第42章 剣崇の後継
剣崇ロマーナの死からしばらくして、剣崇の後継者選びが本格化した。不死王近衛殻士団を統括する立場である白狗牙族にとって、後継者の選定は速やかに行われるべきものであった。
近衛殻士団長ガリアも体調が回復しないことを理由に引退を表明していた。そのために、後継者選定の大義名分として、ロマーナの娘婿として選ばれた者が剣崇を継承することとなった。
剣崇を継承するに当たって、蚩鳳乗りとしての技量も当然であるが、ロマーナの娘の眼鏡にかなう必要もあった。
近衛殻士の副団長のエウアンドロスは技量だけなら十分であるが、婿選びという名分に従い、中年の域にさしかかっているため、後継を辞退した。何より彼は既に妻帯者であった。
近衛殻士団の中では、一番若手のアスクニオスを推す声が高まっていた。若手であるがその腕前は確かであり、剣崇の後継として成長していけるだろうという意見であった。
白狗牙族の国、赤原には近衛殻士団の他に銃士隊という殻士団が存在している。近衛殻士団が家格や血統を重視するのに対して、銃士隊は蚩鳳乗りとしての技術を重視していた。
近衛殻士団が基本的に不死王か赤原公の命令で動くのに対して、銃士隊は赤原の治安を守る実働部隊であった。そのため、化獣掃討や不穏分子の排除など戦闘経験だけなら、近衛殻士団を上回っていると言われていた。
銃士隊の筆頭を務めているのが、前近衛殻士団長ガリアの息子であるガレイである。彼は赤原の代表として湖国での競技会にも参加し、国民の人気も高かった。そのため銃士隊ではガレイを推す声が高まっていた。
銃士隊からは副隊長のゲルデや分隊長のシラクザも剣崇後継選びに参加を表明していた。
隊長のガレイ自身は剣崇の後継などに興味は全く無かった。名声など何の得にもならないし、役職など足かせになるだけである。そう考えていた。しかし、後継者選びが本格化していく中で、名前が挙がってくる面々の顔を思い浮かべるだけで気分が悪くなった。
「あんな弱い奴らを剣崇にしてどうする。他国に笑われるだけだぞ。」
とガレイが思わず漏らした言葉を母親に聞かれてしまった。
「ならば、あなたも参加しなさい。」
「いやだよ。面倒くさい。」
「あなたの漏らした言葉は嫉妬そのものですよ。」
きっぱりと母親に言われたときにガレイは腑に落ちた。そうか、この気分の悪さは嫉妬なのか。
「後継者選びで自分の技量を試すと良いわ。ただし、ロマーナ様のご息女がお気に召さなければ、強いだけでは剣崇には選ばれないからね。」
「わかった。」
ガレイは母親の言葉に背を押されて、後継者選びに参加する覚悟を決めた。
剣崇の称号は、何も白狗牙族にだけ与えられるべきものではない。そのため、赤原以外からも腕に覚えのある蚩鳳乗りたちが集まってきていた。
参加希望者を絞り込むために、まずは剣舞が行われた。決められた型を正確に且つ速く、美しく振るわなければならない。
五十名ほどいた参加者は、この剣舞の演技によって十名に絞られた。中には
「実践をさせろ。戦わなければ実力は分からんだろう。」
とわめき散らす者もいたが、近衛殻士や銃士たちの剣舞のすさまじさを見ると黙りこくった。
選ばれた十名は以下の者たちである。
近衛殻士団 アスクニオス 鋸斬節剃蚩鳳
ガロ 紅殻節剃蚩鳳
銃士隊 ガレイ 白虎節剃蚩鳳
ゲルデ 赤星紋節剃蚩鳳
シラクザ 青星紋節剃蚩鳳
練資社 クリヒコ 大刀角蚩鳳
湖国翼竜殻士団 グレイブ 朔月弓角蚩鳳
黒森甲士隊 ポワオーン 海王黒剛蚩鳳
泰湖刃自 イズナ 黒刀角蚩鳳
氷樹殻士団 アンセイス 炎翼虹虻蚩凰
ガレイは初戦で本命と目されているアスオニクスと対戦した。ガレイが駆る白虎節剃蚩鳳の凄まじい初撃が鋸斬節剃蚩鳳を一瞬で倒すと、観衆は息を飲んだ。それほどの近衛殻士と従士隊とでは剣技の差があったのだ。アスオニクスはガレイの放つ初撃を受け止めきれず、蚩鳳剣を落としてしまった。装甲に損傷はないものの、アスオニクスの両腕は衝撃でしびれたままとなり、戦闘の継続は不可能であった。悔しそうにしながらもアスオニクスは鋸斬節剃蚩鳳の膝をつき、ガレイに降参の姿勢を示した。
「速い。なんて斬撃だ。」
近衛殻士団を受け継いだ隊長のエウアンドロスは、銃士隊のガレイが持つ技術の高さに驚愕していた。
第二戦の近衛殻士ガロの紅殻節剃蚩鳳と銃士隊のゲルデが駆る赤星紋節剃蚩鳳の戦いは五分五分であったものの、僅差でガロが駆る紅殻節剃蚩鳳の突き技が決まった。ガロの突きがゲルデの駆る赤星紋節剃蚩鳳の右肩に突き刺さった。ゲルデは痛みをこらえながら剣を振ろうと構えたが、審判役が止めに入った。どうみても続行は不可能だったからだ。
