第23章 水晶の乙女たち その1
「『遥かなる時を越えて、我を捜せ、大いなる苦難の来る前に 唱えよ、水晶の乙女、我を導けと』。こんな箱が後六つもあるというのか。
ペウスは少し考え込んだ。そして、ザイナスの言葉をもう一度思い出していた。
「紅耳族の乙女。導きの水晶の乙女。かつて瑠璃王が、来るべき樹嵐の崩壊を予言し、彼の遺産を託すべく、この世に残したという七人の乙女の一人さ。」
「瑠璃王?」
「樹嵐は、このままでは、沈むのだ。」
「天竜王の子が瑠璃王だ。天竜王は、十氏族を導きながら、彼自身は樹嵐に生きてたどり着けなかったという。」
「天駆ける船、浮く船を探せって言ってたな。」
あの時、ザイナスはそう言っていた。瑠璃王の城へ行けば、船が残っているか、その手がかりが得られるとも。」
「共に捜さないか。ペウス。幻の瑠璃王の城を。樹嵐の民を救う道を。」
ザイナスはペウスに頼み込んだ。
「私からもお願いするわ。」
目覚めたばかりの水晶の乙女、オリクトアの頼みもあってペウスは覚悟を決めたのであった。
ペウスたちは湖国の女王ニヴィアンの助言に従って、まず羚挂族の大地を目指していた。樹嵐の上部に位置する萌胞がその場所である。
その場所は、かつて赤き島の女王軍が攻め込み、羚挂族の地下王宮が滅んでしまったところでもあった。その王宮の中に探求の間と呼ばれる部屋に、瑠璃王の手がかりが残っているかもしれなかった。
天鱗族の生き残りの一人賢者タウレスが死期の迫ったとき、持てる知識の全てを封じ込めたという部屋である。その部屋の機能が損なわれていなければ、旅の手がかりが得られるとの助言であった。
また初代の魔理帥であるホプ・ロプ・マプ・デンが失われた八つ目の法理である空理を見い出すために、あの迷宮に挑んだとされている。
地下迷宮には、女王軍が敗退する際に、多くの化獣を遺していっていた。そのために、羚挂族は女王軍が去った後も荒れ果てていく地下王宮に見切りをつけなければならなかった。そして、泣く泣く豊かな鉱物資源に恵まれた故郷の大地を捨てなければならなかった。
魔女ゼリア退治でともに戦った馬弓族の刃自でワカヒトもこの旅に同行している。蚩鳳を駆る彼は心強い仲間であった。ガウェンが送り出してくれた弟のガフェリンも凄腕の刃自であり、蚩鳳を駆っている。
聖理帥でもあり、魔理帥であるザイナスも、伝心球を通じて、度々助言をしてくれた。ザイナスは各地に散った羚挂族の長老や呟道、身徒殻士団、牛那族の青包などあらゆる伝手を頼って情報を集めてくれた。そのため、ここまでの旅は比較的に早く進んだ。技芸一座の、カールラ、ラップ、カンカは旅を賑やかにそして潤いのある者にしてくれた。 ラップの料理の腕は、自慢するだけあって見事であった。かつて探索者として樹嵐各地を回っていたのが鹿晋族のカンカである。彼の隠し部屋や宝箱の鍵を開ける腕は確かなものであった。彼のおかげで一行が通過する森に放棄されていた宝箱や、祠にある宝物庫の鍵を難なく開けられた。時には旅の役に立ちそうな道具が見つかることもあった。
女王の手によって抗呪紋を消されたオリクトアは、少しずつであるが、記憶を取り戻していた。
「瑠璃王様たちはね。樹嵐にたどり着いた時、この島がずっとは続かないことに気がついちゃったんだわさ。そんで、私たちはもともと十の氏族の中には入れない体だったんだわさ。一人ずつしか生まれてこなかったし。雨が続いて、大地がなくなっちゃった後、十の氏族が生まれたんだけど、どんな氏族が長く栄えていくか、太古の人たちはわからなかったから、いろいろ試したみたい。その時に、あたいたち、七人みたいな子も生まれたの。でも生まれてくるのが難しかったから、氏族決めでは残らなかったのさ。」
オリクトアは、旅の途中で思い出した記憶を一行に語ってくれた。時には楽しげに、時には悲しげに様々な思い出を語ってくれた。
「樹嵐が沈むってことに気がついたとき、瑠璃王がこのことを伝えるために、役目を果たせるものを決めたんだ。でも樹嵐が沈むのはずっと先だから、時を超えて伝えられる者が必要だったのさ。そんで、あたいたち七人はみんなで話し合って、その仕事をするって決めたんだ。」
ペウスは小さな乙女オリクトアの言葉を思い出してまた胸が痛くなった。
