第45章 練資社の試練
四天王の中で最古参は剣聖キルディスである。彼は獅子心王の友人でもあった。続いて剣崇ロマーナが加わった。陽気で人たらしな剣崇は、樹嵐の各地で人気者を集めた。
赤き島の女王軍との戦闘が本格化していく中でめざましい功績を挙げたのが、当時はまだ茎自から刃自になったばかりのダイリスであった。彼は剣竜の称号を与えられた。そして四天王の中で最も若く、もっとも遅く選ばれたのが剣狼ゴリアテである。彼の力強い剣技は、多くの隈黒族の人々の命を救った。
獅子心王の死と共に、剣聖キルディスは湖国の第一の殻士となり、紫丘を去った。
剣崇ロマーナは剣の道ではなく、政治の道に関心を示した。赤原公となった彼は、不死王と手を組んた。これによって、獅子吼族の崩壊が加速していった。
獅子吼族の崩壊前に、鬣丹族の殻士団に所属していた剣竜ダイリスが突然失踪してしまった。残された弟のカイナギは鬣丹族の滅亡時に妻子を亡くした。自分自身も、裏切り者扱いされて、味方から斬られてしまった。その後、彼は不死王直属の傭具士団の団長まで上り詰めている。後頭部の巻紙を切り落としたざんばら髪は彼の殻士としての身分との決別でもあった。
さて、四天王の中で武の探求に最も貪欲だったのが剣狼ゴリアテである。彼は政争や氏族の対立に嫌気が差して、ゆかりのある牛那族の央府に向かった。そこで剣狼の身分は隠して、隠棲生活を送っていた。その生活の中で、近所の子供達にちょっとした剣技や徒組を教えたのが練資社の始まりでもあった。それ故に彼が作った練資社は、身分の差や氏族の差を問わなかった。
「剣の前には皆平等。」
がゴリアテのモットーとなっていった。
その当時は幼子だった子供達も成長し、ある者は殻士団に入団し、ある者は甲士として自分の一族を守るために精を出していた。何人かはそのまま練資社に残り、今度は自分が教える側になって後輩を育てていった。
幸いなことに牛那族の五家戸が支援してくれたこともあって、立派な道場や弟子達の宿泊所、食事なども用意してもらっていた。
瑠璃王の船発見の報を聞いて、すぐに護衛に向かったのがこの練資社の面々である。剣狼ゴリアテは、弟子達の先頭に立って金剛蚩凰を駆り、避難民の護衛に当たった。彼は天獣の剣の一つを携えていた。化獣が現れると、彼はすぐに白戟震という技で迎え撃った。
練資社の師範としてゴリアテの右腕となっているのが白狗牙族のキーズである。練資社に加入する前には、戦奴として闘技場にも出場していたという人物である。かつては戦奴に剣を教えていた経歴を生かして、たいへん面倒見の良い師範となっていた。
もう一人のクインはゴリアテの左腕とも呼ばれている灰狼牙族の人物であった。掌踵と呼ばれる剣を用いない打撃技の達人であり、練資社でもその技を余すところなく若者に伝えていた。隈黒族のオーガスは、練資社の道場で三番目に名前が掲げられている師範である。やや無口で無愛想なところはあるが、がっしりとした体格を生かした関節技、徒組の師であった。
隈黒族の甲士であるポレスは、五黒剛蚩凰を駆っている。最も若い練資社の師範の一人であり、隈黒族の族長パグンズの第五子であった。ペウスの異母兄では会ったが、彼と最も親しく接していた人物でもある。
ポレスを筆頭にした蚩鳳乗りは五十名近くになっていたが、各自の判断で避難民の護衛や化獣の討伐を行っていた。
