第33章 獅子咆剣の主
湖国でランスと戦ったアースは、水晶の乙女の一人、袋桃腹のイフンケを無事離宮の女王ニヴィアンへと手渡した。
アースは、千の傷のハナーン、インディアと再会すべく、獅子王党の拠点を目指すことにした。
離宮の女王ニヴィアンや新剣聖ランスからは、水晶の乙女を届ける手伝いをしてほしいと強く依頼されたが、アースはハナーン達との先約を優先した。
以前訪れた獅子王党の拠点は不死王の軍によって襲われたため、新たな拠点へと移っているとのことであった。再襲撃を恐れてか、新拠点の手がかりとなる情報は全くなかった。 少なくとも、別の国に移動しているのだろうと予想して、アースは今まで訪れたことのない国を目指すことにした。
かといって不死王軍のお膝元である白狗牙族の赤原やの同盟国である犀甲族の白樹を獅子王党の拠点に置くとは考えにくかった。同じく赤原の支配下にある灰狼牙族の住む黄台や、他国と一線を画す凱喬族の湖国も考えにくい。
隈黒族の住む黒森は、目隠しにこそ良いが、一族同士の反目が近年まで続いていた土地である。よそ者が入り込めば分かりやすかった。
馬弓族の住む緑野は、郎党同士の対立があるので他の氏族が入り込めない。どちらも、一つの陣営や部族が獅子王党をかくまったりしたら、対立する陣営に攻撃する口実を与えてしまうだろう。
ランスが水晶の乙女を届けに向かった萌胞は、危険な化獣、厳獣のすみかである。拠点とするには目は届きにくいが危険過ぎる土地である。また、食糧や水も手に入れにくい。
根の国かと、アースは思ったが、自分やウィグラフのように少人数であれば目立たないが、獅子王党員が大勢で移動するには、緑野を通過する必要があるため無理だろう。
残りは茶茎と呼ばれるかつての鹿晋族の故郷と深樹海や淵樹海しかない。大人数の党員が生きていくためには、深樹海や淵樹海は食糧や水が手に入りにくいため不向きであろう。
「やはり、茶茎か。」
アースは呟いた。
樹嵐には牛那族が整備した大きな街道がいくつかある。
牛那族が住む中原とかつての獅子吼族の国 紫丘、不死王の住む天空城を結ぶ街道が紫街道と呼ばれていた。
白狗牙族の住む赤原と中原を結ぶ街道は赤街道と呼ばれている。
犀甲族の住む白樹の王都と赤原の地方都市ロムルスを結ぶ白街道は中原の商都ビルガスカヤへと通じていた。
馬弓族の緑野の郎党が集うホウセンと中原の穀倉地帯ミルガカヤを結んでいる道は緑街道と呼ばれ、緑野の家畜や穀物が央府へと運ばれる道であった。アースが育った根の国にも緑街道はつながっている。胚蝉酒はこの街道を通して樹嵐中に運ばれている。
凱喬族の湖国と央府を結ぶ街道は青街道と呼ばれているが、その先、黄台から茶茎へと延長されていた。
この五街道を牛那族は主要街道と位置づけていた。そこから各地方都市を結ぶ街道がいくつも枝分かれしていた。牛那族が設置し、補修や整備も行っているため、関所や関門は一切なかった。鮮度の落ちるのが速い特産物をいち早く運ぶためである。
関所がないことは、アースのような旅人にとって幸運であった。
アースは湖国から青街道を通ってまず牛那族の央府を目指した。央府に入る前の村々では巨大な市が立っていた。傭具士の目を逃れるため、アースの蚩鳳には外套を着せてあった。殻士団や甲士団を持たない央府では蚩鳳そのものが珍しいのか、人々は最初は恐れながらアースの蚩鳳を見上げていた。しかし、それも最初のうちだけで、すぐに慣れたかのように人々は通り過ぎていった。
