第29章 萌胞の採集家
萌胞は豊かな土地であった。食物だけでなく、多種多様の鉱物資源が採取されていた。蚩鳳の用いる一般的な蚩鳳剣は、この土地で採取された鉱物を精錬して作られている。
ある日突然、赤き島の女王率いる軍が樹嵐に攻め込んできた。羚挂族の地下王宮は女王軍に蹂躙され、命からがら人々は逃げ出した。羚挂族は樹嵐各地へとちりぢりになっていった。
戦乱で荒廃した羚挂族の地下王宮は、現在では、女王軍が残した化獣や厳獣の住む大迷宮と化していた。 女王軍は豊かな樹嵐を手にするために、彼女が従える氏族と彼らが使役する化獣や厳獣を持って攻めてきたのである。
樹嵐にもともと棲んでいた化獣を倒すために湖国の離宮の女王を中心に蚩鳳が作られた。赤き島の女王軍との戦いでは、この蚩鳳たちが活躍した。今となっては語り継がれることのない殻士たちの多くの屍を乗り越えて、獅子心王と四天王たちがついに女王軍を撃退することができた。
瑠璃王の船の手がかりを求めて、ペウスとその一行はいよいよ萌胞へとさしかかっていた。かつては交易で賑わっていたであろう街道は石畳も崩れ、蚩鳳が歩く道幅もぎりぎりであった。 萌胞にさしかかると、七人の水晶の乙女たちは、ずいぶんと記憶を取り戻していった。一人一人が覚えていることはバラバラであったが、それをカリギヌとカールラがつなぎ合わせていった。
「俺、こういうの昔から得意なんだよね。」
カールラは茶目っ気を見せて、ぺウスに笑いかけた。糧食も水もずいぶんあるが、ペウス、ワカヒト、ガフェリンらの蚩鳳乗りたちはここまでの化獣や厳獣との戦いで少し疲弊していた。
もしも蚩鳳乗りが一人であったら、さすがのペウスであってもここまでたどり着けなかっただろう。魔女狩り時の炎蛇ほどの巨大なものはいなかったが、彼らの出す吐炎はやっかいであった。ペウスが正面に立っておとりとなる形で背後に回ったワカヒトとガフェリンが炎蛇を切り裂いた。
もっともやっかいな相手は磐猿と呼ばれる巨大な化獣であった。かなりの知性を持つため、樹上で待ち伏せをして攻撃を仕掛けてくる。カンカの鋭い嗅覚がなければ発見できずにやられていただろう。
「樹の上だ。」
というカンカの叫び声に応じて一行が散開すると、樹上から磐猿が飛び降りてきた。蚩鳳の二倍はある体格で押しつぶされたら、ひとたまりも無かったろう。すかさずペウスが棍で腕を絡め取り動きを鈍らせた。そこへガフェリンが蚩鳳剣をたたき込んだ。
蚩鳳剣の手入れも必要であったが、無人の地に鍛冶屋や武器商店などはあるはずもなかった。
小さな鹿晋族の体からは想像できないほどカンカはいろいろなことができた。
ていた。カンカは森で見つけた竹と捕まえた挙鳥の翅を使って、矢を作り上げた。馬弓族と呼ばれる位であるから、彼らは蚩鳳剣だけでなく弓も上手に使いこなしていた。特に空を飛ぶ挙鳥の討伐にはこの弓が効果的であった。敵の方からこちらに向かって飛び込んで来てくれるために、大量の挙鳥に襲いかかられても焦ることはなかった。たしかに挙鳥のかぎ爪は人の身には危険であったが、大黒剛蚩鳳の装甲であれば防ぐことができた。挙鳥は一行の食糧としても役に立った。
蚩鳳が負った傷はカリギヌが持ってきた織折の布を使ってカリギヌとカンカが直すことはできた。織折はとても高額な布である。カンカはいくつもの探索の中でこの布の用い方を学んだと言っていた。
「カリギヌ殿の負担が減るので助かります。」
ペウスはカンカに声をかけた。
「あいよ。」
カンカは朗らかに答えた。
ペウスの蚩鳳はもともと装甲が厚いため、それほどの損傷はなかった。多少の損傷は蚩鳳自身が川につかることで自己治癒できた。
馬弓族の用いる刀角蚩鳳はもともと装甲と呼べるものがあまりなく、皮や鉱物板、化獣の骨格などを用いた短冊状の装甲をつけていた。他の氏族の蚩鳳と異なり、刀角蚩鳳は驚くほど長命で、祖父から父、そして子へと受け継がれていった。分厚い装甲がなく、脱皮を繰り返す必要もないことが、長命の理由と言われていた。