戦鬼士スクタイを傭具士との戦いで失ったことを聞かされたヤバネは
「先行しすぎおって。」
と一言だけ漏らしたが、配下の者たちに自分たちの作戦に変更はない旨を伝えた。自分たちの戦鬼士と棄躯を中心とする本隊は、あくまで瑠璃王の船の強奪が目的である。
瑠璃王の船奪還の上で、残りの障害となるだろう獅子王党には、戦鬼士の中でももっとも嫌な相手を用意しておいた。別働隊の数は少ないが、獅子王党相手なら問題は無いだろうとヤバネは予想していた。
見慣れない蚩鳳が隊列を作って向かっているという情報が牛那族の諜報機関である「青包」によってもたらされた。殻士や甲士を持たない牛那族にとって情報こそが最優先の武器である。だから、「青包」はそのために各地に散っていった。
五家戸から敵襲の情報を受けた剣狼ゴリアテは、央府の城門の前に練資社の面々を集めた。
「青包から届いた情報によれば、相手は棄躯のようだ。どうも不死王近衛殻士団が動いているのでは無いようだな。」
ゴリアテは白狗牙族の師範キーズに確認をした。今でも白狗牙族にいる知己と連絡を取り合える彼の情報は信頼できるものであった。
「キーズ、クインは引き続き避難民の誘導と護衛に当たってくれ。ポレス、お前は蚩鳳隊を率いて城門の前を固めてくれ。」
こうして、各自がゴリアテの指示の下、テキパキと動き始めた。
ヤバネの中央隊は夜襲を仕掛けてきた。央府の城門を突破しなければ瑠璃王の船に到達できないからである。青包からの情報で中央隊の行動を把握していたゴリアテは敢えて蚩鳳隊の防衛体制を一度解き、門の内側や城壁の上に隠れさせた。
「のんきに寝静まっておるわ。これで船の天宝輪は手に入ったも同然だ。」
ヤバネはにんまり笑うと、棄躯部隊に門の破壊を命じた。
動き始めた棄躯部隊に呼応するように、門の内部に隠れていたポレス率いる蚩鳳たちが次々と出てきた。
「気づかれておったか。まあ、普通の蚩鳳相手なら問題はない。倒せ。」
ヤバネは叫んだ。
だが、ヤバネは知らなかった。スクタイ討伐の情報が練資社にも共有されていたことを。 戦奴時代にワーズの教え子でもあったラズーにより、棄躯や戦鬼士との戦いの情報が既に伝わっていたのである。
蚩鳳隊は傭具士が用いていた槍や弓では無く、棍と呼ばれる打撃武器を用いて三体一組となって棄躯に立ち向かっていた。剣や刺突で彼らの動きを止めることはできない。だが、関節を絡め取った上で、頭部への一撃を加えればその動きは止められる。
棄躯の一体が三体の蚩鳳に絡めとられて居るところに、城壁の上にいた蚩鳳が飛びかかり、棍で殴りつけた。棄躯の頭部がひしゃげると同時に動きが止まった。こうした四対一の戦いによってヤバネの率いる中央隊所属の棄躯は次々と討ち取られていった。
「ええい、所詮は負け犬の寄せ集めよ。敗残兵の死体をどういじったところでたかがしれているわい。戦鬼士を前へ。」
ヤバネの叫び声に応じるように中央隊の後方に位置していた蚩鳳が動き始めた。
「フラティス、ティクリス、双椰蟹蚩鳳二体であいつらを片付けろ。」
ヤバネの命令で二体の蚩鳳が動き始めた。双子のようにそっくりな外見をもった藍色の装甲。通常は頭部に二つの複眼をもつ蚩鳳だが、この二体は突き出た二対の複眼を持っていた。さらに中央部に一つの巨大な眼があった。頭部には二対の細長い触覚を持ち、巨大な鋏状の腕に蚩鳳剣がくくりつけられていた。その姿は、蚩鳳と言うより、絵巻物に出てくる古代化獣にも見えた。
