、皆、思いは同じなのだ。だから、この一ヶ月眠る時間や食事の時間も削って解決方法を見つけようとしていた。だが、見つからなかった。
自由になった若者は央府に着き、温かい食事と寝袋を与えられて久しぶりにゆったりとした一夜を過ごせた。そしてぐっすりと眠れた。
「自由になれたようで良かったな。若者よ。」
聞いたことがある声が夢の中で若者に語りかけてきた。
「だれ、君は。」
「ああ、つい最近まで君の主だった男さ。」
「えっ、不死王様。」
「もう体を動かすことはできないので、ちょっと特別な魔理を使って話しかけてみた。」
「お体は大丈夫なんですか。」
「ああ、萌胞が崩れる様はよく見えたぞ。」
「そんな。」
「だが、少しまずい状況のようだな。」
「えっ。」
「樹嵐に散った氏族の家族が増えすぎてしまったのだ。」
「どういうことですか。」
「このままでは全員は船に乗れまい。」
ここまで来て死ぬのか。若者は絶望した。
「せっかく自由になったのに。」
「そこで、お前に一つ頼みがある。」
若者の絶望を悟ったのか、不死王は優しく語りかけた。
「これからお前を瑠璃王の船に転送する。そこで水晶の乙女達に会い、言付けを頼みたい。」
「えっ。どうやって。」
返事をする間もなく、若者の体は寝袋ごと央府の野営地から消えた。
つぎの瞬間、若者は見知らぬ人物達の間に寝袋ごと現れた。
「だれだ、お前。」
カールラが身構えた。続いて、ワカヒトとガフェリンが剣を構えた。
もぞもぞと寝袋から出て立ち上がった若者は一行を見渡した。
「不死王から皆さんに言付けを、頼まれました。」
「不死王だと。」
周囲の人物達はさらに殺気を放ち、斬りかからんばかりになっている。ヤバネが央府の外まで襲撃した知らせは、ここにも届いているからだ。
「待って、話は聞こう。まずは剣を納めて。」
ペウスの言葉に二人は渋々と従った。
「で、言付けというのは。」
「水晶の、水晶の女、少女、ああそうだ水晶の乙女達にって頼まれました。」
「どうする。」
カリギヌがペウスに話しかけた。かなり、いい身なりをしているが、その華奢な体つきを見る限り、殻士や甲士では無い。剣士でも無いだろう。まして杖も持っていない。聖理帥や魔理師である可能性も低い。
「みんなを呼んできてください。」
ペウスはまっすぐに若者を見つめてそういった。周りのものたちはしばし固まったが、ラップが走って七人の水晶の乙女達を呼びに行った。
七人の水晶の乙女がそろうと、若者は彼女たちに向かって古代語で詠唱を始めた。若者人身には全く意味の分からない言葉であった。そのため、びっくりした顔で話し続けている。しかし、カリギヌが聞いた限りでは、かなり流ちょうな古代語の詠唱であった。
詠唱は静かに終わりを告げた。すると瑠璃王の船が浮き上がってきたときのように、水晶の乙女達が輝き始めた。
「ああ、そうか。つながったわさ。」
紅目耳のオリクトアが最初に話し出した。
「そうね、きっと大丈夫ですわ。」
黒糸目のアーテルフェリの針のような瞳孔が輝いている。
「だってぇ、瑠璃王様達がぁ、これだけ氏族の人数が増えてしまうことに対して解決策を考えていないことは絶対に無いわ。」
膨茶尾のタミアスがゆっくりと話し続けた。
「そうね。その通り。」
茶丸耳のニクテレウスがうなずいた。
「だから私たちは選ばれた。」
銀筆尾のパラシートスがきっぱりと言い切った。
「一人では無く。」
袋桃腹のイフンケが元気よく続けた。
「全員が。」
針長尾のムスクルスが、笑顔で一行に話しかけた。
光り輝く乙女達を見ながら、周囲に集まってくるペウス達一行をゆっくりと見回して、水晶の乙女達は声を揃えていった。
「大丈夫。この人の言付けのおかげですべてつながったわさ。」
紅目耳のオリクトアが話した
「瑠璃王の船はもっとあるのです。」
黒糸目のアーテルフェリは瞳孔をさらに輝かせた。
「そうですぅ、この船とだいたい同じ大きさのものがぁ。」
膨茶尾のタミアスが一言一言ていねいに話し続けた。
「私たちの人数分以上に。」
茶丸耳のニクテレウスはペウス一行が安心するように話しかけた。
「さっきの古代語で起動して、こちらに向かってくるわ。」
銀筆尾のパラシートスが語気を強めた言い切った。
「そうだからみんな乗れるわ。安心して。」
袋桃腹のイフンケが声を張り上げた。
「これが瑠璃王の奥の手よ。」
針長尾のムスクルスが、笑顔を一行にふりまいた。
それだけ言い終わると、水晶の乙女達の輝きは少しずつ薄れていった。
ペウス達は歓喜の声を上げた。
「みんな乗れるって。みんな助けられるんだって。」




