第30章 瑠璃王の船
萌胞の地下王宮は羚挂族が築いた巨大な迷宮でもあった。坑道と坑道が無数に枝分かれし、様々な鉱物の鉱床へとつながっていた。
その最下部には、採掘で流れ出た地下水がたまった巨大な湖があった。湖国の中程度の湖渡比肩しても十分な広さを持つ湖であった。
その湖の湖底に巨大な船は眠っていた。大地が失われ、天人族が死に絶え、わずから生き残りの氏族と共に海中都市に逃れた。そうした流浪の日々をこの船は知っていた。
青紫の透明な結晶石で作られた外壁には、無数の窓が取り付けられている。
船の下部には、船を飛行させるための翼のような突起がいくつも並んでいた。天宝輪と呼ばれる古代の知恵によってこの船は築かれた。
だが、永い永い眠りの時をここで過ごしていた。樹嵐に危機が訪れたとき、再び氏族を乗せて新たな流浪の旅へとむかうために。
ペウスたち一行は地下迷宮の一層で立ち往生していた。準備は整えたつもりであったが、この地下迷宮に棲む化獣の強さは、地上とは比肩できないものであった。一体の化獣を倒すために、蚩鳳乗りが三人がかりであった。
やっかいなのは、仲間を呼ぶ習性を持つ巌猿猴と呼ばれる魄獣であった。強さはそれほどでもないものの、磐猿をさらに巨大にしたような敵であった。赤き島の女王が率いてきた氏族の一員だという。彼らは地下迷宮に適応してかなり数を増やしていた。一体をたおしても、次々と仲間を呼ぶ。そして最期の一人が仲間を呼ぶとあちこちから増援がやってくる。磐猿のように樹上から不意打ちで圧殺しようとする攻撃はなかったものの、棍棒のような武器を振り回して迷宮の壁や足場を崩しまくる。カールラやラップ、カンカのように生身の者は、生き埋めになる危険性もあった。
ガフェリンは星輪大刀角蚩鳳を駆り、仲間を守るために常に足場を意識して攻撃した。ワカヒトは直刀角蚩鳳で距離を取りながら、弓を用いて牽制を行った。ペウスが大黒剛蚩凰を駆り棍で絡め取った。ある程度の知性があるためか、絡め取られると急に戦意を喪失して逃げ出す個体が多かった。その背に向けてワカヒトが弓矢を放った。うなじ辺りが急所らしく、そこに矢が当たると倒れて動かなくなった。
十ほど巌猿猴の集団を倒した後、カリギヌが音を遮る聖理を用いて戦いはいったん止んだ。
小休止を終えると、一行は第一層から第二層へと下る階段を見つけた。小塚の老人のこ織物はここまで十分に役立っていた。
地下二層では大型の牙と大きな鼻を持つ魄獣、茂隆亥が現れた。彼らは強力な脚力でこちらを見つけると突進してくる。通路に置かれた廃鉱石入れの陰に隠れて、何度かこの突進を防げた。一度はペウスが牙を取って組み伏せたがそれでもじりじりと後ろへ押された。機転を利かしたカンカが
「ペウス、捻れ。」
と教えてくれたおかげで、茂隆亥をひっくり返せた。茂隆亥は一度ひっくり返すとなかなか起き上がれないようであった。ワカヒトがその腹に向けて弓を放ってとどめを刺した。
大きな扉のある洞窟で、一行は小休止を取った。先ほど倒した茂隆亥はカンカが器用に肉を捌いて、ラップによって焼き肉にされた。
「結構うまいな。こいつ。」
カールラがむしゃむしゃとしゃぶりついた。
ペウスは魄獣とはいえ、別の島の氏族である茂隆亥を食べるのに躊躇していた。
「この先、いつ食べ物が手に入るかわかんないんだから、食べられる時に食べるの。」
ラップがペウスの躊躇を諭すように言った。
ペウスは覚悟して焼き肉にかぶりついた。
「うまい。」
たしかに味はよかったが、ペウスのためらいが消えることはなかった。
第二層は茂隆亥と巌猿猴外の敵は現れなかった。対処法がわかったので、凌いだり、倒したりの繰り返しで先に進められた。
問題は第三層であった。巨大な炎蛇が無数に通路でとぐろを巻いていた。鼻先を押さえようにも武器はない。一行に緊張が走った。
ラップが火を熾すと、カールラは旅竈へ渋蓬を投げ込んだ。その煙があっというまに辺りを包み込んだ。魔女ゼリアと時にとったやり方をもう一度試したのだ。渋蓬には、麻酔作用があるので、炎蛇たちの動きは鈍くなった。彼らの動きが止まるまで、一刻の時間がかかった。ペウスたちは、自分たちも麻酔にかからないよう離れて見守っていた。カリギヌの合図でようやく前に進むことができた。しかし、渋蓬にも限りはある。最期の炎蛇を眠らせたときにはもう使い果たしていた。
第四層は不気味なほど静かであったが敵は現れなかった。どこか遠くから鳴き声のような歌声のような不思議な声が聞こえてきた。
「まずい、これで耳を塞げ。」
カンカは一行全員に粘土玉を渡した。
「あの歌声を聞くと眠っちまう。その後は石にされちまうんだ。」
全員が粘土玉を耳に詰めた。
通りの向こうから三人の女の姿が現れた。しかし、その下半身は挙鳥のような羽毛で覆われていた。カンカもこの化獣の名前は知らなかったが、対処法だけは探索者時代の仲間から聞いていた。
三人の女は鋭いかぎ爪で一行に襲いかかった。ラップやカンカ、カールラが真っ先に狙われた。こいつらは、蚩鳳との戦いの危険さを知っているのだろう。
