第37章 真相との対峙
ペンガタント伯の陽動隊には、白狗牙族の近衛殻士が襲いかかった。しかし、あくまで陽動部隊であるために、本格的な戦闘になる前に散開して被害は少なかった。
千の傷のハナーン率いる本隊は、傭具士の待ち伏せに遭い、天空城の城壁内で激戦を繰り返していた。
その間に、不死王の天空城への潜入に成功したフロスグラウ公の部隊が、無事に玄の姫巫の救出に成功した。フロスグラウ公の本隊は、光翅を用いて尖塔を上空から奇襲した。また、ハナーン隊の活躍により、秘密裏に玄の姫巫を奪還できたため、殻士たちの損害もほとんどなかった。
獅子王党の指導者であるデルゼント公は玄の姫巫奪還の知らせを受け取ると撤退に入った。千の傷のハナーンが殿を務め、フロスグラウ公、ティンベスらと共に城壁外への撤退に成功した。
一番被害が大きかったのはティンタス伯の率いる支援隊であった。足取りを不死王軍に掴まれたため、街中でいきなり銃士隊との交戦になった。殻士の半数が負傷したがかろうじて銃士隊を撃退することができた。
フロスグラウ公の手によって玄の姫巫は呟道の僧兵たちに渡された。目立つ蚩鳳とともに行動するより、ここから先は隠密行動が適切であるとデルゼント公が判断したためである。
インディア、コモドア、そしてアースはフロスグラウ公が玄の姫巫を奪還する際に尖塔に残って殿を務めた。さすがに上空から尖塔への蚩鳳の急襲は予想していなかったのか、不死王軍の剣士たちがかかってきたが、相手にはならなかった。
「さて、そろそろ私たちも戻ろう。」
剣士の攻撃が途切れたところで、インディアが相棒のコモドアに告げた。
「わかった、潮時だろう。玄の姫巫も逃げおおせるだろう。」
「アース、引くぞ。」
三人の蚩鳳は尖塔の窓から光翅を開いて飛び出した。インディアとコモドアに続いてアースが窓から飛び出した時、空に黒い渦が現れた。
「何だ、あれは。」
その黒い渦にはアースだけが気づいているようだった。インディアとコモドアはすでに城を離れ、森林地帯の上を飛翔していた。
突如、その渦は巨大化してアースの蚩鳳を飲み込んだ。アースは光翅を勢いよく羽ばたかせて渦から逃れようとした。しかし、渦の広がる速さがあまりにすごく、アースの視界が闇に包まれてしまった。
アースは蚩鳳の胸腔で目を覚ました。どれくらい時間がたったのだろうか。闇はまだアースの蚩鳳を包み込んだままだった。しかし、足を踏みしめる感覚が戻っているため、地面か室内にいるのだろうとアースは思った。
闇の渦が再び捻れ、その一部から光が射した。灰色のぼんやりとした光であった。
「ようこそ、託言の子。獅子駆王の子よ。」
闇の渦が開いた穴から長い階段が現れ、一人の人物がゆっくりと階段を下りてきた。長身の若い男であった。灰色の外套を羽織り、長い杖を左手に持ち、胸には幾重にも宝玉の首飾りがかけられてた。
「お目にかかるのは初めてですな。託言の子。獅子駆の子。そして希望の子。」
アースはその人物の放つ威厳に、口の中がカラカラに乾いていくのを感じた。只者ではない。
「お目にかかれて光栄です。託言の子。獅子駆。希望の子。そして成就の時をなす子。」
「あなたは、いったい。」
カラカラに渇いた喉で話しかけたため、アースの声は大分うわずったものになっていた。「よくご存じでしょう。獅子王党のみなさんなら。この天空城の主のことを。」
「まさか。」
「私の留守の間とはいえ、押し入るのは感心しませんな。獅子王党はやり口が荒っぽいですな。」
「私は不死王と呼ばれるものですよ。あなたのご先祖と共に戦ったこともあります。」
「不死王。」
アースの目の前にいる人物こそ、仇敵であった。アースは蚩鳳剣の柄に手をかけた。」「お待ちなさい。私はあなたと戦う気などありません。」
不死王のその言葉はアースの意表を突いた。
「そもそも、私は樹嵐の支配など一度も思ったことはない。ましてや戦いなどに興味はありません。」
「何を言うか紫丘や錆谷を滅ぼしておいて。」
「獅子王党の方々からどのように話を聞いているのかはわかりませんが、私は一度でも戦えとか、滅ぼせとか命じたことはありませんよ。」
不死王は笑顔のまま続けた。
「私の願いは、ありとあらゆることを知りたいという知識欲。それだけです。あなたの先祖である初代獅子王と天獣を倒したのも、その願いを叶えるためでした。」
「えっ。」
「初代獅子王は力を求め、天獣から剣を得ました。私はありとあらゆることを知りたいという願いを叶えるために宝玉を得ました。共にここまで登るのを手伝った鬣丹族のフブラムはたしか弓を得たはずですね。」
「天獣退治の伝説なら聞いたことがある。」
「退治。そう伝わっているのですね。それは違います。すでに天獣は寿命が尽きようとしていたのです。だから私たちは、退治なんてしていませんよ。」
「そんな。」
「そもそも天獣天獣と呼ばれてはいますが、むしろあれは巨大な鳥でした。彼の持つ宝玉を渡されて、その巨大な鳥の心の声が私の中に流れ込んできました。」
「鳥だって」。」
