第26章 湖渡橋の対決
七人の蚩鳳乗りと戦い、それを倒す誓いを立てたランス。彼は恩師であるキルディスを失い、剣聖の名と湖国第一の殻士の重責に苦しめられていた。
すでに六人を倒しているが、ランスの心の曇りは決して晴れなかった。倒した蚩鳳乗り中には今年行われた競技会に参加された者も居たのである。自信を取り戻すには十分であったはずだ。
「この橋を通る蚩鳳乗りは我に挑め。」
と書かれた高札を立てて、今日も橋の上で待っていた。あと一人。それで誓いを果たすことができる。
ランスは自分の駆る青月弓角蚩鳳の胸腔で目を閉じていた。宵待ち月のあの戦い、不死王傭具士長カイナギの突きが繰り返し脳裏に浮かんできた。
「自分なら、あの技にどう対処する。」
ランスはそんな独り言を呟いた。
「もっとだ、もっと強くならなければ。」
湖国の女王が箱に入っている水晶の乙女を探していることを通りががかった村で耳にしたアースは、単身湖国へと向かった。
千の傷のハナーンとインディアとは、獅子王党での再会を約定して別れた。
従士の一人が、湖渡橋の高札の前に佇んでいた。
蚩鳳を自立歩行させていたアウスは、従士に尋ねた。
「離宮の女王に謁見するためには、この橋を渡ればよいのですか?」
「ええ、そうですが、この橋を通るためには、新剣聖であるランス様と戦って勝利しなければなりませんよ。」
翼竜殻士団の見習いである彼にとって、訪ねてきた若者の旅装はボロボロに見えた。見たこともない蚩鳳だが、ずいぶんくたびれた姿に見えた。
「私は翼竜殻士団で従士をしているトリアイナと申します。おやめなさい、競技会に出た殻士様方でも、ランス様は難なく倒す腕です。あと一人蚩鳳乗りを倒せば、誓いを果たすことができます。それを待ってからでも遅くはないでしょう。」
親切心から、従士トリアイナはアースを止めた。
「大丈夫です。戦うつもりはありません。離宮の湖の女王に届けたいものがあるだけです。」
「しかし。」
「剣聖と呼ばれるほどの御方なら、話をすればわかっていただけるでしょう。それに蚩鳳に乗らずにこのまま徒歩で向かいますので。」
「そんな理屈、今のランス様には通りませんって。」
従士トリアイナはなおも食い下がったが、アースは
「大丈夫ですから。」
とだけ言って橋を渡り始めた。
従士トリアイナは、これが誓いを果たす最後の戦いになるかもしれないと、見届けるためにアースに同行した。
塔に納められていた箱に入っていた水晶の乙女、ヴィルペスは女王のそばですやすやと寝息を立てていた。女王はニヴィアンふと、何かが近づいて居ることを感知した。
「この輝きは。」
湖国の本宮側、橋のたもとにかすかに光る球が見えた。アースの蚩鳳に埋め込まれた石の試しで手に入れたあの水晶球が光り始めていた。
「託言の子が来る。」
女王ニヴィアンは目を見開いて、橋の反対側から光をながめた。
アースは従者と話しながら橋を進んで言った。競技会のこと、キルディスとシーバの対決のこと。従士トリアイナは殊に新剣聖ランスの素晴らしさをアースに語りかけた。
「新たに剣聖と呼ばれる方だ。どんな人なんだろう。」
競技会で、その姿を目にはしていたが、戦いぶりだけで人柄まで知りようはずがなかった。橋を渡り始めて、半刻ほど過ぎた頃、ランスの青月弓角蚩鳳の姿が見えて来た。湖の水の色に映えるように美しく輝く蚩鳳であった。
アースはそのまま、歩みを進めた。そしてランスの青月弓角蚩鳳に近づくと恭順の意を示すために、片膝をついて礼をした。
「わたしは、湖国の離宮に住まわれる女王ニヴィアン様に謁見するために参りました。どうか、道を空けてお通しください。」
胸腔で目を閉じていたランスは、アースの声に反応して目を開いた。蚩鳳を降りて、翼竜殻士団の従士トリアイナをそばにして、その若者は一礼をしていた。
「高札はご覧になりましたか?」
ランスは跪く若者に問いただした。
「はい、もちろんです。」
若者はそのままの姿勢で答えた。
「『「この橋を通る蚩鳳乗りは我に挑め。』と掲げておいたはずだ。ならば君にも私との戦いに挑んでもらわねばなるまい。」
ランスは胸甲を開いて若者を見下ろした。
「ですから、私は女王に届け物をしに参っただけで、戦うつもりなどありません。それ故、蚩鳳に乗らずに徒歩で参りました。」
そばに佇んでいた従士トリアイナはあきれた。
「だから、そんな理屈、今のランス様には通りませんって。」
先ほどの言葉を再度アースに投げかけた。
ランスは答える代わりに蚩鳳の胸甲を閉じて、蚩鳳剣を抜いた。キルディスから受け継いだ水月洵である。それを跪くアースのそばの石畳に突き立てた。
