第24章 水晶の乙女たち2
ペウスは訝っていた。オリクトアの話によれば、七人の乙女は時を超えるために抗呪文を施され、水晶に封印され冬眠状態となった。その水晶が戦火で砕けたりしないように、 頑丈な箱に入れられて、瑠璃王配下の七人の武人が箱を携えて樹嵐の各地に散っていった。手がかりはたくさんの人々の手に届いた方がよいという瑠璃王の判断の下に。
「この近辺ですでに二人の水晶の乙女がいる。各地に散ったはずなのに。なぜだろう。」
カリギヌが、ペウスの疑問に答えた。
「何者かが瑠璃王の手がかりを探していて、意図を持ってこま近辺に配置したのかもしれませんね。でもザイナス殿から伺ったように魔女ゼリアが持っていたオリクトアの箱の例もありますから、まだなんとも言えませんね。」
焚き火には干し肉が駆けられ、一行は夕餉の支度に取りかかっていた。オリクトアは目覚めさしてくれた恩義からか、ペウスの肩や膝にちょこんと座ることが多かった。
黒糸目の乙女アーテルフェリは、カールラの足の周囲にまとわりつくように歩くことが多かったが、気まぐれな正確らしく、ラップやカンカなど技芸仲間のそばに居ることが多かった。
膨茶尾の乙女、タミアスは一行の中ではワカヒトとガフェリンも馬弓族の二人のそばに居ることが多かった。一行の中でも特に長身である二人の頭上に乗っかって木の実をかじっている。
「残りの四人も見つかるといいですね。」
一番年若いワカヒトが一行の長であるペウスに話しかけた。
「君たちの町では箱の噂とかなかったのかい。」
カールラがワカヒトとカブェリンに訪ねた。
「聞いたことはありませんね。なにしろ馬弓族の町は二つに分かれて長く争っていたことがありましたから。古くからの建物は結構燃えてしまっていて。」
「そうだったのか。大変だったな。」
カールラが二人に同情の目を向けた。
ザイナスと定期的に伝心球で連絡を取り合っているカリギヌに朗報が届いた。湖国からのものであった。
湖国の本宮と離宮の間には湖国一大きな湖がある。二つの王宮をつなぐ橋が架けられているが、長すぎるため、途中に補強のための塔が建てられていた。その塔を見守る番人の一人が、水晶の乙女が入っていたのと同じ箱を見たことがあるという。
「箱を届けるために、湖国から殻士を一人、君たちの元へ送ってくれるそうだ。」
「ありがたいことです。」
カリギヌは笑みを浮かべた。これで四人。また一人手がかりを得ることができた。
一行は湖国からの使者が付くまで山岳の麓の村に滞留することとした。ここで思わぬ出会いがあった。
「カリギヌ殿ではないか。」
一行の野営地に一人の若者が訪れた。灰狼牙族の殻士カイン・カール・ケルヴェル。カリギヌと共に試しを受けた若者である。身徒殻士として一族から認められるために、剣の試しを受けて、見事にその証しを持ち帰れた。灰狼牙の従士から昇格して殻士となり、甲冑姿が板に付いてきていた。
「カイン、島以来だな。無事、身徒殻士になれたんだな。」
「ああ。剣の試しを受けて剣を持ち帰ることができたからな。これで一人前だよ。」
「ところで、どうして君がここに。」
ペウスは話が盛り上がる二人のそばに近づいた。
「この方は?」
「ああ、すまない。みんなにも紹介しなきゃいけないな。灰狼牙族の殻士カイン・カール・ケルヴェル殿だ。剣の試しを受けて身徒殻士になられた御方だ。ちょうど同じ時期に試しを受けた仲でな。」
「そうなんですか。初めまして。隈黒の甲士、ペウスと申します。」
「俺は技芸のカールラだ、よろしくな。」
「私は同じく技芸のラップよ。夕食よかったら食べていって。」
「え、よろしいんですか。」
「もちろん。」
「技芸のカンカだ。困りごとの相談ならいつでも言ってくれ。」
「馬弓族弓の刃自ワカヒトです。」
「同じく馬弓族の刃自ガフェリンです。」
三人の水晶の乙女は、それぞれお気に入りの人物の陰に隠れてじっと様子を見守っていた。
「あっ、この人箱を持っている。」
黒糸目の乙女アーテルフェリは、三人の中で一番夜目が利く。カインが腰に下げて居る箱に気づいた。
「そうそう、僧ガ殿に頼まれて、君たちにこれを届けに来たんです。何でも総本山の経文庫の中に埋もれていたらしいです。数年に一度の経文の虫干しで、一月前に見つかったそうです。見つけた本人も薄汚れた箱だからと、上司にもつけずに窓際に置きっぱなしにしたらしいので。」
「灯台もと暗しとはこのことか。」
カリギヌがあきれたような声を上げた。
カリギヌが、再び、古代語で書かれた文字を読んだ。
「『遥かなる時を越えて、我を捜せ、大いなる苦難の来る前に 唱えよ、水晶の乙女、我を導けと』」