七人の乙女は時を超えるために抗呪紋を施され、水晶に封印され冬眠状態となった。その水晶が戦火で砕けたりしないように、頑丈な箱に入れられた。瑠璃王配下の七人の武人が箱を携えて樹嵐の各地に散っていったという。手がかりはたくさんの人々の手に届いた方がよいという瑠璃王の判断の下に。
しかし、時が過ぎ、世代を重ねるごとに、瑠璃王のことも、船のことも、そして水晶の乙女たちのことも人々の記憶の中から消えてしまっていた。あの魔女は、そんな失われた記憶をたどって、オリクトアの入っている箱を手に入れたのだった。
村と村との間は森が続くために、どうしても野営となる。ラップはここぞとばかりに料理の腕を披露した。
ザイナスの代わりに女王の推薦を受けて、仲間に加わったカリギヌは、野営の度に伝心球を用いてザイナスと連絡を取り合っていた。
呟道の僧ガから新たな情報を得たと、ザイナスは伝えてきた。今、彼らが居る森に、呟道の古い僧院の跡があり、そこで箱を見たことがあるという老僧が居るということであった。
ペウスたちは翌朝を待ち、その僧院の跡に向かった。石積みの粗末な僧院は鬱蒼と生い茂る木々の根に絡め取られ、入り口すらままならない状態であった。
「こういうときは、おらの出番だな。」
鹿晋族のカンカは技芸一座で軽業を得意としているだけあって、木々の根を上り、わずかな隙間を見つけて、すぐに入り口を見つけ出した。
「こっから先は蚩鳳持ちの旦那方の仕事でさ。」
カンカは目印の赤い布を木の根に巻き付けると、するすると下に降りてきた。
ワカヒトが蚩鳳剣を握り、入り口付近の木の根を打ち砕いた。勢い余って、入り口の石組みまでいくつか崩れてきた。
入り口がわかるとカンカを先頭にして、カールラ、ペウス、カリギヌが僧院の中へと入っていった。残りの者は、森の中の化獣対策のために待機した。
僧院はそれほど広くはなく、炊事場や宿坊であったと思われる部屋の奥に、上へとつながる階段があった。
カンカは用心深く歩みを進めた。こういうところには、時折罠が仕掛けられていることがあるからである。案の定、石段を一つ踏み損ねると石弓の矢が壁の穴から飛んできた。カンカは難なくその矢を交わした。
「おっと、気をつけねえと。」
にやりと笑いながらカンカは振り返って注意を促した。
「みなさん、白い石積みは踏まないように。こういうところは色分けしておいて、もともと住んでいた者が罠を見分けられるようにしてありますんで。」
カンカの言葉に従って、一行は最上階を目指した。そこには、呟道の開祖である人物の肖像画が掛けられていた。そして、立派な椅子の中央に魔女が持っていたと同じ箱が置かれていた。カールラは箱を手に取り、両手で大事に抱えた。入り口まで戻るとカリギヌが古代語で書かれた文字を読んだ。
「『遥かなる時を越えて、我を捜せ、大いなる苦難の来る前に 唱えよ、水晶の乙女、我を導けと』」
古代語であると言うだけで、かつてペウスが唱えたものと同じ文字である。箱はまばゆい光を放って弾けた。中から二人目の水晶の乙女が現れた。カリギヌは湖国の女王ニヴィアンから教えられた方法で乙女の抗呪紋を解いた。
中から現れたのは、真っ黒な髪と三角のとがった耳、針のような瞳孔と金色の瞳をもつ乙女であった。乙女は、目覚めた後しばらくはぼーっとしていた。しかし、抗呪紋が消えたことで、オリクトアの時よりも早く、記憶を取り戻せた。黒糸目の乙女アーテルフェリと自分を名乗った。
オリクトアとアーテルフェリとは既知の間柄であったらしく、抱き合って懐かしんでいた。
「目覚めたんだねぇ。」
オリクトアは気さくに語りかけた。
「あなたも無事だったのですね。本当に良かったです。」
アーテルフェリはやや穏やかな性格のようで、丁寧な言葉で返事をしていた。
「あと五人か。」
ペウスは喜び合う二人の水晶の乙女を見て呟いた。
森が途切れ、萌胞特有の山岳地帯が近づいてきた。ここから、道はどんどん険しくなることが予想された。
森が途切れると、挙鳥の群れがが一行を襲ってきた。徒歩で歩いているカールラやラップを狙ってかぎ爪でとらえようとした。しかし、三体の蚩鳳が剣を振るうと挙鳥の群れは慌てて逃げていった。
川の近くでは炎蛇が数匹水を飲んでいた。カールラやラップ、カンカを下がらせて、カリギヌが蚩鳳乗りの三人に目で合図を送った。
