第32章 荷駄車の上で
ペウス一行に水晶の乙女を手渡したランスは、湖国への帰途についた。しかし、この際、兄王クルスの言うように帰り道で見聞を広めることにした。
萌蓬から湖国へと戻る途中に彼は一つの村に立ち寄った。帰途に必要な水と食料を譲ってもらうためにである。
村の雑貨屋は、一人の看板娘が取り仕切っていた。今まで人が居なかった萌蓬の土地とは異なり、この村は住民も多く、店はかなり繁盛しているようである。
「すみません、飲み水と糧食を手に入れたいのですが。」
蚩鳳を降りたランスは混雑する客が途切れるのを待ってから看板娘に声をかけた。
「水はどれくらい要るんだい。」
ランスは革袋の水筒を娘に二つ手渡して、
「これにお願いします。」
と答えた。その時まで忙しくしていた看板娘は、初めてまともにランスの姿を目にした。
「それと干し肉と香辛料を少し、あとは乾燥菜を。」
看板娘は、ランスの顔を見つめてじっとしていた。ランスの後ろに並んでいた常連客らしい村人が看板娘に声をかけた。
「エレイン。水と干し肉だってよ。」
はっとしたように看板娘は我に返った。
「はいはいはい。まずは水。汲んでくるからちょっと待っててね。母さん、これに湧き水入れてきて。」
店の奥から母親と思われる恰幅のよい女性が出てきた。
「あいよ。ちょっと待ってな。」
そう言うと店の奥に引っ込んでいった。しばらくして水をたっぷり入れた革袋の水筒を抱えて戻ってきた。
その間に看板娘は、干し肉とそれに合う香辛料と束ねられた乾燥菜をかごに入れてランスに手渡した。看板娘は、再びランスの顔に釘付けになった。常連客の村人が看板娘に声をかけた。
「早く勘定を済ませてくれよ。みんな待っているだい。」
ランスの後ろにはまた少し行列ができていた。値段を母親から聞いて、ランスは少し多めに硬貨を支払った。店の脇にある椅子に座って水を飲み、乾燥菜をかじった。先を急いだだめ、光翅で飛び回ってきた。だから、乾燥菜とはいえ、ゆっくり食事を取るのはは久しぶりであった。
店の仕事が一段落付いたのか、看板娘がランスに近づいてきた。
「エレインさんと言うんですね。いい店ですね。活気があって。」
ランスはここで、初めてエレインの容姿に目をやった。母親は恰幅の良い後ろに編んだ髪を垂らした牛那族の特徴を持っていた。
しかし、エレインという娘は、透き通った肌と銀色の髪をしていた。側頭部に小さいながら角があった。ランスの額に生えているものとよく似ている螺旋角である。
「あなたは。この辺では蚩鳳乗りなんてめったに見ないけど。」
「私はランスと言います。湖国から友人に届け物をした帰りです。」
「そうなんだ。だからこんな田舎の村に。」
「はい。行きは夢中で先を急いだのですが、帰りはのんびりでいいかと。」
「なるほどねえ。そういえばこの間も蚩鳳乗りが三人と技芸みたいなのが三人、もう一人ちょっと怪しそうなのが一人居る探索者一行が来たねえ。」
「ああ、多分その中の一人が私の友人ですよ。」
「ふうん。そうなんだ。まあ、帰りはのんびり行くといいよ。」
そういうと看板娘エレインはまた店へと戻っていった。
「母親とは血がつながっていないみたいだけど、何か理由があるのだろうな。」
牛那族は商売を手広く行っていることで知られた氏族である。表面的には笑顔を絶やさず人当たりも良い。だが商売のことになると一際才覚を発揮する氏族でもあった。
今度は母親がランスに話しかけた。
「珍しい客人だよ。こんなところまで。娘は大分気に入ったようだよ。」
「えっ。」
「商売抜きであの子が人に話しかけるなんて滅多にないことだからね。だから気に入ったんだろうよ。」
「と言われても。」
「あの娘はね、うちの夫がまだ元気だったころ、狩りに行った森の奥で泣いているのを見つけて連れてきたんだよ。」
そういうと母親はつらつらと昔話を始めた。
「捨てられていた娘はまだ目も見えないくらいだったから本当に生まれたてだったんだろうって夫はよく言ってたわ。」
「そんなに小さいころから。」
「着ていた産着はいい品だったから、それなりの生まれなんだろうけどね。」
牛那族は商売上、各氏族の内情に精通していた。彼女の夫も今では狩人暮らしをして村の店を手伝っていたが、央府ともつながりが深い人物らしい。
「でも調べても、手がかりなんて出やしなかったのよ。」
「そうなんですか。」
