第39章 身徒殻士カイン
灰狼牙族は白狗牙族の亜種である。
十氏族は以下の十の民族に分けられている。
牙の民 獅子吼族 白狗牙族
翼の民 鬣丹族
爪の民 隈黒族
蹄の民 馬弓族 牛那族 鹿晋族
角の民 犀甲族 剴喬族 羚挂族
樹嵐へ氏族を導いた天人族と古き三氏族、 天鱗族、海翠族、峰炎族(洞守族)を除く十の氏族である。
灰狼牙族は数がそもそも少なく、白狗牙族の中から希に生まれる色違いの一族であった。他の民族にも見られるように、色違いの子は迫害されたり、虐待をされたりする者が多かった。だから自然と色違いの子同士が集まって集団となり、子をなし、数を少しずつ増やしていった。
身徒と呼ばれる独特の信仰を持ち、自分自身の中にある真実の声と向き合うことを至高の境地としていた。やがて優れた聖理帥や殻士を輩出するようになり、自分たちの土地を持つことを許された。
彼らの土地の中央には深い湖があり、そこに一つの島があった。不思議なことに、殻士や甲士が亡くなるとその島に剣が納められた。聖理帥が亡くなるとその杖が寄進されて島の室に納められた。王が亡くなると、その王ゆかりの宝玉や王冠が納められた。
時が移りすぎると、新たな殻士や甲士、聖理帥や王を目指す者はこの島での「試し」を受けるようになった。無事、「試し」を乗り越えて帰還する者もあれば、迷宮の中から二度と姿を現さない若者も多かった。
身徒殻士カインはかつてこの島で剣の試しを受け、見事生還した。かれは晴れて殻士の身分を得て、他国での仕官を目指していつかの国を回って歩いた。運良く、犀甲族のアストラット公に使えることとなった。犀甲族であるアストラット公の領地は灰狼牙族が住む村と隣接しており、灰狼牙族に対しても理解が深かった。そのため、多くの身徒殻士が使えていた。身徒たちへの支援も気前よく行ってくれていた。いくら殻士の身分を得たからと言って、他国での仕事である。最初は信頼を得るための下積みから始めなければならなかった。数ヶ月が過ぎる頃には、修練場で剣を振るうカインの実力が認められ、下積みから御者へと昇進した。
その日、彼はアストラット公の姫君を犀甲族の城まで送り届ける役目を担っていた。最近、盗賊が出没するという噂が出ていたたため、護衛の蚩鳳乗りが数名付き従っていた。カインの蚩鳳も念のため、自立歩行させて姫君一行の後から付いてこさせていた。
アストラット公の領地を出て村はずれまで来たときに突然襲撃者が来襲した。
護衛隊長のトールは蚩鳳剣を抜き放って盗賊を蹴散らした。たが聞き慣れない音と共に万里象が突進してきた。交わしきれずに、脇腹を万里象の象牙で切り裂かれた。カインはもう一人の御者に手綱を譲ると、自分の蚩鳳を呼び寄せて乗り込んだ。姫を守るために万里象の突進を食い止めようとして立ちはだかった。だが万里象の突進力はすさまじいものだった。カインの蚩鳳は吹き飛ばされ、岩壁にたたきつけられた。かろうじて姫君たちへの突進は反らせたものの、カインは胸腔の中で強かに頭を打って気を失っていた。
隊長が傷を負い、護衛隊の中でも腕利きのカインがやられたため、残りの身徒殻士はうろたえて立ち止まった。その隙に盗賊団の一人が姫君を人質に取り、護衛たちに去るように脅した。喉元に曲刀を突きつけられ、おびえきった姫君の顔をみた身徒殻士たちは混乱して隊長の蚩鳳を抱えたまま森の中へ退いた。
盗賊団は倒れている蚩鳳ごとカインを万里象に引きずらせて彼らの拠点へと引き上げた。
ランスらの活躍によって姫君は無事に救出され、彼自身も助け出された。しかし、身を盾にして姫君を守ったとしても、結局は姫君がさらわれてしまった。隊長のトールは命こそ落とすことは無かったが、しばらく蚩鳳に乗ることはできそうに無かった。トール隊長の兄であるソールは、救援隊を組織して駆けつけ、救出されたカインをかなり弁護した。しかし、誰かが姫君誘拐の責任を取らなければならなかった。結局、雇われてまだ日の浅いカインがその責を押しつけられるかたちで解雇された。
「まあ実際に姫様を守れなかったんだから仕方が無いさ。」
アストラット公の城を出るときには、誰の見送りも無かった。ただ怪我を負ったトールから護衛の代金として硬貨を送られた。かなり多めの金額であったが、責を押しつけたことへの謝罪と仲間への選別の意味もあったのであろう。
