第28章 鬣丹の城へ
犀甲族の麟軌曹の残党、棄躯のルマナ、黄昏の戦鬼士スクタイとの死闘を終えてカイナギたちは不死王傭具士団の本部がある赤原へと戻ってきた。
剣崇ロマーナの死は、すでに傭具士たちにも届いていた。
「新たな剣崇はロマーナ殿の娘婿となる者から選ばれるらしいぞ。」
「競技会でも開かれれば出てみるか。」
あの激戦を生き残った白狗牙族トラフと馬弓族のコミノが軽口をたたき合っていたが、傭具士となった今では、そのような表舞台には縁がないのも知っていた。
「シーバ、お前湖国の競技会には出たんだろ。今回も出ればいいじゃないか。」
トラフが部屋の隅に座っているシーバに声をかけた。
「もう、蚩鳳の頭は大丈夫なんだろう。」
「それくらいにしておけ。」
カイナギがトラフとコミノを制した。
「とりあえず、傭具士も大分減ってしまった。大規模な任務を果たすためには、補充が必要だ。そちらが最優先だ。」
カイナギは、生き残りやも外で待機した者、今回の作戦には加わらなかった者たちに話しかけた。
「団長、当てはあるんですか。」
今やスラヴヌを失い、実質的な傭具士団の右腕となったラズーが口を挟んだ。
「金さえ積めば数は集まるにしても、腕の立つ者でないと、前回の任務のような戦いでは役に立たんぜ。」
トラフが苦虫をかみつぶしながら言った。
「もちろんだ。不死王傭具士団は氏族や身分を問わない分、腕だけは見極めてきたはずだ。だが、予想外の敵との戦いでかなり数を減らしてしまった。さらに精鋭を集める必要がある。」
「だから団長、どうやってその精鋭を集めるんですか。」
ラズーが口をとがらせただ。
「幸いなことに、新加入のシーバが競技会で活躍してくれた。あれはいい宣伝になった。一介の傭具士が隈黒族長パグンズの御曹司と互角に戦った。今の自分の境遇に不平や不満を抱える甲士たちにはいい刺激になったはずだ。」
「団長はそこまで考えていたんですか。」
「違うぞ。ラズー。宣伝はあくまで副産物だ。だが利用しない手はない。すでに樹嵐各地に不死王傭具士団員の募集の高札を立ててもらっている。近日中に腕に自信のある者たちが集まろう。その中からふるい落として精鋭を集めよう。」
団員全員が息を飲んだ。あの戦いからわずかな間に、団長は次の一手を打っていたのだ。
「話は変わるが、ラズー。お前にはシーバと共に芒棚に行ってもらう。」
芒棚はかつては錆谷と呼ばれていた。シーバの一族である鬣丹族の国だった。しかし、不死王との戦いで現在は無人の荒野と化した。王の居城であった城、雛巣城は見る影もないという。
鬣丹族の初代族長フブラムは蚩鳳すら存在しなかった時代に、不死王、初代獅子王と共に天獣に挑んだとされている。
「いったい何をしに、あんな廃墟へ。」
「雛巣城にあるフブラムの丹翼弓を取ってきてもらうのだ。」
「剣じゃなくって弓、本気か。蚩鳳乗りが弓使うなんて話聞いたことないぞ。」
「いや、あるんだよ。その蚩鳳用に作られた弓が。」
「そんなもの手に入れてどうするって言うんだ。」
「棄躯や黄昏の戦鬼士スクタイと戦ってみて感じた。何も剣だけで戦う必要はないってね。傭具士には傭具士の戦い方があるってものさ。」
シーバは、団長カイナギとラズーとの会話を腕組みしたまま聞いていた。
「命令や任務ならどこでも行くさ。それが今の自分の生き残る術だからな。だが鬣丹族の国なんて言っても、俺はそこで生まれたわけじゃないし、何の思い入れもないんだがな。」 精々、蚩鳳を手にしたときに見た燃える城の幻影くらいしか思い出すこともなかった。
「これは、その鳳雛城の蔵の鍵だ。持って行け。」
カイナギは古びた鍵をシーバに手渡した。
「どこでこんな古い鍵を?」
ラズーが尋ねた。カイナギは真顔になり。
「剣崇殿から譲り受けた。」
とだけ答えた。シーバもラズーもその気迫に押されて次の言葉が出なかった。
「明後日には発ってもらうぞ。」
カイナギの言葉にいらついたのか、黙り込んでいたシーバが口答えした。
「はあ、少しは酒ぐらい飲ませろ。」
ラズーが口を尖らせた。
「今夜だけで十分だろう。」
「せっかく稼ぎがよかったんだから、好きなだけ飲んでいたいぜ。」
とは言いながらラズーは芒棚への同行を受け入れた。二日酔いの頭を抱えながらシーバと共に旅の準備のため城下町へ繰り出した。
