第40章 玄の姫巫との再会
玄の姫巫奪還に成功した獅子王党は、勝利の余韻に浸っていた。ささやかながら呟道の僧たちによって宴席が設けられ、殻士たちは酒をあおって歓喜の歌声を上げていた。
アースはその歌声の輪には加わらずに、木陰で食事を取っていた。
呟道の僧がアースに近づいてきた。
「託言の子よ。初めてお目にかかります。私はガと申します。」
呟道の僧衣に身を包み、剃髪した頭には呟道の階梯を表す白い入れ墨の点がいくつもあった。それなりの高位の者なのだろう。呟道についてアースは詳しくは無いが、その男の醸し出す雰囲気からそう受け取れた。
「こちらこそ。ガ様。初めまして。」
「実は会って頂きたい方が居るのですが。」
そう言うと僧ガの後ろから小柄な少女が進み出てきた。玄の姫巫その人であった。
「お久しぶりです。託言の子アース。」
「やはり、あなたはあのときの鏡池で舞っていた。」
「はい。あのときは修行中でしたのでまだ玄の姫巫になる前でしたけれど。」
「そうなんですね。ご無事で何よりでした。そういえば、あのとき一緒に居た方は?」
「ア・マリン帥は負傷されて湖国で治療を受けていると聞いています。」
こうして話していると、年相応の普通の少女にしか見えなかった。しかし彼女は不死王がその能力を渇望しているほどの才能の持ち主なのだ。
「不死王に囚われている間にひどい目に遭ったりは。」
「いえ、それなりに丁重に扱われました。八擁の呟者の封印結界があったおかげかもしれませんが。」
「それは良かったです。」
「ただ、かの者が尖塔に来たときには、頭中をのぞかれている、そんな感覚がしました。」
「えっ。」
「かの者は、玄の姫巫の持つ時を司る能力の秘密が知りたかったようです。」
「なるほど。」
「けれど、かの者は玄の姫巫の能力は理解が及ばない力だと嘆いていましたよ。分析して利用しようとしていたようですが、かの者の持てる知識や能力をもってしても分からないものだそうです。」
「そんな不思議な力なんですね。」
「あなたにも、その能力は備わっているはずです。」
「えっ?」
玄の姫巫が話す突然の言葉にアースもまた理解が追いつかなかった。
「あなたの父上は獅子駆王と聞き及んでおります。」
「はい、会ったことはないのですが。」
「ということはあなたの母上はかつて玄の姫巫だった御方ですよ。」
アースは戸惑うばかりであった。不死王も似たような言葉を発していた。時越えの秘宝といっていたか。
「私たちには代々あなたの母上の逸話が伝えられています。獅子駆王が討たれ、城が燃えさかる中で、戦鬼士の剣があなたと母上を貫いた。そのままでは二人とも死んでいたことでしょう。そこであなたの母上は、代々の玄の姫巫が持っていた、時越えの秘宝を使ったのです。」
「どういうことですか。」
「肉体を超低温状態、氷漬けのようにして死への進行を遅らせたのです。けれど、母上はあなたを救うことに全力を尽くしたために、己が力を使い果たしてしまったそうです。」
「そんな。」
「戦鬼士はお二方が死んだものと思ってその場から立ち去ったそうです。ウィグラフ様がお二人を探し当てて、蚩鳳胚を根の国へと運んで隠した。」
「だから、私は根の国で。」
「そう聞いております。ですから、あなたの体には獅子王家の血と玄の姫巫の血が流れているのです。」
「初めて知りました。」
「ちなみに、あなたの母上が獅子叫王の娘です。あなたの父上はその婿になり獅子駆王となりました。おじいさまの獅子叫王と違って争いの嫌いな、穏やかな方だったと伝わっています。」
「それも初めて知りました。」
「五十年。あなたの傷が癒えて目覚めるまで、五十年かかりました。ウィグラフ様やア・マリン帥はずっと待ち続けて居たのですよ。」
「五十年も。」
そう言えば不死王も
「獅子吼族が滅んだのはかなり昔のこと。獅子王党の幹部たちも老人ばかりではありませんでしたか?」
と言っていた。自分が長い間眠り続けていたために、獅子王党の方々も年を取ってしまったのか。アースはようやく理解した。
「五十年たったとは言え、託言の子として不死王軍に狙われて居るのは事実。ケイロン帥の考えもあって、あなたは鹿晋族の村で育てられました。あそこを訪れるものは警護の馬弓族か取り引きする牛那族の者だけですからね。」
「あなたの蚩鳳の胚もその時に根の国へ運ばれて、あなたの覚醒を待っていたのですよ。」 だから、根の国に蚩鳳があったのか、自分たちと一緒に運ばれてあそこで育てられたのか。私の目覚めを待ちながら。
「ケイロン帥の言葉を借りるなら、あなたは初代獅子王によく似ているそうです。天獣討伐の英雄に。」
「討伐したわけでは無いそうですよ。これは不死王から直接聞きましたから。」
天獣は寿命を迎えた。彼の遺志に従って、爪や牙、くちばしから剣が作られたと不死王は言っていた。
「玄の姫巫一族でも知り得ないことはあるものですね。」
そう言い終えると少女は真顔になり、玄の姫巫としての威厳を放つ声でアースに告げた。
「託言の子よ。そなたが『石の試し』で得たあの蚩鳳の額に輝く水晶球は、かつて統一王朝時代に晶王が所持していたものである。それを手に入れたということは、そなたは樹嵐の王となる定めを受け入れたということである。」
石の試しは王の試し、あの島で出会ったカリギヌやカインもそう話していた。
「これまで獅子吼族は王無き民であった。そして、そなたは他国で育ち、放浪したため民無き王であった。」
「そなたの託言を受け入れよ。王の王たるをもって王たるとなし、王の王たらんをもって王たらんとなす。樹嵐の民を導き、滅び行く定めから十の氏族を救うのだ。」
アースは跪いて玄の姫巫の言葉を聞いていた。
「まもなく瑠璃王の船が動き出す。樹嵐が沈むか、船が飛び立つか、そのどちらが先かは玄の姫巫たる私の力をもってしてもまだ見通せぬ。そなたは樹嵐の王として成すべきことを成すのだ。成就の時はまもなくである。」
言い終わると、少女の顔から玄の姫巫の威厳が消えた。年相応の少女の表情に戻っていた。
「また、歴代の玄の姫巫皆様意識を乗っ取られてしまったみたい。でもアース、話はちゃんと伝わったわね。」
「はい。」
「では、成すべきことを成してくださいね。」
そう言い終えると玄の姫巫は僧ガとともに広場の暗がりに消えていった。
食べかけの料理がすっかり冷え切った頃、アースはようやく玄の姫巫言った言葉の重大さに気がついた。
「私が樹嵐の王?」