エウアンドロスは近衛殻士の面目が保てたとして、ほっと胸をなで下ろした。
「近衛殻士が全員初戦敗退などしたら、国民の信頼は一気に失われてしまう。」
同僚にそう話しかけると、相手も苦笑いで返した。
第三戦の銃士隊シラクザが駆る青星紋節剃蚩鳳と練資社クリヒコが駆る大刀角蚩鳳の戦いであった。両者の戦いは剣技では無く、大刀角蚩鳳の徒組とよばれる関節技で終わった。シラクザはクリヒコの蚩鳳剣をはじきとばしたものの、大刀角蚩鳳に関節技を決められて動けなくなり、降参した。しかし、この勝利は剣崇の後継者選びにはふさわしくないとの物言いが入り、クリヒコは失格となった。
「いい腕試しができたよ。」
クリヒコは控え室に戻ると同門のポレス師範代に話しかけた。もともと剣崇の称号には興味が無かった彼は、蚩鳳での実戦を経験できたことで満足していた。
第四戦は湖国翼竜殻士団のグレイブが駆る朔月弓角蚩鳳と黒森甲士隊のポワオーンが駆る海王黒剛蚩鳳との対戦となった。速さを誇る朔月弓角蚩鳳に対するのは、力の海王黒剛蚩鳳である。互いに技を繰り出し合って数十檄に渡って打ち合ったが、お互いに決定打に欠けていた。やがて制限時間内に試合が終わらず引き分けとなった。そのため、二人は二回戦へは進めなかった。
最終第五戦は馬弓族の泰湖刃自イズナの駆る黒刀角蚩鳳と氷樹殻士員アンセイスが駆る炎翼虹虻蚩鳳の戦いとなった。光翅を使って高速で移動することを得意とする炎翼虹虻蚩鳳に対して、イズナの駆る黒刀角蚩鳳は重厚な装甲を誇っている。先の徒組でクリヒコが失格となったのを見ていたので、イズナは剣での勝負に集中した。アンセイヌは光翅を生かして、上空からの一撃離脱を繰り返した。しかし、黒刀角蚩鳳の重装甲に対して炎翼虹虻蚩鳳の細突剣では相性が悪すぎた。剣が根元から折れたところで試合終了となり、イズナの勝利となった。
翌日二回戦目が行われた。ガレイの駆る白虎節剃蚩鳳は、またもやガロの駆る紅殻節剃蚩鳳を瞬時に突きで仕留めて、近衛殻士団長エウアンドロスの面目を潰した。
一回戦目で、失格と時間切れの結果があったため、イズナとガレイが決勝戦で戦うこととなった。
イズナは一回戦目と異なり、大小二刀の蚩鳳剣を構えた。ガレイの剣の速さでは大刀角蚩鳳の装甲といえども無傷では済まないだろうと考えたためである。普段から練資社では二刀での戦いも行っているため、ポレスがかつての同門であるイズナに変則技を提案したのである。
ガレイの駆る白虎節剃蚩鳳が放つ神速の剣撃を、イズナが駆る黒刀角蚩鳳は小刀で受け止められた。
「なんて重さだ。速いだけでは無いのか。」
ガレイの剣を受け止めたまま、イズナは大刀で突き技を繰り出した。ガレイはわずかに蚩鳳の体をひねるだけでその攻撃を回避した。
両者は距離を置いて離れると、改めて蚩鳳剣を構え直した。
ガレイは自分の速さだけではイズナに勝てないと即断して戦法を変えた。両手で父親から譲られた死に神の鉈を構え直すと琺を練りだした。競技会では不十分な威力であった。しかし、あの日から修練を続けてきた彼は父親の技「峰砂斗」をものにしていた。
「いかん、よけろイズナ。」
湖国での競技会で、不完全ながら放たれた峰砂斗の威力を見聞きしたポレスが叫んだ。
しかしイズナは二刀を交差させる形でガレイの剣技を受け止めようとした。
すさまじい琺が交差した二刀の間から黒刀角蚩鳳の頭部に直撃した。重装甲の黒刀角蚩鳳でなければ、首ごと吹き飛んでいただろう。イズナは胸腔内で失神し、黒刀角蚩鳳はひざから崩れ落ちた。
この時点で勝者はガレイとなった。胸甲を開き、ガレイは観衆に向かって高らかに勝利を宣言した。
観覧席の最も高い位置でロマーナの妻、アイリアと娘フェニキアがその姿を見ていた。「どうするの、フェニキア。あの方で良いのかしら。」
「母上、あの剣技、戦いでの振る舞い、そして父親の技までも身につけた努力、どれをとっても剣崇にふさわしい方だと私は思いますよ。」
そう言いながら、娘フェニキアはうっとりとして勝者ガレイを見つめていた。
アイリアは娘を見つめながら、
「これで良かったのかしら。あなた。」
と娘には聞こえない小さな声で呟いた。
「あの子がもし、大きくなっていたなら、あのような若者になっていたのかもしれないわね。」
アイリアは幼くして亡くなってしまった息子の面影を、勝利に酔いしれるガレイに重ねてみた。
「いえ、きっとあの子はもっと穏やかで慎ましい子になっていたでしょうね。」
そう思いながら、大人になった娘フェニキアを見つめた。父親や自分とは違う穏やかさと慎ましやかさをこの娘も持っているのだから。