「まったく、人使いの荒い団長だぜ。」
酒が足りずにかなり憤っているラズーに対して、シーバは団長から渡された手紙を持ち、傭具士ゆかりの店々を回って準備を整えた。文字が読めないシーバにとって、このときばかりはラズーが役に立った。
「その薬草じゃない。こっちだ。」
「糧食にはこの店がいい。」
ラズーはシーバ買い物に的確に指示を出した。文字が読めないとなめてかかった店主もいたが、後ろにいるラズーがにらみを利かせるとごまかすのを止めた。
「これで大体そろいました。」
「まあまあだな。支払金は団長が出してくれたのか?」
「はい、任務だからと。」
「少しは浮いただろう。その分、俺にくれ。」
「ラズー殿がそう言うだろうからと、酒代は別に頂いております。これです。」
「けっ、全部お見通しかい。」
シーバから酒代を受け取ると、ラズーは城下町の雑踏に消えていった。明日の出発の時間はしっかり聞いていったので大丈夫だろう。
芒棚は不死王の住む天空城のすぐ下にある。錆谷と呼ばれたころは、特産品目当てに牛那族の商人が多く立ち寄っていた。当時の族長が不死王に反旗を翻したため、赤原公ロマーナが率いる不死王近衛殻士、白樹伯クウェルトが率いる氷雪殻士団との戦いによって滅んでしまった。いや、それは戦いとは呼べる者ではなかった。錆谷を流れる川に上流から毒を流し込んだのである。それを知らずに飲み水として飲んだり、魚を食べたりしたものがバタバタと死んでいった。「赤い水」と呼ばれる遅効性の毒である。族長はじめとする鬣丹族の蚩鳳乗りはまともに戦えるものも少なかった。川の水を灌漑に使っていたため、農作物も全滅した。生き残った鬣丹族はちりぢりになって樹嵐各地に散っていった。シーバの母親もその一人であったのだろう。
シーバは物心がついたときにはすでに奴隷となっていた。鬣丹族の銀色の髪と美しい願望は樹嵐でも人気があった。シーバは従順でもなく、反抗的でもなかった。ただ日々を食いつなぐことだけを感じていた。主人は何人も変わっていった。最後の主人がシーバに飽きたため、戦奴として売られたのであった。カイナギに見いだされなければ、いつかは戦いの中で死んでいただろう。だが、それを恩義に感じる心もシーバにはなかった。
他の廃墟とは異なり、不死王の天空城が近いためか、化獣や厳獣などの脅威は全くなかった。ただ、赤い水の汚染のために飲み水や食料を手に入ることのできない土地であった。
すでに草や木に覆われ、崩れかかった城下町の家々からは、人々の生活の痕跡は感じられなかった。
「ようやく着いたぞ。」
ラズーがシーバに話しかけた。
「雛巣城だ。この門から先はお前が一人で行けってことだ。」
「団長の命ですか。」
「ああ。」
さすがに酒こそ飲もうとはしなかったが、ラズーは蚩鳳から降りて昼寝を始めた。
「行ってきます。」
シーバは寝転んだラズーに声をかけて先へと進んだ。
雛巣城とは言っても天然の岩山の中に数多くの洞窟を穿って作られた不思議な土地であった。穴と穴の間には階段もはしごもなく、光翅を使って飛んだり、崖をよじ登ったりしなければならなかった。
ひときわ大きな洞窟が頂上近くに作られていた。歴代の族長の肖像が並べられていた。反対側にも殻士長や甲士長たちであろうか。肖像画が並んでいる。シーバは一番端の肖像画に目を奪われた。髪型こそ馬弓族の剃髪、巻き髪であったが、顔はカイナギ団長そのものだった。その隣に、シーバ団長によく似た馬弓族の人物の肖像があった。
「これは、団長だよな。でももう一人は誰なんだ?」
考えていても答えが出ることはない。シーバは次の行動に出た。
王の座の左側に巨大な蔵があり、カイナギから預かった鍵を使った。扉を開くと丹翼弓と呼ばれる巨大な弓が並んでいた。
「これか。」
シーバはその一つを手に取ってみた。弦こそ痛んでいたが弓自体はしっかりと蚩鳳の手になじんだ。
何度か登頂と下山を繰り返して、シーバは丹翼弓をすべて回収した。その間ラズーはずっと寝ていた。
「団長は、この丹翼弓で一体どうするつもりなんだ。」
シーバの疑問には誰も答えるものがなかった。
伝心球を用いて丹翼弓を回収したことを団長に伝えると、数日後には牛那族の荷駄車が城の真下に集められた。丹翼弓は荷駄車に積まれて傭具士団の本拠地へと運ばれて行った。