ワカヒトとガフェリンは蚩鳳剣を抜くと素早く三匹の炎蛇を切り裂いた。ペウスは棍を用いて炎蛇の鼻先を叩いた。こうすることでしばらくは火を噴き出せなくなるため、炎蛇は慌てて森の中に消えていった。
残りの群れが十匹ほど火を噴きながら襲ってきたが、ワカヒトとガフェリンは難なく交わして切り裂いた。ペウスは炎を前腕で防ぎながら次々と炎蛇の鼻先を叩いて撃退していった。
このまま、化獣を相手にしていると消耗が激しいので、カンカが獣道に詳しい地元の猟師を連れてきた。その猟師は羚挂族のケルルと名乗った。一族が大地を追われた後も、故郷から離れがたく、あまり遠くないこの山岳地帯のふもとに住むようになったという。 ケルルは必死で一行を止めた。この山岳を抜けると化獣や厳獣がうようよ居るからである。カリギヌが交渉し、高額の報酬と引き換えに渋々途中までという条件で、ケルルは道案内を引き受けてくれた。彼の目から見たら蚩鳳が三体ぐらいいたとしても、この先を乗り切れるとは思えなかったからである。挙鳥の群れや炎蛇の数匹などはかわいいものだと話して止めようとしたのだが。
カルルは案内しながら一行の先頭を歩いているカールラの腰に目をやった。そこにはアーテルフェリの入っていた箱が下げられていた。カールラは小物入れ代わりに箱を使っていたのだ。
「ありゃ、杣人様の箱じゃねえか。おまいさんそれをどこで見つけたんだい。」
カリギヌが即座に反応した。
「この箱と同じものを見たことがあるのですか。」
カルルはくせ毛を掻き上げて笑った。
「知ってるも何も、杣人様の箱じゃねえか。うちらの村はずれに杣人さまの祠がある。そこに箱が置いてあるわい。毎朝、子供から大人まで前を通るときは、必ず拝んどるわな。」
「そこへ案内してくれますか。」
ペウスがカルルに頼み込んだ。
「いいけど、地下王宮の方角とは逆ですぜ。」
カルルが答えると
「構わないです。」
とカリギヌが答えた。やれやれといった顔をしてカルルはもといた道を引き返し始めた。こうして一行はカルルの住む村はずれまで戻ることとなった。
村の外れに大きな櫟井の木があり、その根元に杣人の祠はあった。この祠に住んでいたのは羚挂族がここに逃れてきたときに、手を貸してくれた人物だという。カルルの話を聞く限り、杣人さまとは言い伝えられてきた風貌からして、洞守族の者だったようだ。祠の扉は開け放たれ、箱がむき出しになり、風雨にさらされているためか、今まで見つけた箱よりかなり色あせていた。
「『遥かなる時を越えて、我を捜せ、大いなる苦難の来る前に 唱えよ、水晶の乙女、我を導けと』」
カリギヌが古代語を唱えると、箱が開き、水晶が光り輝いた。三人目の水晶の乙女が現れた。膨らんだ大きな茶色の尾と白と茶色の筋に分かれた髪をもつ乙女であった。しばし、ぼーっとしていたものの、意識がはっきりすると、自らを膨茶尾のタミアスと名乗った。
オリクトアとアーテルフェリ、タミアスはやはり既知の間柄で、抱き合って懐かしんでいた。
「タミアス、こんな吹きっさらしのとこで寒くなかったのかい。」
とオリクトアが問いかけると、
「本当に、箱まで色あせてしまってますわ。」
アーテルフェリも心配げに話しかけた。
「だいじょぶ、だいじょぶ。水晶の中までは、風も水も入らんから。フフフ。」
タミアスは、しゃべり方こそゆっくりしていたものの、明るくコロコロと笑いながら答えていた。
「あと四人。一人見つかると次々と見つかるものなのか?瑠璃王は、七人の武人がに命じて樹嵐の各地に箱を運ばせたんでしょう。」
ペウスは、この周辺に箱がたくさんあることを不思議がった。
「いいんじゃないか。旅は早く進んで困ることはないし。」
常に楽天的なカールラがペウスの肩をポンとたたいた。
カリギヌは羚挂族の村人を集め、同じような箱を見たものはいないか尋ねて回った。
「この村の者じゃないが、隣の村に、箱のことを知っとるものがおったのう。」
村の古老が答えてくれた。
「今、生きてるかは知らんぞ。なにせ、わしが若いときの話じゃからな。」
薄くなったくせ毛を掻き上げながら古老は答えた。
「ありがとうございます。一つでも手がかりがあれば、僕たちはそれをたどるまでです。」
ペウスは深々と古老に頭を下げた。集まってくれた村人たちにも一人一人礼を述べた。一夜をこの村で過ごすと、ペウス一行は隣の村へと旅立った。