箱はまばゆい光を放って野営地を照らした。そして開いた。中から四人目の水晶の乙女が現れた。カリギヌはすぐに女王から学んだ方法で乙女の抗呪文を解いた。
眼の周りに薄く黒い縁取りがあり、頭の上の耳は丸くて茶色であった。ほぼ黒目のつぶらな瞳を周囲に向けて、パチパチと瞬きをした。茶丸耳の乙女はニクテレウスと名乗った。 隠れていた三人の乙女は飛び出してきょとんとしているニクテレウスに抱きついた。「これで、四人。湖国の水晶の乙女が来れば、五人ですね。」
「ああ、羚挂族の大地にたどり着く前に、ここまで集まるとはね。」
「強さや、賢さだけでは、人を救い、導くことは出来ない。その道は、覇者となるより、賢者となるよりも険しい道だからさ。だからこそ、忍耐づよく、そして、人を心から信じることのできる者だけがたどり着ける場所なんだよ。瑠璃王の城は。そうでなければ、隠されている意味がない。そう、予言されているのさ。」
ザイナスの言葉が思い起こされた。
僕には無理だと弱音を吐くペウスに、ザイナスはあの時こうも告げた。
「道を開くのは、血の汚れを受けていない甲士だと言われている。」
目覚めたばかりで苦しげだったオリクトアの言葉もよみがえった。
「私を目覚めさしてくれたことに心から感謝します。あなたが私にとっては導きの星なのです。あなたが望むなら、私も、故郷へ帰れるのかもしれません。」
感慨にふけるペウスの脇腹をラップが小突いた。
「ベウス、何度も声かけたでしょう。料理が冷めちゃうよ。早く食べな。」
焚き火に照らし出された顔は、ラップの料理で笑顔にあふれていた。
「導きの星か。」
一口食べながら、ペウスは呟いた。
伝心球をもったカリギヌが近づいてきた。伝心球からはカリギヌの声が響いてきた。
「道を開く汚れ亡き甲士のもとに、人は集まると言われている。君が始めた旅が、様々な氏族の人々の思いを集めているんだろうね。運命の車輪が回り始めたんだ。あの時から。そして車輪は速度を上げている。自信をもって進むんだペウス。」
言いたいことだけ言い終わったのか、伝心球からの声は途絶えた。
「私も、あなたが導きの星であると思いますよ。ペウス殿。」
カリギヌが微笑んだ。
「さあ、腹一杯食べて、今日はゆっくり眠りましょう。久々に屋根の下で寝られるのですから。」
「ありがとう。」
ペウスは微笑んで口いっぱいに料理を頬張った。
湖国の本宮と離宮の間には湖国一大きな湖がある。二つの王宮をつなぐ橋には補強のための塔が七つ建てられていた。塔の上部には歴代の剴喬族の王たちをかたどった彫像が建てられていた。王たちは橋を渡る者を長い時代を超えて見つめてきた。
その塔の一つに、水晶の乙女が入っている箱が納められていた。箱は本宮へと速やかに送られた。離宮の女王の頼みで、できるだけ早くペウスたちに箱を届けるしかない。
翼竜殻士団が集められ、誰が行くかを決める会議が始まった。
「箱の使いなら、一番若い者を送ればよろしいでしょう。王と剣聖を亡くし、今の湖国はまだ落ち着きを取り戻してはいません。」
中堅の殻士が一番妥当な案を述べた。団員たちがうなずく中、一人の男が異議を唱えた。新王クルスである。
「この使いには我が弟、湖国第一の殻士、そして新剣聖となったランスを送る。」
「しかし、それは大げさでは。」
先ほどの殻士が反論すると、クルスは答えた。
「離宮の女王も、できるだけ早く箱を届けることを望んでいるのであろう。ならば、この湖国で一番速い蚩鳳を持つ者がふさわしいであろう。」
王の言葉に団員たちは黙り込んだ。もっともな理由である。
「第一の殻士、剣聖が居なければこの国を守れないとは、皆さんも微塵も思わないでしょう。皆さんの腕ならば湖国をあらゆる難敵から守ってくださると信じています。」
新王の言葉は、団員たちの自尊心をくすぐった。
「王の思し召しの通りに。」
一同が声を揃えて叫んだ。使者はランスに決まった。しかし、まだ本人には伝えていない。
「王として命ずる。兄として頼む。一度、樹嵐中を旅して、見聞を広めて来てほしい。第一の殻士としての務めは、その後で長く務めればよいであろう。」
あの日、弟に告げたことを実現する時が来たのである。
会議を終えた後、クルスの下に翼竜殻士団長スレイ卿が近づいてきた。
「新王様、ランス殿は今、弔いの誓いの最中であります。」
「聞いておる。七人の蚩鳳乗りと戦い、それを倒す誓いであったな。で、今は何人目まで終わっている?」
「はい、一昨日までに六人を倒しております。その中には競技会に参加された者も含まれております。」
