第43章 避難者の隊列
瑠璃王の船発見の知らせを受けた各国は、計画的に国民を避難できるように動き始めた。その中心となった氏族が牛那族である。もともと商人として栄えていた氏族であり、樹嵐を縦横に結ぶ街道を整備し、各国の特産物を取り扱ったり、商店を出店したりしていたため、各国の王族、貴族との結びつきも強かった。さらに、犂蹄を用いた荷駄車をはじめとする人員の輸送や避難物資の確保などについても手配を行った。
牛那族の中心となる五家戸の中でも、その避難計画の陣頭指揮に当たったのがセウカである。央府の外れで武具屋を営んでいたという彼だったが、実は五家戸の一つクリュ家の後継者であった。彼女は魔女ゼリアにさらわれた娘と結婚し、今では家を継いでいた。魔女にさらわれていたあの娘もまた、五家戸の一つフミン家の令嬢であった。
セウカの采配の元で、不足する荷駄車の建造や飛蝗の育成、食料の手配などが五家戸の総出で進んで行った。
まず迅速に動いたのが鹿晋族である。胚蝉酒手配の件から、根の国にも瑠璃王の船の事情がいち早く伝わった。鹿晋族の人々は胚蝉を連れて瑠璃王の船の元へと続々と移動を始めた。もともと争いを嫌う氏族であるため、樹嵐崩壊への危機感も一番高まっていた。棲んでいる場所でも、根の国が樹嵐の最下層に当たるため、もっとも早く海に飲まれるのではないかと危機感をもっていたのもあったのだろう。
続いて緑野の馬弓族が移動を開始した。彼らの飼育する滑空蝗や天牛虫といった家畜は膨大である。家畜を連れての移動に時間がかかると推測した判官家の判断である。今までずっといがみ合っていた頭領家とも樹嵐の危機に際して和解し、手を結んで移動を開始した。移動にあたっては、ガウェンも所属する政官家が実際の采配を振るった。
さらに黒森の隈黒族が移動を開始した。もともと、森のあちこちに分散して砦城を築き暮らしていたため、瑠璃王の船を発見したという情報の共有や移動計画に戸惑っていたものの、もともと楽天家で陽気な気性が幸いして、移動すればなんとかなるだろうと動き始めた。移動の途中で、多少は同族同士の小競り合いが見られたが、死傷者が出るほどの事態にはならずに済んだ。
各地の地下に分散して住んでいた羚挂一族は、地下暮らしに適応するための独特の通信手段を持っていた。そのため、独自に連絡を取り合い、続々と央府へと集合し始めた。ただし、彼らは地下から持ち出した家財道具や鉱石を大量に運んだため、その歩みは遅かった。
白樹の犀甲族は、移動の判断に戸惑っていた。もともと彼らは不死王軍の主力であるため、主である不死王の指示を待っていたためである。クェルト伯を中心に王族貴族は白樹の首都に集まっていたが、指示待ちで待機している状態であった。
同じく不死王軍の勢力である赤原の白狗牙族は新剣崇となったガレイ指示の下、移動の計画を作成し、すぐにでも動き出せる体勢をとった。一応不死王からの指示待ちという表向きは装っていたものの、亡くなった剣崇ロマーナや近衛殻士団を引退したガリア達とは異なり、不死王との結びつきも弱い銃士隊出身のガレイは
「義理立て無用。」
との判断の下で着々と計画を進めていた。
白狗牙族の支配下にあるとはいえ、灰狼牙族は、不死王に対しては何の遠慮もすること無く、身徒殻士団を中心として移動を開始した。もともと清貧を旨とする彼らが、荷物も少なく、一番身軽に移動できていた。彼らは、隠れ家に残っていた呟道の僧たちと共に行動して央府へと向かった。
生き残ったわずかな鬣丹族は、現在所属する各氏族の移動に伴って動き始めた。牛那族の商店で働いているものは商家の移動と共に動いていた。技芸に属している者も多かったので、技芸一座の移動と共に央府へと向かった。これはかつて敵対していた不死王軍の攻撃から鬣丹族としての身を隠す目的もあったのである。
逆に移動に時間を取られたのが、湖国の剴喬族である。彼らは離宮の女王ニヴィアンがいるため、おいそれとは移動できる立場に無かった。海翡族の生き残りである女王ニヴィアンは、大量の水が無ければ生き続けられず、蚩鳳胚を生み出す天宝輪の機材も大がかりなものであったために、運び出すのに時間を取られた。新王クルスと新剣聖ランスは翼竜殻士団と協力して、牛那族に打診し、この難問の解決に取りかかった。女王ニヴィアンのために、巨大な水槽がしつらえられた。それを蚩鳳を使って運ぶことで女王の移動の問題は解決した。一角騏に先導され、蚩鳳が担ぐ巨大な水槽は、湖国の人々と共に央府を目指した。
蚩鳳胚を生み出す天宝輪の機材は幸いにも瑠璃王の船に同等の機能が備わっていることがザイナスやケイロンの調査で分かり、製造方法の情報とわずかな材料の移転で済むことが分かった。
最後まで方針が決まらなかったのが獅子王党であった。もともと不死王軍と敵対していたために表立った行動がとれずにいた。さらに各氏族の不平分子を取り入れて、様々な氏族の元殻士、元甲士を抱えていたために、そもそも意見がまとまらなかったのである。
デルゼント公は獅子王党に属していない獅子吼族の移動開始を牛那族に打診した。そして五家戸の協力を得て非武装の獅子吼族の移動がようやく始まった。
央府へと続く五街道は避難者の隊列であふれていた。しかし、牛那族による宿泊場所や食料の提供が十分にあったため、移動に時間はかかるものの大きな混乱は見られなかった。
不死王直轄の軍である傭具士の下にも不死王からの指示は無かった。カイナギは
「しばらく様子見だな。」
といって白狗牙族の近衛殻士団や犀甲族の白峰殻士団の動向を配下の者に調べさせていた。白狗牙族が新剣崇ガレイの指揮の下、移動を開始したとの知らせを受けると、すぐに犀甲族も移動を開始したとの知らせが伝わってきた。同じ頃、ようやく不死王からの指示の手紙がカイナギの下に届いた。
「瑠璃王の船を傭具士団全員の戦力でもって奪い取れ。」
という内容を傭具士達の前で読み上げたあと、カイナギはこう告げた。
「これは偽物の指令だな。そもそも、不死王とは直通の伝心球がある。今まで手紙などで指示を受け取ったことは無いからな。」
「ではどうするのだ。」
「とりあえず傭具士団全員で央府に向かう。そこに行けば、偽物の指令を誰が出したかは分かるだろうからな。」
命令を受けたシーバが復唱した。
「了解しました。全団員へ指示を送ります。移動は分隊長ごとの指示に従って目立たぬように行います。」
傭具士団としても、不死王の意向がはっきりしない状態では獅子王党や鬣丹族の生き残りとの戦闘は極力避けたかったからである。
天空城では、不死王が深い眠りに陥っていた。肉体は他者に間借りして生きながらえてきたものの、さすがに脳そのものの限界時期が近づいていたためである。彼が眠っていることをいいことに、瑠璃王の船の天宝輪を手に入れようとしたヤバネは偽の指示を傭具士に送ると共に彼の配下である棄躯や戦鬼士に招集をかけた。指令を送ったものの、傭具士が十分な働きができなかった場合に備えた指示であった。
非武装の獅子吼族の移動が一段落ついたころ、ようやく獅子王党の党員達が三々五々移動を始めた。彼らは目立たぬように、五街道は使わずに枝道のみを使って央府へと向かっていった。




