第38章 二人のエレイン
ランスらの活躍によって救い出されたエレイン姫は、無事に父親である白樹にあるアストラット公の館へと送り届けられた。エレインは彼女を救い出してくれた殻士の姿を忘れられなかった。
帰路を共にした身徒殻士たちから、彼が湖国の第一の殻士であり、新しい剣聖であることを聞かれた。
「ランス様と言うのね。」
エレイン姫はうっとりとした表情で蚩鳳から降りてきたときの彼の姿を思い浮かべた。館で生き生きと殻士ランスの活躍を語るエレイン姫に、母親であるシャロットにたしなめられた。
「湖国の第一殻士そして剣聖となられる方は、代々離宮の女王の警護に生涯を尽くすため、妻を娶ったりしないのですよ。この間亡くなられたキルディス様にも奥様やお子様はいなかったはずです。」
母の言葉を聞いてエレイン姫は悲嘆に暮れた。あの美しい若者が一生独り身でいるとはあまりにかわいそうだと。
もう一人のエレイン、看板娘のエレインも同じ頃物思いにふけることが多くなった。お客がいるときには、いつものハキハキとした笑顔が絶えることは無かったが、客足が途絶えたときなど、不意にあの若者の顔を思い出すことが多くなっていた。
「もう一人の姫様ならあの方にふさわしいけれど、私のような星の下に生まれた者には手の届かない方だわ。」
そう思って、よみがえる面影を何度も振り払おうとした。けれどそうすればするほど、鮮明にあの笑顔が脳裏に浮かんできた。
店の裏手にある井戸から水を汲んで片付ける準備をしようとしていた時のことである。
看板娘のエレインは、羽交い締めにされて口を塞がれた。彼女の周りには武器を構えた盗賊らしき男が何人も立っていた。
「同じ名前だから紛らわしいが、本命がただの町娘とはね。」
「ああ、普通に考えれば、公爵の姫君だと思うわな。」
エレインは気がついた。この間姫君をさらった連中の仲間がいたんだ。でも、なぜ私なんかを。何のために。
そう思いながらも、眠り薬を嗅がされたのであろうか、エレインは体中の力が抜けて、視界もぼやけていった。
看板娘の不在は夜半には店が所在する村中の知るところとなった。探索のために男たちがたいまつを持って村の通りや森の中を探し回ったが、手がかり一つ見つけられなかった。
看板娘のエレインが目覚めたのは何日かたった後のようだった。まだ頭がぼんやりする。「ここはどこだろう。」
大きな木造の建物のあちこちから金属をたたきつける音や蒸気が吹き上げる音が聞こえてくる。
ギィーっという音をたてて、エレインのいる部屋の扉が開いた。入ってきたのは一人の男であった。
「ようやくお目覚めかね。エレイン。」
「あなたは誰。ここはどこなの。どうして私を。」
「質問は一つずつにしてくれないかね。」
「まず一つ目、私の名はヤバネという。天宝輪の秘密を探求していろいろなことをしているものだ。」
「天宝輪?なにそれ、料理か何かの名前?。私そんなこと知らないわよ。」
「次に二つ目、ここは私の所有する研究棟だ。蚩鳳や殻士、聖理や魔理、呟道の経典や身徒殻士の聖なる教え、いろいろなことを調べているんだ。最近は馬弓族の祇官家の伝承なども調べているよ。」
「そんないろんなこと。でも私はただの店の売り子よ。何にも知らないわ。」
「最期に三つ目。君は犀甲族の姫として生まれたはずだが、その両わきの角のために捨てられた。そういうことでいいのかな。」
エレインははっとして両手で角を隠した。あの日再開した姉妹は、きちんと額に美しい螺旋角を持っていた。捨てられた私は両わきに小さな螺旋角しか生えていない。あらためてこの男に言われると自分の惨めさがじわじわとこみ上げてきた。
「実に素晴らしい。」
「何がよ。」
「君のその角だよ。実に素晴らしい。犀甲族の迷信では家を傾ける子とされているようだが、そんなことは無いぞ。安心したまえ。君のような子は何年かに一度生まれてくるのだからね。」
「そんなの聞いたことは無いわ。それに会ったことも無いわ。」
