第27章 水晶の乙女たち3
湖渡橋での立ち会いを終えた後、アウスは無事離宮の女王ニヴィアンに謁見を許された。七人目との戦いを終えるまで誓いが果たせないランスは、再び湖渡橋にて次の蚩鳳乗りを待つこととした。
翼竜殻士団長スレイ殿の助言があったから、戦いの続きをしなくてすんだことにアースはほっとしていた。
離宮の女王ニヴィアンの間は湖に面しているため、美しい水面を眺められた。
「待たせてすまない。」
女王ニヴィアンがアースの前に現れた。
「こちらの少女を届けに参りました。」
アースは肩に乗っていた袋桃腹のイフンケを手のひらにのせると一礼し、女王ニヴィアンへと差し出した。
「ありがたい。各地からの知らせによれば、これで七名の水晶の乙女がすべてそろったことになる。」
「他にも、こんな少女たちがいるのですか。」
「はい、今、樹嵐の未来を託した若者が、乙女たちの記憶を手がかりに探索を続けているのです。」
「そうなんですか。少しでも役に立てて光栄です。」
「そなたは、イフンケをどこで見つけたのか。」
「私が見つけたのではありません。幻惑の塔にて私の仲間が、古びた衣装入れの中にあった箱を見つけ出したそうです。仲間たちは急ぎ戻らねばならないため、代理として私が参りました。」
「そうか、我が湖国の第一の殻士、新剣聖の誓いに付き合わせてすまなかった。」
女王ニヴィアンはそう言うと目線をアースに落とした。
「そなた、生まれはどこか。」
「私ですか。根の国、鹿晋族の国です。」
「だが、そなたは鹿晋の者ではなかろう。」
「はい、育ての親が今もそこに居ます。」
「そなたの肌の色、瞳の色、獅子吼の者か。瞳の色はちと違うが。」
「はい、そのようです。本当の父も、母も顔も名前を知りませんが。」
「なるほどな。なにやら深いわけがあるようじゃ。そなたも急ぎ仲間の下に戻りたいのじゃな。本来なら、ランスと共に探索者一行のところへイフンケを届けてほしいところじゃが。」
「申し訳ございません。」
「しかたなかろう。」
女王ニヴィアンは身の若者の目元がかつて親しかった者によく似ている気がした。樹嵐の中でも不死王と並んで長命である彼女にとって、知己の数は膨大であった。さらに毎年のように離宮には各国から使者が訪れてくる。
「さて、誰だったか。」
女王ニヴィアンはアースにも聞こえない声で呟いた。しかし、思い出せそうになかった。
「下がるがよい。そなたの旅に樹嵐の加護のあらんことを。」
女王ニヴィアンの言葉にアースは深く頷き退室した。とりあえず他国に行くためには、また湖渡橋を渡るしかない。
「もう戦いはしたくないが。」
アースは誰に言うともなく呟いた。
アースが女王ニヴィアンと謁見している間に、ランスの下には次の蚩鳳乗りが来ていた。
「高札を見て参った。新剣聖殿、湖国第一の殻士と手合わせできるとはうれしい限りである。ぜひ手合わせ願いたい。」
競技会に出場していた黒森隈黒族樫枝甲士隊の一員であるプムセであった。彼の駆る蚩鳳は三突黒剛蚩鳳である。シーバと死闘を繰り広げたペウスの駆る大黒剛蚩鳳によく似た装甲の厚い蚩鳳であった。
「立ち会いを受けて頂いてありがたい。プムセ殿。では参る。」
ランスは、愛剣となった水月洵を引き抜いた。
プムセの斬撃は力強さに重きを置いたものであった。並の蚩鳳剣なら根元から折れて使い物にならなくなるだろう。昨日、ランスが振りかぶったあの一撃を凌ぐ重さであろう。しかし、ランスはその斬撃を横払いにして受け流し、そのまま三突黒剛蚩鳳の喉元に突きを繰り出した。
プムセは動きを止めた。