「さて、どうするかな。こんな噂はあっという間に広がるだろうから、まともな仕官は望めないな。」
カインは、あのとき姫君や自分を助けに来てくれた村人たちに礼を言うためにあの店を訪れた。
ちょうど看板娘エレインが無事に戻ってきて皆で大喜びをしているところへ通りかかった。看板娘のエレインを見てカインは驚いた。アストラット公の姫君とうり二つだったからだ。怪我をしていいため、あのとき助けてくれた村の人々の顔は覚えていなかった。
「あら、あのときの蚩鳳乗りさん、もう怪我は大丈夫なの?」
常連の村人と話し込んでいたエレインがカインに気づいて声をかけてくれた。
「みなさん、あのときは助けてくださって、本当にありがとうございました。これはその時のお礼です。」
カインはトールからもらった硬貨をすべてエレインに渡した。
「よかったら、このお金を使って皆さんでたっぷりお料理やお酒を楽しんでください。
「こんなにはもらいすぎよ。半分は返すわ。だってあなたアストラット公のところをお払い箱になったんでしょ。」
「えっ、もう伝わっているんですか。」
「村の店だからと言って、情報の速さをなめちゃいけないよ。」
「はい、分かりました。では半分だけで。」
「これからどうするんだい。」
店主がカインに声をかけた。
「行く当てがないんなら、しばらくこの村にいてくれると助かるんだがな。あのとき現れた盗賊の生き残りがまだうろついて居るんだ。げんにこの娘も。」
言いかけた店主は女将さんに肘でつつかれて話を止めた。
「私で良いのですか。」
「ああ、頼むよ。この前みたいな万里象が出てきたら、村の剣士じゃ立ち会えない。」
店主はそう言ってにこりと笑うと
「交渉成立だな。じゃ部屋を準備してくる。エレイン、この旦那にも何か食わしてやりな。」
「あいよ。」
そういうとエレインは料理に取りかかった。カインは蚩鳳を店の隣の倉庫に置いてくると再び店に戻った。
「剣は置いてこなかったのかい。」
「ああ、盗賊団がいつ来るかは分からないからね。」
「それにしてもきれいな剣だね。」
「この剣かい。身徒殻士の『剣の試し』という儀式で手に入れたものだよ。」
「ふうーん。きれいな石も飾り付けられているね」
「名のある殻士の業物だからね。」
料理を食べるために食卓に剣を置いたときのことだった。料理を並べていたエレインの腕がカインの剣の柄に当たった。
「あっ、ごめんなさい。大切な剣なのに。」
「大丈夫だ。気にしないでくれ。」
カインが言い終わらないうちに、剣に飾られていた宝玉が輝きだした。
「何、この光。まぶしい。」
そういうなりエレインは床に倒れ込んだ。部屋の支度から戻った店主は慌てて娘を抱きかかえて座敷席に横にした。
数分でエレインは意識を取り戻した。
「あたし、思い出したわ。居なくなっている間に何があったのか。変な男に血を採られた。それから、いろんな氏族が働いているところにいたわ。でもあたしが知っている氏族と少しずつ違ったの。その子たち。」
「くわしく話を聞かせてくれないか。」
カインはエレインが落ち着くのを待ってそう尋ねた。
「でもせっかくの料理を食べてからにしてよね。」
エレインはカインに笑いかけた。
エレインがもたらした情報は身徒殻士団とアストラット公の城へともたらされた。探索隊が結成され、エレインの話を元にその館を探し出せた。しかし、探索隊が尋ねたときには館はもぬけの殻だった。手がかりとなりそうな機材や書類はすべて破壊されるか持ち去られていた。
聖理帥の塔から派遣されたカスガイがエレインに尋ねた。
「先祖返りについて研究していると行っていたんだね。その男は。」
「はい。そう言っていました。私と姫君の血を比べてみるって。」
「ヤバネか。あやつなら興味を持ちそうなことだ。やっかいだな。」
カインは二人のやりとりをそばで聞いていた。盗賊団はその研究のために雇われていたに過ぎない。
「しばらくこの村にとどまって、村の皆さんを警護します。」
カインは改めて店主やカスガイに誓った。もしかしたら、盗賊退治では無い、何か大きなことがこの村に起きるかもしれない。警戒したほうがいいだろう。そう予感していた。