「まだ作りたてで呪装紋もろくにかけていないが、こいつら相手なら十分だろう。」
二体で進みゆく藍色の蚩鳳の前に金色の蚩鳳が立ち塞がった。
「これはこれは、珍しいものを。戦鬼士ではないか。剣狼がお相手をつかまつる。」
ゴリアテが剣を抜き、構えを取った。
「皆は距離を取って。」
その声と同士に四対一組の蚩鳳達は後方に下がっていった。
「剣狼殿が相手とは。誠にうれしい。」
戦鬼士のうちの一人、ティクリスがこれに応じた。
「・・・。」
もう一人の戦鬼士フラティスは無言でゴリアテに斬りかかってきた。
双椰蟹蚩鳳二体から繰り出される剣技を、剣狼ゴリアテは次々との凌いだ。双椰蟹蚩鳳は縦に重ねあって、繰り出す剣筋を見えにくくしたり、他方の斬撃にゴリアテが応じると、それにあわせて死角から突き技をしてきたりした。
ゴリアテはそのすべてを軽く受け流した。剣技だけで無く、徒組などの関節技や掌踵など打撃技、そして様々な武器を取り入れて武の探求を続けてきた。弟子達との日々は、彼自身の技量をも飛躍的に向上させていった。
ゴリアテは反撃を開始した。フラティスの双椰蟹蚩鳳を右から左に横薙ぎにして両断した。返す刀で踏み込んできたティクリスの双椰蟹蚩鳳を左から右に横薙ぎにして切り裂いて倒した。
「さすが、師匠。もう倒したのか。」
蚩鳳隊のポレスがほっと胸をなで下ろしたところで、とんでもない動きを敵の二体の蚩鳳がし始めたのである。なんと斬り倒された二体の上半身がくっついて一体となって復活してきたのである。フラティスの双椰蟹蚩鳳が上に、ティクリスの双椰蟹蚩鳳が逆立ちしたように下にくっついて浮いている。
脚が無いためか、光翅を用いてゆっくりと飛翔している。
「噂に違わぬ醜い姿よ。これが戦鬼士か。」
ゴリアテは吐き捨てるように言った。
先ほど倒された棄躯の蚩鳳剣を取ると、合体した戦鬼士の双椰蟹蚩鳳は四本の腕で攻撃を始めた。双椰蟹蚩鳳本体が飛翔しているためか、速さはあるものの重さはない。
「ポレス、お前の蚩鳳剣を貸せ。」
ゴリアテの叫びに応じてポレスが蚩鳳剣を投げた。ゴリアテは四本の腕の攻撃に対応するために、とっさに二刀流の構えを取った。
受け止める剣と斬りかかる剣、闇の中で火花が散った。幾度も幾度も。
「ああ、こんな奴らに使うのはもったいないが仕方あるまい。」
ゴリアテは二つの剣を前に突き出して構えた。琺を練り始めるとすさまじい稲妻が飛翔する合体した双椰蟹蚩鳳に躍りかかった。その間にゴリアテは相手の左側の腕を二本切り落とした。
「これが白戟燐。」
まだ若い蚩鳳乗りが固唾を飲んで剣狼と戦鬼士の戦いを見守っていた。
突然ゴリアテの蚩鳳が跪いた。ポレスから借りた蚩鳳剣が中程から折れて、敵の攻撃が胸甲に突き刺さっていた。
剣が刺さったままであったが、ゴリアテは残っている天獣の剣で合体蚩鳳の頭部を二つとも切り落とした。
「返すぞ。ポレス。」
そう言って折れた剣ではなく、天獣の剣をポレスに投げ返した言葉が、剣狼ゴリアテの最期の言葉となった。
中央隊の後方に位置していたヤバネは、この戦いで配下の戦鬼士も棄躯もすべて失った。
「こんな馬鹿な。」
その後ろから青包の一人がヤバネの胸を貫いた。それを合図に次々とヤバネの体に青包の剣が突き立てられた。
不死王直属の典怜として、禁断の知識の研究に手を染めて、戦鬼士や棄躯を生み出してきた男の最期でもあった。