ラップが森で調達してきた蔦を用いてワカヒトとガフェリンは器用に短冊をつなげ直した。
「伝心球に乙女の記憶の結合、周囲の探索とカリギヌ殿のすることは多過ぎだからな。みんなで代われることは少しでもやらないと。」
「この先に広い土地がありそうです。今夜はそこで野営しましょう。」
「ありがたい。少しゆっくりできそうだ。」
広場の中央には小高い塚が築かれていた。その中央付近には入り口があり、羚挂族の老人が座って鉱物を叩いてはにらんでいた。
「人が居る。」
ラップが驚いた。ここまで来るのにかなりの化獣や厳獣と戦ってきた。生身の体で生き抜ける土地とは思えなかった。
「ほおう。こんなところに旅人じゃと。」
老人は声を張り上げた。
「少しこの広場で休んでよろしいでしょうか。」
「構わんぞい。蚩鳳は入れんが、人間なら塚の中で休む部屋がある。」
「ありがとうございます。」
「お礼にこの干し肉をどうぞ。」
ラップが包みを老人に手渡した。包みを開いた老人は
「おおう。干し肉とは何年ぶりじゃ。うれしいのお。」
老人は満面の笑みで答えた。
「この小塚には結界鉱石があるんでな。化獣や厳獣もあまり近寄らんのだよ。」
「おじいさんは、ここで何を。」
カールラが訪ねた。
「失礼な。これでもわしはまだ百にもなっとらんぞ。若いわ。」
羚挂族は長命だと聞いていたが、百を超えるとなると結構な年齢である。
「すみません、お兄さん。ここで何を。」
カールラが聞き直した。こういった機微の利いた会話は世間慣れしているカールラが一番得意であった。
「うむそうじゃろ、そうじゃろ。わしは小塚の地下で鉱石を掘っておる。」
「もしかして、剣石もありますか?」
ワカヒトが老人に尋ねた。
「もちろんじゃ。たっぷりとあるよ。女王軍が去って以来、一番高く売れる鉱石じゃからな。王宮の地下ならもっと上質な鉱石がたっぷりとあるんじゃが。さすがに生身では近づけん。」
「剣石を譲ってもらうことはできませんか。」
「構わんが値は張るぞ。」
「お願いします。」
ワカヒトとガフェリンは前のめりで老人に近づいた。
「とりあえずは、まず干し肉じゃ。明日にはおまえらの剣や鏃も見てやろう。わしは鍛冶もできるでな。ただし値は張るぞ。」
老人は満面の笑みで答えた。
老人の下には年に何度か、鉱石を取りに鬣丹族の蚩鳳が訪れると言った。牛那族の五家戸に雇われているというその若者は、飛翔に長けた紅鷺蚩鳳を用いて鉱物と食料や採集道具を交換しているそうだった。
「競技会で戦った相手も鬣丹族の紅鷺蚩鳳だったな。」
ペウスは久しぶりにあの戦いを思い出していた。
蚩鳳剣の手入れと鏃の補給には一週間ほどかかった。待っている間にペウスとカンカが取ってきた獣肉をラップが料理して老人に振る舞った。
「うまい。うまい。」
老人は料理を頬張ってまた満面の笑みを浮かべた。
結局老人は、ごくありふれた鍛冶料金を求めた。ラップの料理が気に入ったのがその理由だという。
「地下迷宮に挑んだら、帰りに寄ってくれ。その時に飯を食わしてくれるなら、この料金でいい。」
「それから、曾爺さんがもっとった織物じゃ。地下王宮の様子が織られておる。持って行ってくれ。ちと汚れたり、焦げたりしているがの。」
「ありがとうございます。」
ペウスは一行を代表して織物を受け取るとカンカに託した。
「はい、これ干し肉。まだ干し足りないけど、二、三日なら持つからすく食べてね。」
ラップが料理を気に入ってもらった礼にと干し肉の束を渡した。
老人は笑みを浮かべて一行を見送ると塚の中へ消えていった。ペウス一行に使ってしまった分の剣石を補充するためだという。
一行は老人と過ごした一週間で、装備も体力も回復できた。