「そうです。彼はただの海鳥でした。仲間の群れになじめず、群生地を追われた彼は自分の翼の力で樹嵐の頂を目指したそうです。」
言葉ではなく、その時の情景が不死王を通じてアースの心にも流れ込んだ。
高く高く、どこまでも飛び続けた。やがて雲の切れ間からまぶしい太陽の光が彼を包んだ。体中が焼けるような痛みに覆われた。
「そのころの樹嵐には、太陽の有害な光を遮るものがまだ無かったんです。」
だがその痛みをこらえて、海鳥はついに樹嵐でもっとも高い岩山にたどり着いた。
山の頂には見たこともないような輝きを放つ蕾があった。
「まだ死にたくはない。せっかくここまで飛んできたんだ。俺の翼も爪もくちばしも強いということをもっと感じたい。」
鳥の心の声がアースにも流れ込んできた。
その時であった。岩山の頂にあった蕾が巨大な花を咲かせた。花は海鳥を包みこみ、そしてすぐに枯れた。
海鳥が目覚めたときには、焼けただれた羽毛もひび割れたくちばしも折れた爪も復活していた。それどころか、今までの自分の千倍もの大きさになっていた。
「聖胚の奇跡ですよ。生き物の強い願いを叶えるという。」
「聖胚。」
「はい、樹嵐の実ですよ。いわば。」
「私と獅子王が翼士長フブラムの駆る紅孔凰に乗ってここに来たのは、樹嵐の蕾がちょうど花開く頃でした。そして聖胚の奇跡によって私たち三人の願いは叶えられた。しかし、海鳥、天獣は同時に寿命を迎えていた。『俺の翼も爪もくちばしも強い』という彼の遺志に従って、爪や牙、くちばしから剣が作られました。そして翼からは弓が作られました。あなたの持つ剣もその一つですね。」
「フブラムは海鳥の腱と羽毛から弓を得た。」
アースは流れ込む映像を見て呟いた。
「そして、私はですね、ありとあらゆることを知りたいという願いを叶えてもらった。そのために、海鳥の瞳を額に埋め込んだんですよ。」
不死王が外套を脱ぐと、若く端正な顔のどこにもそんなものは見られなかった。」
「ああ、この体は借り物でしてね。さすがにありとあらゆる知識を得たとしても、体の老いを止める術は見つからなかったんです。」
そう言いながら若者は上着の胸元を大きく開いた。そこにもう一つの顔があった。
「これが私の本当の顔です。」
「ひどい、勝手に他人の体を乗っ取るなんて。」
アースは初めて声を荒らげた。
「大丈夫です。この若者の年季はあと半年で明けます。そうしたら晴れて自由の身です。もともと、戦災孤児の上、奴隷にまで身を落としていましたからね。この若者は。私の頼みを喜んで受け入れてくれましたよ。食べ物もろくにもらえず、鞭で打たれる日々でしたからね。」
「・・・。」
アースは言葉を亡くした。胸元の老人の顔をした不死王が話している間、若者は涼しげに笑っていたからであった。
「さて、本題に入りましょうか。託言の子よ」
「うっ。」
「私はもう長く生きて、さすがに脳の方も限界が来そうです。成就の刻とやらを待つまでも無く、もうすぐ星になりましょう。」
「ただ心残りは、得た知識の中で二つ足りないものがあったことです。一つは瑠璃王の船。まあこちらは、すでに探索者が動いているので見つかることでしょう。」
「もう一つは?」
「それは、時間を支配する玄の姫巫の力を解き明かすことでした。私の力で彼女の心の中や記憶を探ってはみたものの、何の手がかりも得られなかった。天宝輪の器具を用いても何もわからなかった。決して知り得ぬ不思議な力というものが。まだまだこの世にはあるのですね。どうにも無理でした。」
「玄の姫巫の力。」
「そうです。獅子吼族が滅んだのはかなり昔のこと。獅子王党の幹部たちも老人ばかりではありませんでしたか?」
「そういえば。」
「にも拘わらず、最後の王、獅子駆王の忘れ形見であるあなたはなぜそんなに若いのでしょうね。」
そういえば国が滅んでから大分経つことは、あのとき訪れた紫丘の様子からも感じられた。
「獅子王党の皆さんは、なぜ、あなたを獅子駆王の忘れ形見としてすんなり受け入れたのでしょうかね。」
「それは。」
言いかけてアースは息を飲んだ。訳がわからなかった。
「それは、あなたの母上が元玄の姫巫だったからですよ。託言の子よ。彼女は時超えの秘術を用いて、あなたの命を守った。そんなところじゃないでしょうかね。私も目の当たりにしたわけではないので。」
根の国で見たあの懐かしい顔をアースは思い出していた。
「もし、あなたが父の仇である人物と戦いたいならここでは無く、この地図の場所へ行きなさい。」
不死王は巻紙をアースの蚩鳳の足下に置いた。そして再び渦から延びた階段を上っていった。
「お会いできて光栄でしたよ。あなたの顔は初代の獅子王によく似ている。とても懐かしい気分になりましたからね。」
闇は晴れ、アースの蚩鳳は森の中に立っていた。夢でも見たのだろうか。そう思ったが、蚩鳳の足下にはあの地図が置かれていた。
「本当の仇って。」
三日後、呟道の拠点でアースたち獅子王党は玄の姫巫との面会を許された。殻士たちの最後尾にいるアースからは玄の姫巫の顔は豆粒ほどにしか見えなかった。だがその顔には見覚えがあった。根の国の鏡池で待っていたあの少女だったからだ。