アースは市の中で糧食と水、この先の旅に必要なものを買いそろえた。水晶の乙女を届けた礼にと離宮の女王から受け取った硬貨が思いの外役立った。
二、三日ゆっくりと休息してから、アースは央府を旅立った。まずは黄台へと向かった黄台はアースを育ててくれた鹿晋族たちが樹嵐で最初に住んでいた土地である。赤き島の女王の来襲や氏族同士の戦いを嫌った鹿晋族は、戦火を避けて根の国へと移り住んだ。この地で培った牧畜の技術は根の国で胚蝉を育てるのにずいぶんと役立ったらしい。まともな作物があまりとれない根の国にとって胚蝉酒は貴重な資源であった。
黄台には鹿晋族に代わって牛那族と馬弓族が入植していた。黄台の国土の半分は強い風が吹いているため、秋から冬には乾燥した地帯となり、黄色い砂塵が舞い上がる。幸い、アースが通った季節は乾燥期ではなかったため、砂塵に悩まされることもなかった。鹿晋族が去った後に、牛那族が整備した運河が広がり、豊かな穀倉地帯へと変化していた。ちょうど収穫期なのだろう。たくさんの荷駄車が穀物を乗せて往来を繰り返していた。
茶茎にたどり着くまでに、さらに半月必要であった。光翅を使用すればこんなに月日が必要ではなかった。しかし、光翅を使用するためには外套を脱がなければならない。傭具士達に追われる身のアースにとって、蚩鳳の姿をさらすのは危険であり、その方法は避けたいものであった。
茶茎の入り口にある村で、獅子王党の手がかりがようやく得られた。森の奥に蚩鳳乗りたちが最近よく集まっているらしい。
アースは村人たちの言葉を手がかりに森の奥にと分け入った。獅子王党の集まる拠点にたどり着くのには、道なき道を歩いてさらに七日かかった。
入り口で警護する若き従士に千の傷ハナーンへの言付けを頼むと、アースは泉で汲んだ水を蚩鳳へと運んだ。道なき道を進んだためか、蚩鳳が少し熱を帯びていたからである。
蚩鳳の冷却が一区切り着く頃、千の傷のハナーン、インディア、コモドアと懐かしい面々に再会できた。
「無事に剣を手に入れて帰ってきたんだな。」
ハナーンやインディアから話には聞いていたものの、天獣の剣を持つアースの蚩鳳を見てコモドアは喜んだ。
再会を喜ぶ三人の後ろから一人の若者が声をかけてきた。ウィグラフの息子フロスグラウその人であった。
「お喜びのところすまんが党首が君を呼んでいる。アース。一緒に来てくれ。」
フロスグラウは冷たい視線をアースに向けた。それは、父の死の原因となったアースのことをまだ許していない目であった。
拠点の中央には天幕が張られ、獅子王党の殻士たちが円卓を囲んで話し合っていた。
「天獣の剣を持ち帰ったとなれば、獅子駆王の忘れ形見として認めざるを得ないだろう。」「だが、急襲を受けた今、獅子王党は危機的状況にある。アース君、君を党の党首として迎えられる状況ではないんだ。わかってくれ。」
ウィグラフ亡き後党首となったデルゼント公がアースに告げた。
「はい、わかっています。私のような若輩者が皆さんを導けるはずがありません。」
「ありがたい。ではそうさせてもらおう。」
殻士フレスカが叫んだ。
「皆に天獣の剣を披露してもらえんか。」
「おおーぅ。」
円卓のあちこちから歓声が上がった。アースは了承すると天幕の外に出て蚩鳳に乗り込んだ。殻士たちは天幕を出てその様子を見守った。
アースは手に入れた天獣の剣、獅子咆剣を鞘から引き抜いて構えた。
ここにいる多くのものが天獣の剣を見るのは初めてであった。
歓声はアースが剣をしまうまで止まなかった。




