第44章 傭具士の矜持
ヤバネ直轄の兵力の中でいち早く瑠璃王の船がある央府に向かったのは、黄昏の戦鬼士の一人スクタイであった。屍屠顎蚩鳳を駆る彼は、ヤバネが直接率いる棄躯達と離れて先行して央府へ向かっていた。カイナギのいる傭具士団が央府に向かったとの情報を得たためである。彼の目的はただ一つ、傭具士団長カイナギとの再戦であった。
後ろに楕円形の発達した頭部が伸びているその蚩鳳は、灰色の甲殻にびっしりと書き込まれた刻紋が浮き出ていた。動きも、通常の蚩鳳のような滑らかな動きと異なり、ギクシャクとしていたが、歩む速さは異常に速かった。右手には先端が鎌状に突き出て戦斧を持ち、臨戦態勢で進んでいた。
央府へ向かう枝道の途中で森が急に開けた場所があった。そこに一体の蚩鳳が立っていた。胸甲を開き、傭具士の一人が黄昏の戦鬼士スクタイへ呼びかけた。
「黄昏の戦鬼士殿とお見受けする。先日は我が団への攻撃見事であった。さて本日は貴様に副団長スラヴヌ殿の敵討ちを申し出る。」
スクタイも胸甲を開き応じた。
「誰だ、お前は。団長はどうした。俺はカイナギと戦いたい。」
「あいにく団長は別行動でな。今日は俺たちが相手になる。」
森のあちこちに伏兵を偲ばせているのであろう。殺気を放つ蚩鳳の姿が見え隠れしていた。
「面白い。雑魚がいくらかかってきても勝てはせぬぞ。」
「俺は傭具士のラズーだ。スラヴヌ副団長にはいろいろと恩義があったな。相手をしてもらうぞ。」
ラズーは赤棘網眼蚩鳳の蛮刀を構えた。カイナギとの戦いを目の当たりにしていたラズーは、相手の装甲の強度を十分理解していた。彼が得意とする刺突剣では通用しないと考えていたためである。
後ろから傭具士の一人が屍屠顎蚩鳳に斬りかかった。スクタイは上体をひねって斬撃を交わすと、傭具士の駆る蚩鳳の首を戦斧で切り飛ばした。
すかさずラズーが死角から切り込んだが、戦斧の柄で防がれた。
「いったろう。雑魚では話にならんと。」
スクルトの高笑いが広場に響き渡った。
「いいだろう。死出の旅路の前にこの技を目にして旅立つと良い。」
屍屠顎蚩鳳の甲殻の刻紋が血を帯びたように赤く光った。やがて、その光が薄れた。その周囲が色を失い始め、彼の蚩鳳を中心に、徐々に広がり始めた。
「離れろ、負の琺だ。」
ラズーは、剣での戦いを望んでいた傭具士達に距離を取らせた。この技もカイナギとの戦いで目にしている。かなり距離を取れば、負の琺の影響は問題ない。しかし、あの場にいなかった数人の傭具士達が負の琺にまるで引き寄せられるかのように斬りかかった。三人の蚩鳳が一気に動きを灰色の琺に絡め取られて、屍屠顎蚩鳳が振るう戦斧の斬撃が一周する前に倒された。
「だから離れろって言っただろう。」
ラズーの語気に押されたのか、灰色の琺に絡め取られていた残りの蚩鳳がかろうじて距離を取って逃れた。
ラズーは苛立っていた。数の利がこちらにあることを知っていたからである。そして、剣での戦いにこだわった者たちはやはりそれなりの腕利きであるため、今後の作戦に欠かせなかったからである。
「ラズーとやら、次は仕掛けてこないのか。これで終わりか。」
地面に戦斧を突き立てて、スクタイが腕を組み、斬りかかってこいとばかりに挑発をしてきた。
森に潜んでいる傭具士達に離れろ合図を送ったラズーは、自らスクタイの前に立ちはだかった。隠れている傭具士達には予め陽動のために、距離を取って絶えず移動するように指示してある。
「腰抜けばかりを部下に持つと、お前も気苦労が絶えんな。」
スクタイは戦斧を構えると負の琺をまといながら斬りかかってきた。周囲の流由風を完全に止める技である。ラズーは自らも気を練り、周囲の流由風を蚩鳳の周囲にまとわりつかせた。カイナギ団長のように自由に琺を扱える技量は無かった。攻撃に使えるほどの琺を練り上げることはできなかった。あの戦いを目にして、ラズーが編み出した技が、琺を鎧のようにまとう方法である。しかし、ラズーの赤棘網眼蚩鳳は甲蚩鳳ではない。屍屠顎蚩鳳の振るう戦斧の攻撃を一撃でも食らえば即死である。負の琺の影響を最低限にとどめながら、ラズーはスクタイと切り結んだ。
ラズーは蛮刀の幅広い側面を用いて、戦斧の重い斬撃の角度を変え、スクタイの攻撃を何度も受け流した。蛮刀と戦斧が切り結ぶ度に火花が散った。
通常の蚩鳳戦であれば、蚩鳳が熱を帯びて行動不能になる時間が来る。
「時間稼ぎか。つまらんな。」
戦闘不能になる時間を待っているという、ラズーの作戦の意図を見抜いたスクタイは呟いた。ところが屍屠顎蚩鳳の動きは全く鈍らない。この蚩鳳は通常の蚩鳳とは全く異なる性能を持っているのだろう。そのことを熟知しているスクタイは戦いに急に興味を失いつつあった。
「カイナギを出せ。お前らではつまらん。」