「高札を立てて、蚩鳳乗りを求め、橋の上で待っているのだったな。あと一人なら、それが終わり次第、使者として向かわせよう。」
兄クルスは、弟ランスの誓いでの勝利を疑っていなかった。四天王ほどの敵でもなければ、遅れを取ることはないだろう。剣聖殿が亡くなり、極秘とはされていたが剣崇殿も病だと聞いている。剣狼殿は後進の育成には熱心だが、誓いに付き合うなど面倒くさがってしないだろう。
翼竜殻士団長スレイ卿は答えた。
「はっ、従士の者が新剣聖の勝利を見届け次第、使者として旅立てるよう手筈を整えます。」
「うむ、頼んだぞ。」
それだけ言うと、新王クルスはスレイを下がらせた。そしてひどく苦しそうに咳き込んだ。
「王として命ずる。兄として頼む。一度、樹嵐中を旅して、見聞を広めて来てほしい。」 それは、自分自身がこの本宮から出ることがかなわぬため、弟に託した願いでもあった。
塔に納められていた箱自体は離宮に運ばれ、女王の手によって解放され、抗呪文も解かれた。とがった大きな耳を頭の上に持ち、ほおと鼻筋は白かったが、髪は銀色に輝いていた。銀筆尾の乙女は、自らをヴィルペスと名乗った。
乙女は離宮の女王の間を駆け回って喜んだ。目覚めてすぐの他の乙女達とは違ってかなり活発な性格のようである。
「やっと出られた。ありがとうございます。女王様。」
かつて呟道の総本山があった塔はいつしか「幻惑の塔」と呼ばれようになった。獅子吼族の若者アースが薄暮の戦鬼士、ヒッタイを退けたのは三日前のことであった。
千の傷のハナーンとインディア、ティンタスは、アースがしばしの休息を取る間に、「幻惑の塔」の内部を探索して回った。中には化獣が巣くっているような部屋もあったが、歴戦の勇者である千の傷のハナーンが相手ではひとたまりもなかった。
古びた衣装入れの中からインディアが不思議な文字の書かれた箱を見つけ出した。
「何でしょうね。これ。」
インディアは、ハナーンに箱を見せた。
「俺には読めんが、託言の子なら読めるんじゃねえか。」
「あっ、そうですね。アースは古代語まで読めるのでした。」
三人は探索を中止してアースの下に戻った。
戦いの恐怖から震えが止まらなかったアースも、インディアの用意した温かなフクランのおかげで落ち着きを取り戻していた。故郷、根の国の懐かしい味である。
「ポッポ爺たちは元気かな。ずいぶんと遠くまで来てしまったからな。」
「アース殿、この箱の文字を読むことはできますか?」
塔から出てくるなり、インディアはアースに駆け寄り、箱を手渡した。
「『遥かなる時を越えて、我を捜せ、大いなる苦難の来る前に 唱えよ、水晶の乙女、我を導けと』」
アースはゆっくりであったが、古代語の文字を唱えた。 箱はまばゆい光を放ってアースやインディアを照らした。そして四方に開いた。
「何やってんだ、アース、お前何かやばいものを召喚しちまったんじゃないのか。」
千の傷のハナーンがインディアの後ろに隠れながら叫んだ。同時に剣の柄に手をかけた。しかし、中から現れたのは水晶に包まれた小さな乙女であった。乙女の躯には抗呪文が刻まれていた。苦しそうにしながらも乙女は立ち上がった。
「やっと出られたのね。ありがとう。」
アースは苦しそうに立つ乙女を両手でそっと包み込んだ。
「大丈夫、苦しそうだけど。」
離宮の女王のように抗呪文を解く術をここに居る三人は持たなかった。聖理帥も魔理師もいない。
「いったいどうしたらいいんだ。死んじまうじゃねえか、この娘。」
千の傷のハナーンは柄から手を離して、両手で頭をかきむしった。
「とりあえず。手で温めてみます。それで楽になるかどうかわからないけれど。」
アースは乙女を両手で包み込みながら、ポッポ爺がよく歌ってくれた子守歌を歌い出した。
すると不思議なことに、あれほど濃くはっきりと体中に浮かんでいた抗呪文がすうっと消えていった。
「王の手は癒やしの手というが。」
インディアは何気なく呟いた。彼の祖父が昔語りで教えてくれた英雄王にそんな逸話があったことを思いだした。薄桃色の髪をまとい、黒目がちなその乙女は小さな鼻と小さな口をしていた。乙女は自分を袋桃腹のイフンケと名乗った。
アースは父の蚩鳳剣である獅子咆剣を手にしたもの獅子王党へは戻らなかった。アース達が出発した後、獅子王党の拠点が急襲を受けたと聞いて居たからであった。さらに、通りがかった村で湖国の女王ニヴィアンが古びた箱に入っている水晶の乙女を探していることを耳にしたからである。
千の傷のハナーンとインディア、ティンタスは、獅子王党での再会を約定してアースと別れた。
アースはイフンケを伴って、湖国へと向かった。




