第41章 浮上
ペウスたちがたどり着いた瑠璃王の船は、化獣の巣窟となっていた地下王宮の奥深く、地底湖に沈んでいた。
七人の水晶の乙女たちが、輪になって古代語の言葉を発した時、瑠璃王の船は静かに湖の底から浮かび上がってきた。
水晶の乙女達の先導で瑠璃王の船の中に入ったペウス一行は、船の中央部にある小高い塔へと進んだ。船を動かす方法は、水晶の乙女たちが記憶をつなぎ合わせて提示したものをカリギヌが解析した。カリギヌの説明を受けたカールラが舵輪の前に立ち、乙女たちの合図でラップが取っ手の一つを引いた。
「動いた。」
一同が歓声を上げると同時に、瑠璃王の船はゆっくりと地底湖を進んで行った。真っ暗な地底湖をそのまま半時ほど進んだ。やがて、外からの光が射しこんでくるのが分かった。地底湖は地下王宮の外へとつながっていたのである。
「よかったよ。こんな大きな船、担いでいくわけにはいかないからな。」
カンカが冗談めかしていった。カールラは緊張したままで力を込めて舵輪を握っていた。地底湖から外へ出ると、湖はやがて峡谷となりゆっくりと流れ始めた。所々巨大な岩があるのでぶつからないようにカールラは慎重に舵輪を動かして峡谷を抜けていった。
船は峡谷の端にたどり着いた。そこは巨大なトネリコの木の根が絡み合い、水をせき止めていた。根の間をすり抜けていった水は、その先で滝のように落ちているのか、轟音が響いていた。
「ここからはどうする。」
船がトネリコの根の端に引っかかって止まったので、カールラは舵輪から手を離した。
「この船は飛べるんでしょう。」
古代の伝承を聞いていたラップが水晶の乙女たちに尋ねた。
「はいです。もちろん飛べます。」
紅目耳のオリクトアが微笑んで答えた。
「でも飛ぶためにはケロセーネが必要です。」
銀筆尾のパラシートスが一行に話した。
「なんだそれは。この船には積んでないのか。」
カールラが問いただした。
「どうやら、浮上してここまで来るまでに使い果たしてしまったようです。」
銀筆尾のパラシートスがカールラの問いに答えた。
「どこかで手に入らないのか。そいつは。」
カリギヌが質問した。
「この時代ではどうなんでしょう。天空都市ではたくさん作られていましたが。」
黒糸目のアーテルフェリが懐かしそうに答えた。
「それが無いと、樹嵐の民を救い出すことなんてできないわけだ。困ったな。」
ペウスは頭を抱えた。
せっかく船を見つけ出せたが、ここで手詰まり状態に陥った。
カリギヌは伝心球を用いて、ザイナスや呟道の総本山と連絡を取り合った。樹嵐で取り扱うすべての品物に精通している牛那族の五家戸とも連絡を取り合ったが、手がかりは得られなかった。
一行が頭を抱えていたころ、トネリコの根にザイナスをはじめとする聖理帥、八擁の呟者の生き残りである末那空と阿耶天の二人、高位の身徒殻士などそうそうたる顔ぶれが集まってきた。その中には、根の国に棲む洞ん爺ことケイロンの姿もあった。
「ふむ。離宮の女王にも尋ねたが手がかりとなる情報は得られなかった。」
ケイロンは残念そうにペウス達に伝えた。
「呟道の総本山でも過去の文献をあたらせていますが、今のところは。」
生き残りの八擁の呟者である末那空と阿耶天もうつむいていた。彼らの知るところではケロセーネなるものの手がかりはなかった。もしも遠見の能力者眼海、遠聴の能力者耳地、遠心の能力者意山の三名が生き残っていたならば、手がかりを見つける術もあったかもしれなかった。
「身徒の遺跡にも手がかりとなるものは無いようです。」
最も年かさの身徒殻士が答えた。
ケイロンの脇にはポッポ爺の姿もあった。
「アースはここにはおらんのか。離宮の女王様のところに水晶の乙女を届けに行ったと聞いたから、きっと会えると思って、ここまで来たのに。残念じゃ。」
そういうとポッポ爺は頭をかきむしり、座り込んだ。そして腰に下げていた胚蝉酒の水筒を開けて飲み始めた。
「昼間っからやけ酒でも飲まんとやっとられんわ。」
一口飲んだだけで、ポッポ爺の両頬は赤くなった。
そのポッポ爺の周りに七人の水晶の乙女達が集まってきた。