「そんな理屈が本当に通るとでも。誓いを果たすまであと一人。かわいそうだが付き合ってもらおう。」
ランスは跪く若者に最後通牒を突きつけた。
「だから言ったじゃないですか。」
従士トリアイナはランスの気迫に押されて、後ずさっていった。
「剣聖と呼ばれるほどの御方なら、話をすればわかってくださるでしょうに。」
アースはそう呟くとやむを得ないという表情で大王角蚩鳳の手のひらを操ると、胸甲を開き、乗り込んだ。
ランスは突き立てていた剣を引き抜くと、両手で水月洵を構えた。
「どうした、君も剣を抜き給え。」
「戦うつもりはないんです。」
ここに至ってすらアースはあくまで戦う素振りを見せなかった。
「蚩鳳を駆る者なら、戦いをなめないでいただきたい。」
相手が剣を抜く素振りを見せないので、ランスはさらにいらだち、斬りかかってきた。
光翅を使えば、相手の後ろへ飛び越えられるんじゃないかと、アースはまだのんきに考えていたが、ランスの剣技の速さを見て、考えを変えざるを得なかった。
「速い。」
反射的にアースは蚩鳳剣を抜き、ランスの剣技を受け止めた。天獣の剣、獅子咆剣を使って。
幾星霜の刻を超えて、二つの天獣の剣、水月洵と獅子咆剣が再び巡り会った。二振りの剣の持ち主が今まで敵対したことがなかったため、初めて打ち合うこととなった。
ランスは驚いた。ボロボロの旅装の若者が、自分の繰り出した剣技を受け止めたことを。それだけではない。今まで誓いを果たすために戦った相手の剣は、水月洵の一撃を受けると飛散するか、折れるかのどちらかであった。
「腕前なのか、それとも剣なのか、どちらにせよ、最後の相手にふさわしい。」
ランスは自分の胸が高鳴るのを感じていた。
「これだ、こんな相手を求めていたんだ。」
胸腔の中で笑い声を上げながら、ランスは下側からの二撃目を放った。
「くうっ。」
アースはこの剣技もなんとか凌いだ。すさまじい速さと重さだ。改めて新剣聖の腕のすごさを感じていた。
凌がれたことを悟るとランスは次に突き技を繰り出した。何度も脳裏に浮かんできた不死王傭具士長カイナギの突き技を。アースは、前に踏み込んで、水月洵の突きを絡め取るようにしてこの突き技を反らした。
「速い。重い確かにすごい。」
だがアースはすでにこれ以上の相手との戦いをくり抜けてきていた。根の国でのガリアとの一戦。紅梢の「幻惑の塔」での薄暮の戦鬼士、ヒッタイとの一戦。
剣聖の剣は、速く重かったが、琺を用いる技であったり、四本腕から繰り出されたりする訳ではなかった。
ランスは少し距離をとり。両腕で水月洵を握り、蚩鳳の背後まで振りかぶった。そのまま若者の蚩鳳の頭部へと振り下ろした。
「命まで取るつもりのない誓いではあるが、致し方ない。」
ランスは相手の頭部がひしゃげる姿を想像した。しかし、アースは獅子咆剣を水平に構え、敢えて剣を横にして剣の腹と左の二の腕を使って、この斬撃を防いだ。
大きく振りかぶっている分だけ、攻撃が防がれたため、ランスの青月弓角蚩鳳はやや前のめりになって突っ込んだ。片膝立ちになって、剣も蚩鳳の重さも受け止めるとアースは胸甲を開いて相手に告げた。
「まだ続けますか?」
「何を。」
アースの言葉はランスをムキにするだけであった。キルディスから仕込まれた剣技を、天獣の剣・水月洵の斬撃をなぜ防ぐことができるのか。このみすぼらしい若者は何者なのだ。
「続けるに決まっていよう。」
ランスはなおも相手への攻撃を繰り返した。つばぜり合いの状態から一歩後ろに下がり、相手の胴へ斬りかかった。アースが剣を打ち込んでくると、それを自分の左側に受け流しながら、素早く剣を打ち込んだ。このような剣技の応酬がしばらく続いた。
湖面は夕焼けを受け、赤く染まっていた。互いの息も上がっていた。蚩鳳も傷こそないものの、熱を帯びて居るのだろう、関節から時折、湯気を吹き上げた。
二人がお互いに少し距離をとったところで、あの従士トリアイナが戻ってきた。傍らには翼竜殻士団長スレイの姿があった。スレイは雷のような怒声を放った。
「本日の戦いは、ここまでとする。双方剣を納められよ。」
その気迫に押され、ランスは水月洵を鞘へと戻した。ほっとした表情になったアースも獅子咆剣を鞘に収めた。
剣聖ランスと旅人アースは汗だくになって居ることに気づいた。互いに蚩鳳を降り、湖の水を布に染みこませて汗を拭った。
二人は顔を合わせると先ほどの死闘が嘘のように声を出して笑い合った。
「君は何者なんだ。いったい。」
「さすが剣聖殿。よい修練になりました。」
スレイを呼びに行った従士トリアイナはあきれてものが言えなかった。スレイは笑い合う二人の若者をうらやましげにずっと見つめていた。