とスクタイが叫び終わると同時に、紅鷺蚩鳳が上空かに躍り出た。
「やっと出たか。死に神団長殿。こうでなくては。」
スクタイは戦斧を構え直すとにやりと笑った。
だが紅鷺蚩鳳が手にしたのは蚩鳳剣では無かった。
「だれだ。お前は。」
そうだ、あの時カイナギが駆っていたのは、紅鷺蚩鳳ではない。よく似てはいるが、棄躯のルマナが駆っていた朱鬣蚩鳳であった。
スクタイが問いかける前に、紅鷺蚩鳳が手にした丹翼弓から矢が放たれた。スクタイはとっさにその矢を戦斧で払って攻撃を回避した。
その余裕のなさにラズーは笑った。
「隊長の読み通りだな。」
森の奥に隠れていた傭具士団の蚩鳳が剣を構えて距離を詰めてきた。と同時に樹上に潜んでいた数多くの蚩鳳から矢が放たれた。さすがの黄昏の戦鬼士も、周囲全域からの攻撃を凌ぐことは困難であった。
「卑怯な。」
「何が卑怯だ。俺たちはもともと傭具士だぞ。」
「何だと。」
「勝てば稼げる。負けたら死ぬんだ。使い捨て上等の傭具士団に卑怯なんて言葉は無いぞ。」 ラズーの叫びに応じるように再び戦斧を構えたスクタイは斬りかかってきた。上空からシーバの紅鷺蚩鳳が丹翼弓を連射した。その一つが屍屠顎蚩鳳の右目を射貫いた。同時に樹上から雨あられと大量の矢が降り注いだ。ほとんどの矢が装甲にはじかれたが、何本かが、屍屠顎蚩鳳の関節に突き刺さった。もともとギクシャクとした動きだったスクタイの蚩鳳は、関節に矢を受けたため、動く速さを失った。ただ戦斧を振り回し、周囲の蚩鳳が近づけないようにするのみとなった。
いつの間にか屍屠顎蚩鳳の刻紋が放つ赤い光も亡くなった。屍屠顎蚩鳳は、負の琺を放つこともできなくなっていた。
「卑怯すぎるぞ。貴様等。」
スクタイはあえぎながら叫んだ。いつの間にか胸甲の隙間を打ち抜いたシーバの矢を、スクタイ自身も胸に受けていた。
「これが傭具士の戦い方だよ。」
勝利のためには手段は選ばない。幾度の戦いを乗り越え、仲間の死を見送り、生き残ってきた傭具士団員たち。それが彼らの矜持でもあった。
負の琺が亡くなったことで剣を持つ蚩鳳も容易に近づけた。ラズーは蛮刀の一閃でスクタイの右腕を切り飛ばした、矢が刺さっている関節が弱点であることが分かったため、そこを狙ったのである。屍屠顎蚩鳳の持っていた戦斧も右腕ごと飛ばされて地面に転がった。
先ほどまで剣を構えていた蚩鳳達は、いつの間にか長槍に武器を持ち替えてスクタイの蚩鳳の周囲から一斉に突きかかってきた。戦斧を失った彼には、その突撃を防ぐ術がなかった。
槍を体中に突き立てながらも屍屠顎蚩鳳は動きと続けた。突進を食らって数体の傭具士団の蚩鳳が弾き飛ばされたが、致命傷には至らなかった。
槍を突き立てられて、さらに動きが鈍った屍屠顎蚩鳳に向かってシーバが再び上空から丹翼弓の連射を浴びせた。今度は屍屠顎蚩鳳の左目を射貫いた。
もう何も見えないだろうに屍屠顎蚩鳳は周囲への突進を繰り返していた。そこには蚩鳳は一体もいないのに。屍屠顎蚩鳳は周囲の木々をなぎ倒して突進し続けた。
その動きが完全に止まるまでなんと半日もかかった。突然がくりと動きを止めて屍屠顎蚩鳳は森の中に倒れ込んだ。しかし、まだ動くのでは無いのかという不安からか、誰も近づこうとしなかった。さらに一刻が過ぎた。意を決して近づいたラズーが、屍屠顎蚩鳳の首を切り飛ばした時に、彼ら傭具士団はようやく自分たちの勝利を確信できた。
「副団長スラヴヌ殿の敵討ちだから、どこからも報酬は出ないぞ。」
分かってはいたことだが、傭具士達は、命がけの戦いを終えて、少し落胆していた。
「ただ、団長個人から、今回の作戦のために金を預かっている。今から全員にそれを配るからな。」
というラズーの叫びが傭具士団の勝利の雄叫びを呼ぶきっかけとなった。
「ウォー。団長、さすがだ。」
生き残った傭具士達の顔は喜びにあふれた。
樹上から下りてきたシーバは丹翼弓をしみじみと眺めた。
「すごい威力だな。この弓は。」
ラズーはそのシーバに語りかけた。
「天獣の体から作られたらしいぞ。その弓は。獅子王と四天王が持つ天獣の剣なみの由緒正しい武器らしい。獅子王や不死王とともに行動した翼士長フブラムが手に入れた秘宝だからな。」
シーバは、それを聞いて、弓の威力に納得できた。
「カイナギ団長は、それを分かっていて、俺に取りに行かせたんですか?」
「さあな、でもあの王座の蔵の鍵は剣聖からもらったらしいぞ。立ち会いの前にな。」
「どうして団長が。」
「団長は元々、丹鬣族で殻士をしていたらしいからな。」
「そう言えば、団長によく似た肖像がありました。」
「まっ丹鬣族のお前には良くお似合いの弓ってことだな。あの連射も、目を射貫く腕も良かったぞ。」
珍しくラズーが褒めるので、シーバは正直なところ居心地が悪かった。