「あの子の頭に生えている両わきの角のせいかもしれないって、夫は言ってたわ。だからうちの娘として手伝ってもらっているのよ。」
「角がどうして。」
「あら知らないの。ああそうか、あなたは角があるって言っても一本だから凱喬族だものね。犀甲族ならよく知っていることよ。」
「いったい?」
「犀甲族は額にねじれ角が二本あるの。大きければ大きいほど高い身分の証し。でもね、エレインのように、希に両わきに生えちゃう子が生まれるわけ。そういう子は家を傾ける子っていう言い習わしがあるみたいで、里子に出されたり、捨てられたりしちゃうみたいなの。」
「そんなひどい。」
「氏族にはそれぞれのしきたりや習慣があるから、他の氏族がとやかく言うことはできないわ。中には殺されちゃう子もいたみたいだし。」
ランスにはとうてい想像もできなかった。母親が命がけで産んだ我が子にそんな仕打ちができるだろうか。
母親とあれこれ話し込んでしまったランスは、結局その夜を村で過ごすことにした。蚩鳳宿などないので、店の倉庫になっている建物の二階で休むことになった。
「エレインさんか。死んだ僕の母さんと同じ名前だな。」
兄クルスとランスの母親は異なっていた。兄弟は仲が良かったが、その当時クルスの母親はランスのことをあまり好きではないように感じられた。かった。ランスの母親は彼がキルディスの弟子となる二年前に亡くなっていた。実の母の死後、兄クルスの母の態度がずいぶんと柔らかくなったのを覚えている。
部屋で休んでいると階下の大通りから多数の人物が大声で怒鳴り合う声が聞こえてきた。すでにまどろんでいたランスは、その怒声に起こされた。
「名は明かせぬが、高貴な姫君が盗賊団に連れ去られたらしい。」
店の主人は、騒いでいた一行の言葉をそのまま家族に伝えていた。ランスも一緒に聞いていた。
「何か、手がかりはないのですか。」
「警護していた身徒殻士もいっしょに捕まっているらしい。」
「蚩鳳乗りがいたのに連れ去られちまったのかい。」
「どうもそうらしい。」
「私に何か手伝えることはないでしょうかね。」
ランスが主人に伝えた。
「あんたも蚩鳳乗りだったな。一緒に行って話を聞こう。」
主人は寝間着のままのランスを通りへと引っ張り出した。主人は一行の隊長とおぼしき人物に話をつけ、ランスは翌朝から探索に加わることになった。
盗賊団の隠れ家は、村から徒歩なら半日はかかる山の麓にあった。駆けつけてきた身徒殻士団は全員で十五名。そこにランスを加えて十六名。村からも剣士が二十名ほど参加していた。うかつに蚩鳳に乗って近づけば、とらわれている姫君と護衛の身徒殻士の命が危ない。
そこで案を出したのが店の主人であった。
「どうでしょう。この中で一番強そうな方の蚩鳳を荷駄車に乗せて近づくっていうのは。」
「はあ、我々の蚩鳳を荷駄車になんぞ乗せてたまるか。恥だわ。」
いきりたつ身徒殻士たちの中で一人の男が手をあげた。
「その役、私が引き受けよう。」
「こいつはよそ者ものだろう。敵の回し者かもしれんぞ。」
疑いだしたらきりがない。ランスは諦めて胸元から鎖でつながれた胸飾りを引き出して皆に見せた。キルディスから譲られた品である。
「湖国の第一の殻士、そして剣聖の名にかけて私が引き受けよう。」
胸飾りをみた一同ははっと息を飲んだ。試練ぞ
「あれは、剣聖の証しだぞ。」
ざわついていた一行は、ランスの剣聖の証しを見た途端静まりかえった。
「剣聖殿とはつゆ知らず、無礼を働き申し訳ございません。ご協力に感謝いたします。」
主人が荷駄車の御者となっても隣に着替えたランスを乗せ、後ろにはランスの蚩鳳を乗せた。盗賊一行には、酒を売りつれにきた商人風を名乗った。
「酒か。気が利くな。主人、金ならたんまり入るあてがあるから心配するな。ただ今はつけにしておいてくれ。」
盗賊の隠れ家の広場まで主人とランスは怪しまれずに進めた。酒樽を積んだ荷をほどくふりをして、ランスは素早く蚩鳳に乗り込んだ。
油断していた盗賊たちが武器を手にするまでの間に、ランスはあらかたの盗賊たちを倒した。もちろん峰打ちである。手加減はしたとは言え、蚩鳳剣の剣技を受けては、手足の骨折は免れないだろう。
「なにごとだあ。うるさいぞ。お前ら。」
広場の奥の建物から盗賊の首領とおぼしき人物が現れた。
「おい、万里象の扉を開けて連れてこい。」
首領は怪我を負っていない手下に命じた。
「なるほど、化獣使いか。蚩鳳乗りの身徒殻士が敗れたのも無理はない。」
ランスは呟いた。