「なんであなたが持っているの。」
茶丸耳のニクテレウスがポッポへ語りかけた。
「そんなの飲んだら体に悪いわよ。」
袋桃腹のイフンケがたたみかけた。
「そうよ、少しでもあれば船を動かせるのに、もったいないわ。」
銀筆尾のパラシートスが残念そうに叫んだ。
乙女達の言葉に最初に反応したのはカンカだった。続いてザイナスも気づいた。
「その爺さんが飲んでるのがケロセーネだって言うのか?」
カンカが叫んだ。
「ちょっと匂いは甘ったるいけど、つんと鼻に来る感じは間違いないわ。」
「胚蝉酒が瑠璃王の船の燃料になるのか。」
「爺さんお手柄だ。」
ペウス一行に褒め称えられたが、ポッポ爺さんは全く耳を貸さずに
「アースはここにはおらんのか。離宮に水晶の乙女を届けに行ったと聞いたから、きっと会えると思って、ここまで来たのに。残念じゃ。」
と先ほどと同じ言葉を繰り返すだけであった。
牛那族の商人達が鹿晋族の村を訪れて、手に入れられるだけの胚蝉酒を船に運び込むの一週間かかった。運び込まれた胚蝉酒は水晶の乙女達の手引きによって、瑠璃王の船の燃料槽へと注ぎ込まれた。
それと並行して、カールラやラップ達は瑠璃王の船の動かし方、計器の見方などを水晶の乙女、紅目耳のオリクトアと黒糸目のアーテルフェリに教わっていた。
カンカはワカヒトとガフェリンに協力してもらい、瑠璃王の船の部屋を一つ一つ開けて調べて回った。針長尾のムスクルスと膨茶尾のタミアスがカンカに協力して宝箱を見つけていた。
ペウスはカリギヌとザイナスと話し合い、各氏族への連絡方法、乗船のための場所選びなど詳細な計画を詰めていった。
瑠璃王の船発見の知らせは樹嵐中を駆け巡った。
その知らせを受けた隈黒族の族長パグンズは
「でかした息子よ。」
と大声で叫んだという。その際に脇にいたペウスの母が
「ずっと森に放置していたくせに。」
と呟いたのをペウスの兄であるポレスは聞き逃さなかった。
技芸一座の座長クラングはこの知らせを聞いて、
「俺の一座から、三人も活躍しているんだぞ。」
と酒場で吹聴していたという。かつては剴従として、重用されたことのあった彼にも、かつての栄光の日々が思い起こされて胸を熱くしていた。
馬弓族のガウェンは政務官長でこの知らせを受けた。
「翡翠の来訪者の城で見つけたあの子が、無事に役目を果たせたんだな。」
と呟いて胸をなで下ろした。
ランスは廻国修行の途上でこの知らせを聞いた。
「あの時の水晶の乙女が、無事に船を見つけ出したんだな。あの若者ペウスと共に。」
彼は、この知らせを受けて廻国修行を途中で切り上げて、急ぎ湖国への帰路についた。
アースは玄の姫巫奪還作戦後しばらくしてから、瑠璃王の船が見つかったという噂を耳にした。
「湖国に届けた水晶の乙女、仲間達に会えたんだね。そして無事役目を果たせたんだ。良かった。」
アースはあの小さな乙女の姿を思い出して感慨にふけっていた。
ヤバネは、不死王から直接、瑠璃王の船発見の知らせを直に聞いた。
「そうか。あの船になら、もっといい情報があるかもしれんな。」
「行くのか。」
そう問いかける不死王にヤバネはにやりと笑った答えた。
「わしの求めるものの答えがそこにあるのなら行くさ。知りたがりの不死王よ。お前こそ行きたくないのか。」
不死王はかぶりを振って答えなかった。
玄の姫巫奪還作戦の次期に、別の国で任務に当たっていたカイナギ達、傭具士たちにも瑠璃王の船発見の知らせは届いた。
「また稼げるぞ。」
「ああ。おいしい話になりそうだな。」
傭具士達はそう言い合って不死王からの指示が来るのを待っていたが、出撃の命は届かなかった。
淵樹海でひたすら巨大な弩蛇蟲と戦い続けていた剣竜ダイリスのもとに、瑠璃王の船発見の知らせが届いたのは、一番後であった。そもそも、ここにはほとんど人が寄りつかなかったため、聖理帥の一人が飛空術を駆使して、何日もかけて尋ねてきて知らせをもたらしたためである。
「船は見つかったが、それだけではまだだめだ。氏族の人々を乗せて飛び立つまでは樹嵐を守らなければならん。」
剣竜の孤独な戦いはもう少しの間続くこととなった。