「そうなのかい。この研究棟にも、何人か君のように氏族の特徴からかけ離れたものが働いているよ。」
「えっ。」
「ほら、あそこにいる若者は、隈黒族だが、髪は藍色じゃなくて赤毛だろ。右奥の若者は灰狼牙族なのに白い肌を持っている。あそこの少女は牛那族なのに痩せていて長身だろ。いま歩いてきた少年は鹿晋族だけどとても筋肉質でがっちりしている。」
ヤバネが指さした先には、それぞれの氏族がもつ特徴とはかけ離れた若者たちが働いていた。
「だからって、私に何の関係があるというの。」
「おおありさ。君のような子はたいへん貴重な存在なんだ。いわば先祖返りをしている体の持ち主なのさ。」
「えっ?」
「樹嵐に住む多くの氏族は、元々はたった一つの一族だったんだよ。でもね、その一族は生きていく上で命を繋いでいく力を徐々に失っていった。混沌の時代の話さ。そこで、自分たちの知識や技術を受け継いでくれる存在が必要だった。」
「何の話かさっぱり分からないわ。」
「難しすぎたかな。では、こう言う話はどうだろう。君の村や店の客には、別の二つの氏族の両親から生まれた子やお客がいなかったかい。」
「たまには居たし、客でも来たけれど、それがどうしたの。」
「だから氏族は元々は一つの一族だったんだよ。そうで無ければ、別の氏族同士の子は生まれるはずがないんだ。」
「それと私とどんな関係が。」
「本当なら、君にもここで働いてもらいたいが、それは無理そうだな。興味がなさそうだ。その代わりに、少しだけ君の血液を分けてもらうよ。」
ヤバネはエレインの腕を押さえて透明な筒に付いた針を突き刺した。
「いたっ。」
「これくらいあればいいだろう。協力に感謝するよ。分かったことがあったら、知らせようかね。ああ、ちなみにこっちの筒には姫君のエレインの血が入っている。二つを比べたら面白いことが分かりそうだ。双子の姉妹なのにどうして角の生え方が違うのかとかね。」
それだけいうはヤバネは部屋から出て行った。
三日のち、店の裏手にある湧き水の横で寝ている看板娘エレインの姿が見つかった。彼女は行方不明になっている間の記憶をなくしていた。ただ、腕に針で刺したような傷跡が残っていた。
ヤバネは、その後不死王の天空城を訪ねた。
「面白い人材を見つけてね。その血液を調べてみたよ。」
「また、奇妙な研究なのだろう。ああ頼むから、私の部下たちを傷つけたり、研究の素材に使ったりするのは二度と止めてくれたまえ。」
「棄躯のことかね。すまんね。強さを極めるためにはいろいろな方法を試したいものでね。」
「すでに戦鬼士が何名も居るだろうに。あれにかなうものなどそうそう居ないはずだ。」「そのそうそう居ない相手が二人も現れたんだよ。」
「そんな腕の立つ殻士がいたのか。」
「ああ、一人は託言の子だよ。
「なるほどな。獅子吼族の力は強い。」
「もう一人は傭具士長のカイナギだよ。」
「そう言えば、そんな報告が上がってきていたな。お前と私への抗議も含まれていたぞ。」「話を戻すが、双子の姉妹がいてな。一人は犀甲族の姫君。一人は家を追われた村娘。角の生え方が全く違う。」
「犀甲族の迷信か。まだそんなことを信じているとは。」
「この二人の血液を調べたが、さすがの双子だ。全く同じだった。」
「同じだと、ならなぜ角の生え方が違うんだ。」
「捨てられた娘の地にはどうも先祖返りの因子が含まれているようだ。うちの研究棟で働いている氏族と異なる特徴を持つ若者たちと同じようにな。」
「なるほど。お前がのめり込みそうな研究になりそうだな。」
「そこで頼みがある。天空城の地下にある天宝輪の端末を一月ほど使わしてもらいたい。」
「それは構わんが、見返りは。」
「無論知り得たことはすべてお前にも伝えるよ。知りたがりの不死王殿。」
二人はにやりと見つめ合った。ヤバネは地下へと降りていった。その姿を見つめながら、不死王は力なくつぶやいた。
「まだまだ知り得ぬことが多いものだな。樹嵐には。」