合図を待っていた姫君奪還の身徒殻士たちも広場に集まってきた。
その時、地響きを立てて万里象と呼ばれる化獣が突進してきた。首領は長い笛を吹いて化獣を操っているようだった。大きな耳と長い鼻、突き出た四本の牙を持つ巨大な化獣であったる
突進を食らって、身徒殻士の一人が広場の塀にたたきつけられた。あの突進を受けたら蚩鳳に乗っているとはいえ、すぐには起き上がれないだろう。
別の身徒殻士が万里象に斬りかかったが厚い表皮に剣をはじかれて、のけぞり、逆に踏み潰されそうになった。ランスは蚩鳳で万里象の足下に潜り込んだ。そしてその脚を持ち上げると身徒殻士に逃げるよう促した。
万里象は怒り狂って、長い牙でランスの蚩鳳を払い飛ばそうとした。身徒殻士が離れるのを見届けたランスは、その攻撃を光翅で羽ばたくことで交わした。
少し距離を置いてランスは蚩鳳剣を抜いた。
「剣聖の剣、天獣の剣、水月洵だ。生まれて初めて見たぞ。」
身徒殻士の一人が壁際から興奮した声で叫んだ。
「なにが剣聖だ。牙で串刺しにしてやるわ。」
首領は笛で合図した。
ランスは両手で剣を構えた。突進してくる万里象の頭に向かってその剣を切り下ろした。身徒殻士の剣をはじいた万里象の皮はあっさり断ち切られた。ランスは突進から身を守るために横にずれながら、二撃目で万里象の首を切り落とした。頭と胴は二つに分かれて地面に倒れた。万里象の巨大な頭は、そのまま笛を吹いていた首領の頭上に落ちた。
「うわあ。」
笛を投げ捨てて逃げようとしたが、首領の頭は万里象の下敷きとなった。
残っていた盗賊たちは、この戦いを見て動けるものから逃げ出し始めた。しかし、隠れ家の周囲にいたた村の剣士たちに次々と切り伏せられていった。
ランスの攻撃で倒された盗賊たちは簡単な手当や添え木をされて、後からやってきた荷駄車の上の牢に入れられた。
身徒殻士の一人が、建物の中から囚われていた姫君と警護の身徒殻士を助け出してきた。「ありがとうございます。皆様。そして剣聖様。」
そう話す姫君の顔にランスは見覚えがあった。
「エレインさん?」
「お前、なんでここに。村にいろって行ったじゃないか。」
剣士とともに戦っていた店の主人も姫君に向かって声を張り上げた。
「確かに、私の名はエレインですが、村というものに住んだことはありませんよ。」
いぶかしげに二人を見つめる姫君には、額から二本の螺旋角が生えていた。よく似ているが村の看板娘のエレインと、この姫君のエレインは角の生え方が違う。
「別人なんだ。」
ランスがそう気づくまで、しばらくかかった。
囚われていた身徒殻士は頭に怪我こそしていたが、他に傷は負っていなかった。蚩鳳に乗る前に万里象の突進を食らったそうである。命が助かっただけでも奇跡であろう。この若き信徒殻士こそ、アースと試しをともにしたカインであった。
村に戻った姫君は、店の裏手の本宅で湯浴みをさせてもらっていた。湯から上がってきた姫君は、看板娘と並ぶと角以外区別が付かないほどよく似ていた。
救出に参加した信徒殻士の隊長であるソールは二人を見比べて昔聞いた噂話を思い出した。
「姫君は双子で、そのうちの一人のが両わきに角があったたそうだ。そのため、森の信徒殻士の修練場へ連れられていったと。ただ、その途中で行方知れずになったと。そんな噂話だった。」
「ということは、この姫様が、私の姉様ということですか。」
看板娘のエレインが尋ねた。
「いえ、連れられていったのが姉君だという噂でした。」
「ではあなたが姉様ですのね。」
姫君は恭しく看板娘にお辞儀をした。
「ちょっと待ってよ。姫様。私なんぞにそんなお辞儀。恥ずかしいったらありゃしない。」 両手で顔を隠したエレインは耳まで真っ赤になった。
「別人というわけではないんだ。双子の姉妹か。」
ランスはほっと胸をなで下ろした。
身徒殻士たちは怪我をしたカインと姫君を連れて自分たちの故郷へと旅立っていった。ランスたちはその姿を見送った。
「いいのかい、付いていかなくても。」
母親が看板娘のエレインにささやいた。
「だって家を傾けちゃうんでしょ。あたしの角。そんな家に戻ったって居心地が悪いに決まっているわ。」
そう笑いながらも、少し寂しそうな横顔をランスは見つめていた。
「では、私も旅を続けます。また寄りますね。」
宿屋の主人と母親、看板娘に別れを告げて、ランスは旅だった。兄王クルスの願いに応えるべく、諸国をまわるという当てのない旅がまた始まったのだ。