「降参だ。さすが剣聖殿。つけいる隙がありません。」
プムセは胸甲を開き、橋の上に降りると、自らの蚩鳳剣をランスに差し出した。
「どうぞ、受け取って、誓いを果たしてください。」
ランスはその蚩鳳剣を受け取った。
「かたじけない。これで誓いを果たせた。」
そう言いながらも、ランスの心は晴れなかった。達成感も感じられなかった。
「あの戦いの続きがしたかったな。」
胸腔の中で、ランスは目を閉じて、アースとの戦いを思い出していた。
ランスの戦いを見届けた従士は、翼竜殻士団と離宮の女王ニヴィアンに誓い達成の報告を直ちに行った。女王ニヴィアンはランスを離宮に呼び寄せ、水晶の乙女を探索中のペウスに届けるよう命じた。
ランスと入れ違うようにアースは離宮を後にした。千の傷のハナーンとインディアとの再会をするためである。
ランスは、袋桃腹のイフンケと、湖渡橋の塔から発見された水晶の乙女、針長尾のムスクルスの二名を連れて、山岳地帯で待っているペウスの下へと旅だった。
いかに剣聖の蚩鳳とは言え、青月弓角蚩鳳の光翅はそうそう連続してつかえるものではない。一定時間を飛び続けた後には、必ず同程度の休息期間が必要であった。恩師キルディスから聞いたことがある鬣丹族の蚩鳳、そう競技会でシーバが駆っていた 紅鷺蚩鳳なら休むことなく飛び続けられるだろう。
ランスは焦ることなく、着実にペウスの下へと近づいていった。
ペウスの下に、ランスがたどり着いた時には、夕闇が村を包み込んでいた。
「かたじけない。剣聖殿。このような役目を。」
「いいんだ、君がペウスだね。競技会でのあの戦いはすさまじかった。」
ランスとペウスは固い握手を交わしていた。料理に専念しているラップ以外は二人の様子を村の広場で見守っていた。
ランスが二人の水晶の乙女を手渡すと、七人全員が抱き合って泣き始めていた。
「また会えるって、信じてたけど。」
「本当は怖かったよね。」
「箱の中で、水晶に入ったまま死んでしまうかもってずっと不安だった。」
「うん、そうそう。」
「でもこんなに早く会えるなんてね。」
「あそこに居るぬぼーってした殻士が導き手みたいだよ。」
「それなら瑠璃王の船も見つけられるね。」
「導き手もいるし、私たちも七人そろったし。」
カリギヌだけが乙女たちが上げる喜びの言葉の一つ一つを注意深く受け止めていた。彼女たちの言葉は伝心球を使ってザイナスにも届けられた。
紅目耳のオリクトア
黒糸目のアーテルフェリ
膨茶尾のタミアス
茶丸耳のニクテレウス
袋桃腹のイフンケ
針長尾のムスクルス
銀筆尾のパラシートス
七人が手をつないで一つの輪を作った。すると輪の中央にぼんやりとした光の柱が立ち上った。
「よくぞ再び集まってくれた。乙女たちよ。」
それは瑠璃王と呼ばれる人物の姿であった。
「そなたたちがそろうとき、我はもういないであろう。だが皆がそろったなら、手がかりの記憶の封印も解かれよう。」
「船が一部の者に悪用されぬよう、しかも記憶が途絶えぬようにするため各人に分散した記憶を取り戻すがよい。」
その言葉と共に衣装の乙女たちが身につけているサークレット、首飾り、耳飾り、腕輪、足輪などが一斉に輝き始めた。
「船はこの先にある。頼んだぞ。樹嵐の民たちを。」
そう言うと瑠璃王の光の柱は夜の闇の中に消えていった。
「瑠璃王の船。樹嵐の民を救う船。」
ペウスが失っていた自信がよみがえってきた。
夕食を共にし、朝を迎えるとランスは湖国へと戻っていった。ペウスたち一行も瑠璃王の船の行方を求めて旅立っていった。