ペウスは横殴りにして女の一人を通りの向こうまで吹き飛ばした。ワカヒトは弓で女の頭を貫いた。ガフェリンは蚩鳳剣を用いて女の首を飛ばした。
「倒したのか。」
とどめを刺そうと近づこうとするワカヒトにカンカが叫んだ。
「よせ、あいつらは死んでいてもその目を見ると石にされちまう。さっさと先へ行こう。」 一瞬びくっとしたワカヒトはカンカの言葉に従った。
「うまそうだけどな、あのもも肉。」
カールラは残念そうに立ち去った。
第五層の階段の前を塞ぐように巨大な厳獣が寝そべっていた。橄欖竜とよばれる黄緑色の美しい鱗を持つ竜として知られていた。探索者の中でも迷宮に住む強敵として有名な竜で、鱗は堅く、並の武器の攻撃を受け付けなかった。さらに、口からは強い酸性の腐食液を吐き出す。カリギヌは橄欖竜が眠っている間に、三体の蚩鳳に抗呪文を施した。
「こうすれば吐液を受けてもすぐに溶けたりはしないが、毒霧は吸い込まないよう注意してくれ。」
ペウスは大黒剛蚩凰を駆って橄欖竜の正面に立った。いつもの棍ではなく、三鎖棍を携えている。鎖の付いた三鎖棍を床の石畳に打ち付けると、甲高い音が響き渡った。 橄欖竜はゆっくりと目を開けた。赤い瞳がらんらんと輝いてペウスの大黒剛蚩凰をにらみつけた。岩陰に隠れてワカヒトとガフェリンは待った。橄欖竜は立ち上がると、巨大な尾をくねらせて、強力な打撃をペウスの大黒剛蚩凰にたたきつけた。ペウスは光翅を用いてそれをギリギリでかわした。尾の一撃で迷宮の壁が轟音を立てて崩れた。橄欖竜は前脚のかぎ爪で、大黒剛蚩凰をとらえようとした。そこへワカヒトが牽制で矢を射かけた。鱗にはじかれた矢は石畳の上に落ちていった。ガフェリンは後ろ脚の間をくぐり抜けて橄欖竜の腹部に蚩鳳剣を突き立てた。ほんの少しだが鱗を突き破って傷を負わせることができた。橄欖竜はガフェリンの星輪大刀角蚩鳳をそのまま押しつぶそうと体重をかけてきた。ガフェリンは光翅を用いて抜け出した。
橄欖竜は鼻を膨らませて周囲の空気を吸い込んだ。腐食液の攻撃をするためだ。ペウスは橄欖竜の顔の前に立って、口が開くのを待った。口が開いた途端、ペウスは連結した三鎖棍をその開いた口に押し込んだ。腐食液は開きすぎた口からこぼれて、橄欖竜の胸元にこぼれた。しゅうしゅうと音をたててあの堅い鱗が溶け出した。ワカヒトはその機を逃さずに鱗の剥がれた胸元に立て続けに矢を放った。矢は胸元の竜吐袋を突き破ったのだろう。さらに大量の腐食液が流れ出てきた。喉から胸元にかけて骨が泡になり、橄欖竜は動きを止めた。カリギヌが腐食液を中和する聖理を用いるまで、一行は前に進めなかった。
一行はようやく第五層へ達した。不思議なことに、第五層は地底湖から放たれる光にあふれていた。天井の岩盤がそれを反射して星々が輝いているかのようだった。
「きれいな場所ね。」
ラップはうっとりとして眺めた。
七人の水晶の乙女が輪になって何かを唱え始めた。
「湖の底から、何か出てくるぞ。」
カールラが身構えた。
それはあまりに青紫の透明な結晶石で作られた巨大な船であった。
「これが、瑠璃王の船。」
「ようやく役目を果たせたわね。ありがとうみんな、そして導きのペウス。」
七人の水晶の乙女は、全員でペウスに一礼した。
「でもこれ、動くのか?水浸しだろ。」
カールラがあきれて聞いた。
「大丈夫です。長い流浪の日々、空でも海でも長く旅した船ですから。」
七人が声を揃えて答えた。
「まあ、とりあえず乗ってみましょう。」
カリギヌが先頭になって船に乗り込んでいった。ラップとペウスは船の放つ光があまりに美しいので、乗り込むのが最後になってしまった。
七人の乙女たちが話したように、船の中には水が一切染みこんでは居なかった。昨日まで誰かが掃除していたんだろうと思うほど清潔であった。
船の中央部に小高い塔があり、乙女たちはそこへ一行を誘導した。
塔の中には見たこともないような時計のような文字盤が並び、動かすためのものだろうか、取っ手や舵輪があった。そしてその中央には巨大な球体の物体があった。
「よかった、無事だったんだ。」
乙女たちは手を叩いて喜んだ。
「これが新しい樹嵐を生み出す樹嵐の胚種、『グラール』よ。」
「沈む樹嵐に変わって、新しい樹嵐が生まれるの。」
「船を動かして、グラールを海に蒔くのよ。」
「その前に特異点を見つけないとね。」
「どこに蒔いてもいいわけじゃないから。」
「そうだね。見つけないと。」
一行を差し置いて水晶の乙女たちは盛り上がっていた。命がけの役目をもうすぐ果たせるという高揚感からだった。
「わかるように教えてくれるかい。」
カールラは頭をかきながら、乙女たちに訪ねた。一行が乙女たちの話を理解し終えるにはかなりの時間がかかった。ラップが三回料理を振る舞うぐらいには。
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